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第4話 潜むもの

# 第4話 潜むもの


あれから、雪のスピーカーは沈黙を守っていた。

モニターは暗いまま、部屋には風の音だけが漂う。

それが、逆に静けさを際立たせていた。


ルカとナオの支度はとっくに終わっていた。

ジャケットを羽織り、装備を整え、いつでも出られる状態で。


だが、雪から情報が届かない以上、動くに動けない。

彼女もプロだ。

それは分かっている。

だからこそ、二人とも余計な口を挟まずに“待っていた”。


……が、それもそろそろ限界だった。


「……どうだ、雪。そろそろ相手の居場所、教えてくれるか?」

『――――。』


ナオが腕を組んだまま、天井のカメラに視線を向ける。

彼女がその向こうで“聞いている”ことは、確かだ。


ルカは黙って靴紐を結びながら、ちらと天井を見やった。

心なしか、動作にいつもより力が入っている。


先ほどの――“あの声”。

スピーカー越しに聞こえた、あの一言が、まだ耳の奥で燻っていた。


――「…………面白い……っ。」


まるで“狩りの匂い”を嗅ぎつけた獣のような、そんな響きだった。


「……あれ、完全にスイッチ入ってたな。」


ナオがぽつりと呟く。

ルカは返さない。

ただ、靴ひもを結び終えると、立ち上がるその動きだけが妙に鋭かった。


……次の瞬間。


『――ごめんね、お待たせ。今日は、私もついていくね。』


静かに、けれど確かな色を持って。

雪の声が、部屋を満たした。


「……は?」

「……せっちゃんが?」


二人の声が重なり、わずかに間抜けな響きを落とす。

互いに顔を見合わせたまま、眉を寄せる。


雪が“外に出る”と言った。

それも、任務でも依頼でもない――

単なる動画一つに、わざわざ“出張ってくる”なんて。


ナオが何か返そうとした瞬間。

階下から、かすかなモーター音が這い上がってきた。

……回転音のような、羽音のような、不意を突く高音。


そして、半開きのドアの隙間から――ぽん、と何かが飛び込んできた。


「……おいおい。」


ルカの口元が、だらしなく緩む。

隣でナオも目を細め――


「耳、動いてるぞ……。」


技術と無機質の塊に、あの子は“愛嬌”を仕込んだ。

きっと、自分の代わりに誰かと向き合えるように。


ドローンは、聞かれたのが嬉しかったのか、ぴょこんと一度、耳を揺らした。

ひと目見て「せっちゃんだ」と分かってしまうような、やけに愛嬌のある姿だった。


UFOのようにふわりと浮かびながら、機体がくるくると一回転。

上半分にはうさぎの顔がデザインされていた。

くりっとした目に、空気抵抗を計算したような短めの耳。

無駄がなく、それでいてどこか“守りたくなる”シルエット。


『同伴用せっちゃんドローン、ちょっとだけ準備に時間かかっちゃった。』


いつも部屋のスピーカーから響くあの声が、今はこの愛嬌の塊から聞こえてくる。

どこか誇らしげで、少し照れくさそうでもあるトーン。


ドローンはそのまま高度を落とし――

まるで甘えるように、ふわりとルカの肩へ吸い寄せられた。

くっ、と耳が揺れる。


「……なにこれ。」


ルカが肩越しに見返すと、ドローンの“目”と視線が合う。


「……ついてくって、そういうこと?」

『うん。今回は、気になることがあって。』


ふわふわした語調のはずなのに、言葉の奥に微かな“獣の気配”が滲んでいた。

…好奇心だけではなく、何かもっと深い、名をつけられない熱のようなもの。


『秘蔵のドローン、遂に出番だな!って思ったの。』

「この隠し球は驚いたな...。」

「……ま、せっちゃんが来るなら百人力だな。」


ルカは笑ってドローンの耳を指先でつつくと、可愛くその耳が揺れた。


「で、何があったんだ。説明してくれよ。」

『それはまた、おいおいね。』


カメラレンズの奥――ほんの一瞬、光が“瞬いた”。

ナオは肩越しにドローンを見た。

雪は“何か”を確信している。

だが、それをまだ言葉にしようとはしない。


雪のドローンは、彼らの背を追うようにふわりと浮かんだ。

そのまま、次の“狩り”へ向かうように――。


---


――午後五時過ぎ。

煌都の北側、古い雑居ビルがひしめくエリア。

その一角にあるアパートの階段を、ルカとナオが静かに上がっていく。


ルカの肩にくっついた、うさぎ型の小さな機体。

それはまるで、二人の背中に寄り添うように、静かに羽音を揺らしていた。


+++


古びたアパートの階段を、二人分の足音が静かに上がっていく。

ルカはポケットに手を突っ込み、ナオは無言で隣を歩く。

その肩に、小さなうさぎ型ドローンがぴったりと寄り添っていた。


二階の一室。

扉には何の表札もない。


ナオが立ち止まり、小声で尋ねる。


「……中にいるか?」

『PCの稼働ログが動いてる、多分いるよ。』


ドローン越しに雪の声。ナオは一度だけ頷くと、扉を軽く、二度叩いた。


コン、コン――


応答は、ない。

少し強めに、もう一度。


すると、わずかに扉が開いた。

暗い隙間の奥、フードを深く被った少年の顔が覗く。


「……誰?」


掠れた声。

怯えも拒絶もない。ただ、こちらを見ている。

目の奥に、生きているはずの“光”がない。


ルカが一歩踏み出し、扉に体重をかける。


「……入るぞ。」


そのままぐいと引き寄せ、生まれた隙間にナオが身をねじ込む。

クラウンは、無抵抗のまま一歩下がった。


部屋の中は、一人暮らしにしては異様に静かだった。

生活感の薄い空間。

机には開かれたノートPC。その画面には、動画編集ソフトのタイムラインが広がっている。

切り貼りされた映像群――それは例の“炎上動画”の素材だった。


「……おい、今も動画作ってんのかよ。」


ルカがぼやき、ナオが小さく息をつく。


「……で、あんたたち、何しに来たの。」


ようやく発された言葉は、やけに淡々としていた。

驚きも拒絶もない。

まるで、この状況をどこかで想定していたかのような、乾いた目。


ナオが一瞬だけ目を細める。


『……反応、薄いね。』


肩のドローンがぽつりと呟く。


その時、クラウンの目が、ほんのわずかに揺れた。

理由は、誰にもわからない。

けれどあの一瞬だけ――何か、耳の奥に残るような“音”が通り過ぎた。


ルカは、ほんの一呼吸だけ間を置いて、口を開いた。


「ま、少し話そっか。俺たち、アンチじゃなくて、感想言いに来ただけだからさ。」


勝手に座り込むと、ほらほら、と手をまねく。

少年が何の抵抗も見せずに座ると、ナオも静かに腰を下ろした。


ルカはにかっと笑う。だが、その目は冷えていた。


「カッコよく編集してくれて、“ありがとう”。」


「……あぁ、あの2人。」


少年の口元が、ほんの少しだけ歪んだ。

笑ったのか、笑っていないのか。曖昧なその表情のまま、言葉は途切れる。


沈黙が落ちた。

ぴんと張り詰めた、重たい沈黙だった。


ルカは、笑っている。

胡座で座り、両手を軽く後ろにつき、背筋は妙にまっすぐだった。

ただ、首が少しだけ傾いていた。

瞳の奥には、“切り替わる何か”が見えていた。


ナオの視線は、まっすぐだった。

刃のような静けさで、クラウンの奥底を見抜こうとしている。

曇りのないその眼差しが、腹の底をえぐり取ろうとするように。


クラウンは、身じろぎひとつしなかった。

怖がるでも、驚くでもない。

自分の部屋に他人が入り込んでいるというのに――その目は、まるで“他人事”。


それを「覚悟」と呼ぶなら、それは異常に近かった。


キュッ、と。

浮かぶうさぎ型ドローンが、レンズの絞りをわずかに締める。

まるで、この異様な空間の温度を測っているかのように。


――沈黙だけが、緊張の糸をさらに引き絞っていく。


愛嬌ドローンに惑わされてる場合じゃない。

クラウン、雪、ルカ――それぞれの内側に、何かが息を潜めているような回でした。

次回、雪の“うさぎ”と“猟犬”が牙を剥きます。

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