第0話 クソ野郎
#第0話 クソ野郎
──“ただの相棒”をやめるための夜。
煌都の夜。
過去に縛られた二人の男が、“ただの相棒”をやめるために刃を交える。
(……あの頃のままじゃ、もうダメだよな)
路地裏に、火花が散った。
――ルカの黒い鞭が風を裂き、
那智の重厚な棍が、その軌道をぴたりと受け止める。
金属の軋みが壁に響き、
散った火花が、夜の静寂を赤く染めた。
「……分かってないよ、お前。ナオの“使い方”。」
那智が、笑った。
ナオのかつてのバディだ。
唇の端に浮かぶのは、軽蔑でも挑発でもない。
ただの“確信”。
優しさの皮をかぶった捕食者――そんな温度。
足元から這い上がってくるような圧が、ナオの喉を締めつける。
皮膚の奥に、古傷をなぞられるような感覚。
呼吸が、過去の匂いを思い出して濁る。
ルカも動きを止めた。
緊張が、空気を満たす。
一瞬の静寂――
その真ん中に、那智の声が落ちた。
「……ナオ。お前は、“犬”か、“クソ野郎”か。だろ?」
懐かしげな目で。
嘲るように。
けれどその声音には、微かに、歪んだ温度があった。
過去に繋がれていた鎖の感触が、背中に蘇る。
那智が片手を上げる。
人差し指と小指を立て、残りの指を折って、親指で押さえる。
犬の口を模したそれを、ひらりと開く仕草に変えて――
「…………わん。」
笑いながら、言った。
侮辱でも、煽りでもない。
――支配だった。
かつて、ナオを繋ぎ、呼び寄せていた“あの手”の、記憶の残り香。
優しさを模した、暴力の仕草。
「……どっちが、本当に似合ってると思う?」
選べよ、と。
あの頃にはなかった、自由のような残酷さで。
……あの時の俺は、選べなかった。
でも、今は――違う。
喉の奥がひりつく。
舌が、唇の裏を押し、鉄の味をにじませる。
一度だけ、深く息を吸い込む。
ナオは那智をまっすぐ見返す。
もう、視線も逸らさない。
声も、震わせない。
「……那智さん、俺……」
喉が、乾いた音を立てる。
それでも、言葉は奥からこぼれ落ちた。
「……クソ野郎、なんで。」
その瞬間だった。
隣にいた男――ルカが、鞭を振り抜いた。
「ナオはなぁ、俺の相棒で……素直で……」
金属がはじける音。
鞭と棍がぶつかり、風が爆ぜた。
「――俺と同じ、クソ野郎なんだよ!!」
世界が、裏返った。
血管を駆け抜ける音が、耳の奥で爆ぜる。
息が合った。
鼓動すら、同じタイミングで打った気がした。
速度が、狙いが、意志が、重なった。
もう、言葉はいらない。
交わさなくても、分かっていた。
“次にどう動くか”。
“どこを狙うか”。
“何のために、ここにいるか”。
俺は――もう、誰の命令でもない。
ルカ。
ただ、この男と並ぶために。
この夜を、並んで戦い抜くために。
剣を、振るっている。
(俺は……)
――もう、繋がれてなんかいない。
俺は、クソ野郎だ。
そして、誇りを持って、それを名乗る。
※これは、物語の“未来”の一場面です。
最初から、こんなふうに背中を預け合えたわけじゃなかった。
それでも隣に立つことを、選び続けたふたりの、“ひとつの答え”。
本編は、この答えに辿り着くまでの、痛みと選択の物語から始まります。