階段から突き落とした罪を捏造された時の対処法
「マリアロ!お前との婚約を破棄する!階段からクラスメイトを突き落としたその罪、きっちりと償ってもらうからな!」
バルダット王子が、学園広間の二階でそう宣言した。彼の隣にいるのは同じクラスのカリーナ男爵令嬢。カリーナ令嬢は右足に包帯をこれ見よがしに巻き、右足を少し浮かせ、杖代わりにバルダット王子の左腕をがっちりつかんでいる。
王子の無駄に大きな声のおかげで、私たちの周辺に学園の生徒が集まってきた。私の後方にある一階へと繋がる階段下からも、何事かと生徒がこちらを仰ぎ見ている。
「階段から突き落とした?全くもって身に覚えがございません。……別の方と間違われたのでは?」
「しらばっくれるな!このアバズレが!カリーナの怪我がお前の目には見えないのか!」
名前を呼ばれたカリーナ令嬢は、先ほどまでの勝ち誇ったような表情を止め、急に目をウルウルさせ始める。人畜無害な子リスのようなその瞳の奥には、凶暴な魔獣が潜んでいた。
「酷いわマリアロ様!昨日私をここに呼び出して、あなたの後ろにある階段から突き落としたではありませんか!不意のことでどうすることも出来ず、下まで転がることしか出来なくて!私は、私は!」
カリーナ令嬢の頬に涙が流れ始め、彼女は言葉を切る。
正直見事なものだ。周りにいる群集は、彼女の顔を、涙を、哀れむように見た後、私の顔を憎々しく睨みつけている。天性の物か努力の賜物かは知らないけれど、まったくもって恐ろしい能力だ。どれだけ剣の才があろうと、魔術の造形があろうと、下手をすれば彼女の持つ力に呑み込まれてしまうだろう。
「なるほど、私がカリーナさんを昨日この階段から突き落としたと。……疑問なのですが、それにしては怪我が軽くありませんか?下まではかなりの段数がございますよね」
「お前!彼女を傷つけるだけでは飽き足らず、嘘をついていると愚弄するつもりか!カリーナが右足の捻挫ですんだのは、運が良かったからに他ならん!本当なら生死をさまよっていてもおかしくないのだぞ!」
憤るバルダット王子。それに呼応するように頷く群集。
もはや理屈の押し売りだけでは、彼女がかけた魔法は、解ける気配がなかった。
「確かに運が良かったという可能性もございますね。……ではこれから私がこの階段から突き落とされるというのはいかがでしょう?」
「何を言っている!そんなことで彼女の」
「良いですわねそれ」
バルダット王子の言葉はカリーナ令嬢に遮られる。カリーナ令嬢の顔は、ゆがんだ喜びで満ちあふれているように見えた。
「マリアロ様にも是非、突き落とされるという体験をしてみて欲しい物ですわ。そうすれば私の恐怖が伝わると思いますし。……あぁ、もしお亡くなりになられても恨まないでくださいね。だってご自身で提案されたことですから」
「あ、ああ。確かにそうだな!お前も階段から落ちる苦痛を味わうが良い!」
バルダット王子が宣言する。カリーナ令嬢は「私は今、力一杯突き飛ばせない体なので、バルダット様にお任せいたしますわ」と言って、バルダット王子からクラスメイトの女子に、体の預け先を変更する。
さすがに周りで見ている人々もザワザワし始めた。公の場で、公爵令嬢を階段から突き飛ばすという異様な光景に、だんだんとカリーナ令嬢の効力が薄まってきているようだ。
だが止める者は現れない。
「突き落とされる前に一つ良いですか?」
「なんだ!今さら怖じ気づいたなんて言っても後戻りは出来んぞ!」
「いえ、そうではなく。――カリーナさんは意表を突かれたのでしょう?今の私は心の準備が出来ておりますので、これでは公平とは言い難いでしょう。なのでバルダット王子に提案なのですが、――助走をつけて思い切り突き飛ばしてくださいませんか?後から文句を言われても嫌ですので」
私の発言にバルダット王子は少しひるんだような表情を見せ、カリーナ令嬢の方を向く。カリーナ令嬢は、もはや隠すことなくニヤリと笑みを浮かべると、コクリと頷いた。
「……いいだろう。後悔しても知らんからな!」
バルダット王子は一歩二歩と距離をとり、私から十分離れた所から走り始めた。
「あ!ちょっと待ってくださいませんか!」
「今さら遅いわ!」
私の制止に、バルダット王子は聞き耳を持たない。
王子は猪がごとく私に突入してくる。直前、私は屈む。全身に力を込め、地面と固く一体となる。急に標的を見失った彼の両腕は、空を切って階段の方へ突き進む。王子の足が下にいる私にぶつかり、もつれ、勢いで彼の体が宙に舞う。
ドチャ!バリッ!メキョッ!
人の体から発されてはいけない音が、学園の広間に数秒間響きわたる。その後、音がやむ。先ほどまでざわついていた者達も口を紡ぐ。沈黙が広間を支配する。
私はゆっくり右足の靴紐を結び直すと立ち上がり、振り返る。
「靴紐がほどけているから制止したのですけど」
階段下にいた王子は、悲惨な状況だった。両腕は、まるで関節が増えたかのように、確実に骨が折れているであろう箇所が目視できる。右足は逆向きに曲がっており、人間の可動できる範囲を大きく逸脱していた。彼を中心に赤い液体が広がり始める。時折ズリズリと動く彼の四肢が、なんとか生きていることを物語っていた。
どこかで嘔吐する音が聞こえる。どこかで泣きじゃくる音が聞こえる。
私はカリーナ令嬢に向き直る。
「どうやら右足の捻挫程度じゃすみそうにありませんね」
青ざめている彼女に向かって、そう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
その時の私は、この世界にいる誰よりも醜悪な笑みを浮かべていたのだろう。
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