第8話【刺客の気配】
───────チーンッ……。
二人を乗せる食品専用エレベーター……到着したのは『地上1階』である。
「喜んでいいんだか、泣いていいんだか……。」
鳶人が腕を組み、そう呟く。無理もない話だ。
ここは悲劇の始まる場所───────鳶人が受付へ資料を渡し、針木研究所長の初めて出会うこととなる……あのメインフロアの階層だ。
『やっと地上へ戻れた』のか、『トラウマの残る場所に戻ってしまった』のか……そう鳶人の感情は揺れ動く。
その様子を見た蓮王は、諭すかのように横で言う。
「フフッ……」と、微笑み混じりにの表情を浮かべている。
「それは俺も同じさ。武良のおっさん。
ここからなんだ。俺たちの『逃走劇』は……!」
「まぁな。」と、鳶人は返す。
そう、物語はまだ序章に過ぎない。
そしていよいよだ────蓮王は、エレベーターの開くボタンを押す。
蓮王の想定では、このドアの開く先は『厨房』である可能性が高い。
食品を運ぶエレベーターだ。妥当な考えである。
しかし……左右のドアが開いた時。それは覆される。
厨房はおろか、鍋も、コンロも、包丁も……何もかも無い。
二人の視線の先、その光景は……。
─────────人気の無い、廊下だった。
両側の壁には、均等に並ぶ鉄製ドア。
清潔感もない、クモの巣が張るコンクリートの床。
そして、チカチカと点滅する薄暗い蛍光灯。
厨房?……そんな存在とはかけ離れた劣悪な環境。
幸いにも、人の気配がない。逃げるにはうってつけの通路。
蓮王はエレベーターから身を乗り出して一言。
「ここが料理を運ぶようには見えねぇな。さすがに。」
それは鳶人も感じている。
「……同感だな。」
警報の音はもう聞こえない。静寂の中。
二人が足を踏み出すと、コツン、と靴底が硬質な床を叩いた。 その音は想像以上に響き、反響し、廊下の奥へと吸い込まれていくようだった。
「昔見たホラー映画に……こんな場所あったぜ。」
鳶人は無意識に声を落とす。
壁も床も、コンクリートの灰色一色。ここはまるで……。
──────────密閉された箱の中だ。
両側に並ぶ鉄製ドア……どれも同じ高さ、同じ幅。 番号も標識もない。
ただ、等間隔に配置されている。この扉の奥にある部屋は何なのだろうか。
その向こう側に人の気配は無く、窓も無いので確認も出来ない。
……試しに、鳶人が近くのドアを開けようとする。
しかし、ガチャガチャ……っと、鍵がかかった音がするだけである。
兎にも角にも、『出口』を探すしか無い。
これまた当てずっぽうに、二人は進み続ける。
──────────……少しばかり歩いた頃。
左右のドアを5つほど過ぎた、その時……蓮王が独り言のように呟いた。
「もし、本当にワゴンを運んでいるとするなら……床はもっと汚れてないか……?」
突如、鳶人は足を止める。 まるで、ビデオのポーズを押したかのように。
そして思考する……。
確かにそうだ。日々蓄積するであろうタイヤ痕、油染み、匂い……あっても可笑しくないものが、『無い』……。
もしかすると、ここは『使おうが使わなかろうが』関係のない場所。
──────最初から、『使う想定もしていない』……。
「─────なぁ、出井加。」
「……んあ?」
鳶人は、天井を見上げながら話す。
点滅し続ける蛍光灯は、やけに正確に並んでいた。
「この廊下……─────ハメられたって事か。」
「……でしょうなァ〜。」
蓮王は即答する。
一歩、二歩……進む度、左右のドアを警戒する。
「ここは『逃げ道』じゃねぇ。
──────俺ら逃亡者に使わせるつもりの……『罠』だ。」
蓮王はその言葉に続く。
「どうやら……そうらしい。
逃げるようなヤツは、ここら辺で処理されるってことか。
本当の厨房は、別の階……もしくは隠し扉的なモノになってるンだろう。」
鳶人は頷く。
『臨戦態勢』……自然と身体は、温まり始める。
「まぁ、調理される側ってことなら、実質ここは『厨房』……だな。」
蓮王のジョークに、鳶人は「やれやれ」という表情を見せる。
そして腰を落とし、わずかに拳を握り始めた……前傾姿勢、野性的で獣のような戦闘のモード。
『外骨格』はまだ出さない。─────必要になるまで、隠す。
「フンッ……調理……か。」
鳶人は低く呟く。
アドレナリンが過剰に湧き出る……「誰でもかかってこい」というオーラが、鳶人を包み込む。
「無論……俺が『調理師』だ。」
鳶人はジョークを返す。
鳶人と蓮王……二人の戦闘準備は完了。
空間が歪むほどの熱気を、身体から放つ。
───────そして噂をすれば、13個程先のドアから異音。
ガチャン……と、ドアノブを向こう側から捻る音がする。
何者かが、コチラへやってくる。
しかし誰だろうと関係ない……殺ろうとするならば、先に殺るまでの事。
俺たちの『自由』を邪魔することは、決して許さない。




