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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

花吹雪、舞う

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/20






「やり逃げされた……」


優子はそう言うと赤茶色の髪の毛をぐしゃぐしゃにして顔をテーブルに伏せた。


「やり逃げって……」


電子タバコを咥えてた亮子は虚ろな目で呟く。


私も「やり逃げ」を公式な場所でどう言うのかなんて知らないし、久々にその言葉を聞いた気がした。


私たち同期の四人が「ミーティング」と称して集まるこの半地下のバー「砂時計」。

バーとは名ばかりで殆ど居酒屋状態で、性別不詳のマスター、レオンさんに頼めば何でも出て来る。

現に今もテーブルの上にはピザともつ煮込み、それに蛸のカルパッチョまである。


今日は優子からお昼過ぎに「ミーティング」のメッセージが来て、この店に仕事終わりに集まった。


優子の話では後輩がマッチングアプリで知り合った男が合コンをしたいと言ってきたのでホイホイと行ったらしい。

後輩二人と優子の三人に対して向こうは四人で来たという。

普通に飲んでいたが、いつもよりお酒の回りが早く、気が付くと泥酔状態になっていて、そのままホテルに連れて行かれた様子。

気が付くと翌朝で、全裸でベッドで寝ていたらしい。

しかもホテル代も払わず、男の姿は無かったという。

優子はまだ良い。

いや、良くはないのだけど、マッチングアプリをやっていた後輩はどうやら男二人を相手にしたらしい。


「で、慰み者にされてホテル代も払ったって訳」


智里がカルパッチョを食べながら、いつものジンバックを飲んでいる。


「慰み者って言わないでよ」


優子は髪を振り乱して声を荒げる。


「惨めになるわ」


亮子はニコチンもタールもゼロの電子タバコの煙……、この場合は水蒸気になるのかな、を天井に向かって吐いた。


「で、その男の仲間と連絡は……」


優子は首を横に振る。


「彩佳の話では、マッチングアプリからアカウントも綺麗に消えて、メッセージも既読にならないって」


私は何て声を掛けてあげれば良いのかもわからず、とりあえず優子の話を聞いて頷いていた。


「警察行く」


智里が優子を覗き込む様に見て声を掛けた。


優子は振り乱した髪で顔を隠したまま、頬杖を突く。


「それも考えたけどさぁ、彩佳も春美も嫌だって言うのよね……」


まあ、そうよね……。


「病院とかは……」


亮子が電子タバコをテーブルの上に置いて、脚を組み直した。


優子は少し考えて、


「うーん。なんて言うか、その……強姦されたって感じじゃないのよね……。ちゃんとゴムも付けてたみたいだし。身体に傷もないし、何処も痛くないし……」


私は亮子と智里と、顔を見合わせて口をへの字にした。


「それっていいセックスしたって自慢話……」


亮子はクスリと笑った。


「うーん。それも違う気がするのよね……。ってか、いいセックスだったかどうかもわからないしさ……。泥酔してたし」


優子は自分の前の緑茶の入ったグラスの縁を指で撫でている。

今日はお酒を飲みたくない気分らしい。


「多分、クスリ盛られたのね……」


亮子はまた電子タバコを咥えて煙を吐く。


「クスリねぇ……。どうせなら記憶無くならない程度にして欲しかったなぁ……」


優子はまた頭を抱えている。


「まあ、良いじゃん。ちゃんとゴムもしてくれてたんでしょ」


そう言う問題なのか……。


私はマスター自慢のピザをちぎり、皿に載せた。


「万が一の事も有るからアフターピルも飲んだし、そっちは大丈夫なんだけどさ……」


優子の煮え切らない話はまだ続きそうだった。


「私なんてもう半年はしてないわよ」


亮子は電子タバコを振り回しながら言う。


「手段はどうあれ、ちょっと羨ましいけど」


うんうん……。

私ももう二年はしてない。


智里は一人、ジンバックのお代わりをマスターに頼んでいた。


「私だって三か月……、半年……」


優子は指を折っていた。


「わかんないけど、結構久しぶりだったのに。何にも記憶にないなんて……」


亮子は優子の肩に手を添える。


「そこなんだな……優子の今日の反省点は……」


亮子の言葉に優子は首を折る様に頷く。

それを見て私たちは声を出して笑った。


「あら、なんだか楽しそうね」


レオンさんが智里の頼んだジンバックを持ってやって来た。

レオンさんは、口調は女なんだけど、結構男前な顔だち。

噂では昔ボクシングをやっていたらしく、相手のパンチをもらい続けたせいで、女の部分が表に出て来たって話しだ。

タイのムエタイの選手にオカマが多いのも同じ原理だって自分で言ってた。


「あ、レオンさん。何か甘いモノある」


亮子はタバコを吹かしながら訊いた。

レオンさんは口元に指を当てて考えている。

これもレオンさんの癖。


「特製プリンパフェ作っちゃおうかな」


そう言うと返事も聞かずにカウンターへと戻って行った。

これが危険で、絶対に四人では食べきれない程のモノを作ったりする。

頼んだ亮子の顔は引き攣っている。


「智里はどうなのよ……。相本課長。まだ続いてるんでしょ……プリン……じゃないわ、不倫」


亮子はカルパッチョに夢中な智里に視線を向ける。

智里はジンバックをゴクリと飲むと、にっこりと微笑んだ。


「先週、別れ話したわ」


その言葉に優子も顔を上げた。


「別れ話……」


私も思わず声を出す。


私たち四人は同期の入社で、中堅の商社に勤務。

私と智里は営業部、亮子は総務、優子は人事部に居る。

智里の不倫相手の相本課長は営業二課の課長。

私は一課で、智里は二課。

直属の部下に手を出した妻帯者の課長って訳で、世間一般には悪い奴なんだろうけど、智里にとっては妻帯者でも愛するダーリンって所かな。

でも別れ話って……。


「何で……」


優子が身を乗り出してくる。


「さぁ……。潮時って事じゃないかな……」


智里は普段と変わらない口調で言う。

不倫すると女は強くなるのかもしれない。


私と亮子はゆっくりと椅子に座り直した。


潮時って言葉は「ちょうど良い時」って事で、終わりって意味ではない。

まあ、不倫なんだから、いつかは終わる。

そのちょうど良い時なのかもしれない。


「来年三十だからね……。そろそろ不倫やめて真剣に婚活始めるのもいいかもね……」


亮子はまた配管が剥き出しの天井に向かって煙を吐いた。


その意見には私も同感かな……。


「で、もう別れちゃったの……」


優子が乱れた髪を手櫛で直し、目を輝かせながら身を乗り出す。

人の不幸話が好きなのは皆同じかもしれない。

だけど、私は優子程露骨にはなれない。

亮子も電子タバコをテーブルの上に置いて組んだ足を解いた。


智里は、今度はピザを取りかぷりと一口食べた。

そして私たちの顔を見て、


「三百万」


私たちは何の事だかわからず、お互いの顔を見た。


「三百万、吹っ掛けてやった」


ジンバックをゴクゴクと音を立てて飲み干す。

智里も平気な顔をしていても、そうでもない様だった。


「さ、三百万……」


優子は思わず立ち上がり、大声で言った。

智里はグラスをテーブルに置くとまたレオンさんにお代わりを頼む。

レオンさんの返事が聞こえる。


「だって、二十四の時から四年よ。正確には四年二か月と十六日。千五百四十日。一日千九百四十八円。今時、高校生だってもっと稼ぐわよ。それを女の一番いい時期を費やした訳でしょ。安いくらいよ。その千五百四十日の間に何回したと思ってるのよ。多分、一回単価にしても一万円は切るわよ」


捲し立てる様に智里は言う。

優子と亮子は唖然として智里を見ていた。


「三百回以上って事……」


「セックスした日を手帳にハートマーク書く趣味とかないからわかんないけど」


智里は手に持っていたピザを口に押し込む。


「相本課長って凄いのね……」


優子は背もたれに背中を付けて、全身の力を抜いた。

その優子の姿が、負けたボクサーみたいに見えたのは私だけなのだろうか。


亮子は手探りでテーブルの上の電子タバコを探し当て、冷静さを取り戻すかの様に咥えてた。


レオンさんが智里のジンバックを持ってやって来た。


「はい、六杯目のジンバック」


そう言うと智里の前にグラスを置いた。


「そ、そんなモンよね……。お酒も何杯目かなんて覚えてないし……」


私は自分のグラスを取り、一気に飲み干した。


「レオンさん。私もお代わり」


レオンさんはにっこりと微笑むと、私のグラスを取った。


「亜由佳は四杯目だからね」


そう言って無理にお尻を振りながらカウンターへと戻って行った。


「相本課長から三百万もらったらさ、沖縄行こうよ。私が奢るからさ」


智里はジンバックを飲む。


「沖縄か……」


優子は頬杖を突いて呟く。


「北海道が良いな」


亮子は煙を吐きながら言う。


「寒いじゃん。北海道。それになんか惨めじゃない……。失恋して北に行くって……。津軽海峡冬景色みたいで……」


智里の知ってる歌はとにかく古い。


「良いじゃん。降り積もる白い雪を見ながら、心も洗われるってモンよ」


亮子の言う事も何処となくおっさん臭い。


「美味しいモン食べるなら北海道だな」


優子のやり逃げの件は私たちの中では事件にさえならなかった。


「亜由佳は……」


智里はジンバックのグラスを持ったまま訊く。


私……。

私は……どっちでも良いんだけど……。

てか、そんなお金、相本課長に払えるのかな……。


「てか、智里、どうするの……。課長と別れたら会社辞めるの……」


私は皿に載せたまま忘れていたピザを食べながら智里に訊いた。


智里は難しい顔をして腕を組んだ。

どうやら考えていなかった様だ。


「いや……」


智里は首をゆっくりと横に振った。


「そのまま居座って、私の結婚式にはアイツを呼ぶ。そして披露宴でスピーチさせてやる」


それを聞いて亮子が声を出して笑い出す。


「そりゃ良い、それはいいアイデアよ」


亮子は仰け反って笑っていた。

まあ、相本課長からしてみたら、地獄以外の何物でもないのかもしれないけど。


優子もそんな亮子を見て、ニヤニヤと笑っていた。

このまま行くと、私たちは披露宴に呼ばれた上司で不倫相手の相本課長が、畏まってスピーチするのを友人の席から見る事になる。

多分、亮子はシャンパンで良い感じに酔っぱらって、今みたいに大笑いするだろうし、優子なんか酔っちゃうとヤバい事を口走る可能性もある。

私は到底、智里の幸せを祝うなんて状況じゃないだろう。

地獄絵図をまともに見るのは私って事になるのかもしれない。


「亮子、手伝って」


カウンターからレオンさんの声が聞こえた。

ビールサーバの向こうに恐ろしく大きなパフェが見えた気がする。


「はいはい」


亮子は電子タバコをテーブルに置いて席を立った。






私たちは結局、朝方まで「砂時計」で飲んでいた。

外に出ると気温は多分氷点下で、四人の吐く酒臭い息は白かった。


「どうする。ラーメン食う」


亮子は寒そうに両腕を摩りながら言う。


「私はパス。ラーメン食べたらパフェが出る」


優子は通りがかったタクシーを停めた。


「先に帰るね。また来週」


いつも優子は店を出た所からタクシーに乗る。

どうせタクシーに乗るなら、一歩でも歩かない方が得という事らしい。


「私も帰るわ。身も心も寒いし」


智里はさっさと背を向けて歩き出した。

もうそろそろ始発が動き出す時間。

そこから見える駅のホームにも明かりが点いていた。


「私も帰る……」


私は、亮子に微笑んで手を振った。


「亜由佳は付き合えよ……」


亮子は私の後ろを着いて来る。


「やだよ」


「いいじゃんか」


「いやだ」


「付き合えよ」


実はこれもいつもの風景で、こうやって亮子は私の部屋まで来る。

そして週末の一日を私の部屋で寝て過ごす。

いつの間にか亮子のパジャマ代わりのジャージまで部屋にあったのは驚いたが。


私は立ち止まり振り返った。


「どうする。コンビニでも寄ってく」


「うん」


亮子は小走りに私に追い付き、私の腕に腕を絡めて来る。

そう。

私と亮子は付き合っている。


歪んだ関係ってモノは何処にでも存在する。

優子の男関係も、不倫の智里も、そして私と亮子も。

基本、今が良ければそれで良い、って事なのかもしれない。

ううん、違うな。

そんな思考になってしまう程に今の社会がおかしいのかもしれない。

現実逃避って言ってしまえば説明は簡単だけど、実際にはそんな簡単な言葉で片付くモノじゃない。

何故そうなったかなんてそんなに重要な問題じゃなくて、この先どうするか、それが問題なのだ。

女と付き合うなんて考えてもみなかったし、そんな漫画を読んでも他人事だから笑ってた。

だけど、こんな人生もある事に気付き、私は亮子を受け入れた。

亮子は元々、男も女もいける人で、所謂バイって人種。

どうやら入社以来私は狙われていたらしい。

まんまと亮子の策略にハマってしまったのだろう。


二人で部屋まで歩き、当たり前の様に抱き合う。

勿論、女同士でセックスは出来ないが、その真似事は出来る。

それでお互いの中に溜まった鉛の様に重いモノを解消する。

解消なんて出来ていないのかもしれない。

それこそ今が良ければそれで良い。

そんな関係なのかもしれない。


そして私の前では女になって甘える亮子。

会社や優子や智里と一緒の時はクールに振る舞う亮子だが、二人の時は真逆だった。

でもまた、月曜日に会社で会うとクールな亮子になっている。

これも歪んだ関係だ。


「私、亜由佳と一緒に雪、見てみたいな」


亮子は腕を絡めて私に寄り掛かる。


「いいね。今度行ってみようか北海道」


私はコンビニの袋を提げて亮子と身を寄せて歩いた。






今日は優子と智里の話を聞いたせいか、いつもより激しかった……。






月曜日。

天気予報は雪。

空は曇っていたが、そんなに寒くも無かった。


私はいつも通りに出社して、自分のデスクのパソコンを起動する。

それから制服に着替えに更衣室へと向かう。

そうしないと私のポンコツのパソコンは起動までに時間が掛かる。

今年の春にはリースアップになり入れ替えの予定だからそれまでの我慢。


一年前に女子更衣室は広くなり、化粧台まで設置された。

シャワーも設置されると噂されていたが、それは流石に実現しなかった。

ロッカーも新しくなり、ちゃんと鍵も掛かる。

別に取られるモノなんて無いんだけど。


さっさと着替えて、自分の席へと戻る。

ちょうどパソコンも起動してログイン画面が上がっている。

コンビニで買ってきたサンドイッチとコーヒーで朝食。

一人だから何処で食べても同じって事で、朝は会社で食べる事にしてる。

一人で生活すると食生活もワンパターンになりがち。

だから朝は極力偏らない様にしているのだけど、やっぱり同じサンドイッチとコーヒーになってしまう。

生きて行くってそう言う事なのかもしれない、なんて考えながらサンドイッチを食べ終える。

大体その頃に例の相本課長が出社してくる。

まだ殆ど人の居ないオフィス。

冬は始業三十分前まで暖房が入らないので少し寒い。


「おはよう」


しっかりと頭を撫で付けた相本課長が入って来る。


「おはようございます」


私は口の中のサンドイッチをコーヒーで流し込み挨拶をする。


智里との関係を知らないと思っているのか……。


相本課長の背中に私はニヤリと微笑む。


相本課長が出社すると出社ラッシュになる。

多分同じ電車で通勤している人が多いのだと思う。

私は満員電車が苦手なので、混む前に出社するクチだ。


「おはよ」


顔を上げると智里が制服に着替えて立っていた。


「おはよ」


私は彼女に挨拶を返すとパソコンの画面に目をやった。


「何だって」


二課の方で相本課長の声が聞こえた。

どうやら何か問題があった様で、出社している二課のメンバーが課長の回りに集まっていた。

そして慌ただしく二課のメンバーは散って行った。

近くに来た智里を呼び止めた。


「何かあったの……」


智里は手にペーパーナイフを持っていた。


「先週準備したDMに不備があって、今から資料の差し替えなのよ」


智里の背中越しに段ボールを抱えた若い男性社員が会議室に入って行くのが見えた。


どうやら総出でDMを開封して差し替え作業なのね……。


「手伝おうか」


私は智里に訊いた。

智里は首を横に振り、


「大丈夫よ。皆で一気にやっちゃうから」


と言い、会議室に入って行った。


「德永、二課、何かあったのか」


出社してきた一課の課長が慌ただしい様子を見て私に訊く。


「何か急遽、DMの差し替えみたいですよ」


「そうか……。二課は大変だな……」


黒部課長は窓際の机まで行くとコートを脱いで椅子に掛けた。


「手伝ってやらなくて良いのか」


黒部課長は椅子に座ってパソコンを起動する。


「皆で一気にやるから大丈夫って断られました」


私はメールのチェックをしながら答える。


「課長が二課と仲良くしないから断られるんですよ」


私は冗談のつもりで言う。


「仲良くしてるよ。先週相本に出産祝い渡したところだ」


私はその言葉にピクリと動きを止めた。


出産祝い……。


私はゆっくりと顔を黒部課長の方に向けた。


「先週生まれたんだよ。女の子らしい」


黒部課長はパソコンのモニターを覗き込んで、キーボードを二本の指で叩いていた。


私は相本課長の方を見た。


それでか……。

別れ話は……。


二課の社員が忙しく動いている中、相本課長は自分の机でコーヒーを飲んでいる。

ガラス張りの会議室の中で智里は必死に作業をしている様子。

そして若い社員がシュレッダーの所に大量の紙を持って行き粉砕していた。


シュレッダーで粉々になった紙屑は散らばると掃除が大変で、細目に中の袋を取り替えていた。

シュレッダーの袋は月曜に業者が取りに来るので、昼までに出す様になっている。


若い男性社員が荒々しくシュレッダーの中の袋を取り出そうとしているのが見えた。


そんな取り出し方したら屑が零れるわよ。


「貸して……」


私は代わりにシュレッダーの中の袋を取り出して口を堅く結んだ。


「ありがとうございます」


私は無言で微笑み、溜まったシュレッダー屑の袋を手に取った。


「相本課長。お子さん生まれたんですってね。おめでとうございます。男の子ですか、女の子ですか」


相本課長の傍に女子社員が集まりキャッキャと話をしているのが聞こえた。


これは不味いわよ……。


私はシュレッダー屑の入ったゴミ袋を抱えてその様子を見ていた。


相本課長はお祝いをもらい、照れ臭そうにニヤニヤしながら頭を掻いていた。


その時、智里が会議室から出て来るのが見えた。

私も見た事の無い形相の智里だった。

そしてその智里の手にはペーパーナイフがしっかりと握られているのが見えた。


ダメ……。

ダメよ、智里。


私は相本課長の方へ真っ直ぐに向かう智里の前に立った。


「亜由佳……」


私は智里に無言で首を横に振り、手に握られていたペーパーナイフをしっかりと掴んだ。

そして代わりに私が持っていたシュレッダー屑の入った袋を智里に渡した。


「思いっきりやっといで」


私の言葉に、智里はシュレッダー屑の入った袋を持って相本課長の方へと向かった。


智里はその袋で相本課長を殴りつけた。

何度も何度も。

するとその袋は裂け、中からシュレッダー屑が溢れ出る。

その屑はオフィス内に飛散し、タイルカーペットの床に花吹雪の様に降り積もった。


「やめろ、こら小林、何をやってるんだ」


相本課長の声が聞こえる。

それでも智里は相本課長をシュレッダー屑の入った袋で殴り続けた。

周囲の女子社員も大騒ぎになり、シュレッダー屑の花吹雪の中でキャーキャーと騒いでいた。


最高に愉快だった。

私はその様子を見て笑った。

相本課長に降り積もるシュレッダー屑を見て智里も笑っていた様に見えた。


よくやった。

智里……。


私は手に持ったペーパーナイフをスカートのポケットに入れた。


誰かが私の肩を叩く。

振り返ると亮子と優子が立っていた。


「何……、怒りのライスシャワーってやつ」


亮子がニヤニヤ笑いながら言う。


「これ、後処理大変よ……。床も課長も……」


優子はスマホを出して、シュレッダー屑に塗れた相本課長の写真を何枚も撮っていた。

 






「じゃあ、相本課長は仙台に出向になったの」


いつもの様に「砂時計」でお酒を飲みながらのミーティング。


「智里からメッセージ来た」


私はスマホを出して写真付きの智里のメッセージを見せた。


「もう沖縄は桜咲いてるんだって……」


相本課長から受け取った三百万で智里は長期休暇中。

一人で沖縄を満喫している。

智里の千五百四十日と一緒に満開の桜がその花びらを散らしていた。


「やっぱ花吹雪はホンモノが良いわね」


亮子は電子タバコを吹かしながら呟いた。








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