第6.5話 阿吽の楔
# 第6.5話 阿吽の楔
さっきまで吹いていた風は、今はもう止んでいた。
揺れるカーテンだけが、名残のように揺れている。
そこに、あいつの背中を――重ねていたのかもしれない。
……ほんと、鷹宮ルカは勝手な男だ。
任せた、ダーリン。
そう言って俺に全部丸投げして、
クラウンを担いで、あの高さから平然と飛び出す。
瞬間の判断とリスクと、背負える範囲と――
あいつは、意外とそういうのをちゃんと測ってる。
……測ってるくせに、全部「軽口ひとつ」で済ませようとする。
それが時々、歯がゆくなる。
もっとちゃんと言えよ、って思う。
でも、たぶん言われたら、俺の方が困るんだろうな。
それでも、結局は分かってる。
あの呼びかけがあれば、俺は動く。
刃を抜く。
息を整える。
何も考えずに、前に出る。
「ダーリン」って呼ばれた瞬間、
あいつの未来は、俺の手に預けられる。
――だから俺は、間違えられなくなる。
「ハニー」と呼ばれるその瞬間には、
もう手綱は、ルカのものだ。
気づけば、それが呼吸のリズムになっていた。
預けて、委ねて、縛られて――
それでも、苦しくない。
むしろ、心地がいい。
……バカみたいだと思う。
でもたぶん、俺はそう在りたいと思ってる。
そうじゃなきゃ、きっと一緒にはいられない。
あいつの隣に立つって、そういうことなんだ。
本当は全部、測って動いてるくせに。
全部、軽そうなセリフでごまかすくせに。
それでも――
あの声を聞いたら、
俺の中の何かが、静かに“スイッチ”を押される。
道理とか計算とかじゃない。
身体の奥に落ちてる何かが、そっちを選ぶ。
……ずるいのは、どっちだろうな。
ナオは静かに鞘に手を添えたまま、窓の外に視線を戻す。
無風の部屋の中で、カーテンだけが名残惜しそうに揺れている。
あの背中は、もうとっくに見えなくなっていた。
けれど、その残像が、まだどこかに焼きついている。
――さて、追うか。
ルカの声に、ナオの剣が応える。
たったそれだけの関係が、どれだけ確かで、どれだけ危ういのか――
今回はそんな“阿吽”の瞬間を書きました。
次回、楽園追放(前編)。
クラウン編も、いよいよクライマックスが近づきます。




