奏空の気持ち
フローライト第七十八話
「ねえ、奏空ってさ、咲良に片思いだよね?」といきなり美園が言った。
咲良が入浴中の夜のこと、中学生になった美園が宿題を見て欲しいというので、奏空は美園の部屋にいた。
「何でさ、両想いだよ」と奏空は答えた。
「だって咲良は利成さんが好きじゃない?」と最近かなり女っぽくなった美園が大人びた笑顔で奏空を見る。
「違うよ、美園。それ間違ってる」
「え?どれ?」と美園が学校の数学のワークを見る。
「いや、違うって。今の美園の発言のことだよ」
「あー何だ。それなら間違ってないよ」
「間違い」と奏空は軽く美園の頭をポンと手のひらで叩いた。
「痛い。暴力反対」と美園が頭を押さえた。
「大袈裟。ほら、次の問題いきなよ」
奏空が言うと美園が「だってこれ・・・」と急に自分のスマホを取りだした。そして操作すると奏空に差し出した。
「何?」と奏空がスマホを受け取ると画面には自分の歌が流れ始めた。
「俺のじゃん。これがどうしたの?」
「これ、奏空が作ったんでしょ?」とおかしそうに肩をすくめる美園。
「そうだよ」
「だってまんま咲良のことじゃん」
「・・・・・・」
「いやー何かさ、私の方が恥ずかしくなっちゃったよ」と美園が言う。
「こら、からかうな」と奏空はまた美園の頭を軽く叩いた。
「もう!体罰はダメ。咲良に見せるからこれ」
「見せなくていいって」
「見せて奏空の気持ち伝えたら、きっと咲良も振り向いてくれるよ」
「・・・・・・」
「でもやっぱり利成さんには負けちゃうのかな・・・」と美園が首を傾げている。
「美園、真面目にやらないなら教えないよ」と奏空は言った。
「あー、待って。数学まったくわからないんだから」と少し焦った顔はまだあどけない。
(片思い・・・)
あーまったく・・・。と奏空は思う。
咲良はいつまでも利成に・・・つまり影の部分に惹かれている。切なさを歌にしたのだ。それを美園に見破られてしまった。
「でも、奏空もいい線いってるのにね」と美園が言う。
そんな美園を見てふと思いついて奏空は言った。
「美園は彼氏いないの?」
「彼氏?いないよ」
「好きな人は?」
「いるよ」
「誰?クラスの子?」
「利成さん」
「・・・・・・」
「やっぱりね、年上だよね」
「いや、美園。利成さんは年上というより美園のおじいちゃんだよ?」
「え?違うじゃん。お父さんでしょ?」
「・・・まあ・・・血的にはね」
「あーあ、利成さんと結婚したかったな・・・」
「・・・・・・」
そこで部屋のドアが開いて咲良が顔を出した。
「美園、お風呂入っちゃって」
「んー・・・これ終ってから」
「何やってるの?」と咲良が美園と奏空を見た。
「宿題」と美園は答える。
「じゃあ、奏空が入りなよ」と咲良に言われる。
「オッケー」と奏空が立ち上がると美園が「えー最後まで見てよ」という。
「残りは自分で考えなよ」と奏空が言うと「えー・・・」と美園が口を尖らせた。それを無視して部屋を出て浴室に向かう。
── 利成さんと結婚したかったな・・・。
湯船につかりながら美園の言葉を思い出す。美園は結局利成の子だから奏空とはきょうだいになる。咲良が妊娠したと聞いた時からお腹の子が利成の子だというのは実は気がついていた。
(あーまったく、複雑にしてくれるな)と奏空は利成に負けっぱなしの自分を思った。
最後は自分が勝つことはわかっていても、いちいち利成のやり方が癪に障る。
利成との子だと葛藤がまったくなかったわけではなかったが、奏空はそこは持ち前の明るさで収めた。それよりいつか咲良の方がそのことで苦しむことが目に見えてたからだ。
── わかってて私を行かせたの?
咲良に言われた言葉だ。あの時美園が出来た時、咲良を利成のところに行かせたのは何故か・・・。
(わかっててといってもね・・・)
本人が望んでいたことを止められないだろう。
── 片思い・・・。
(あーもう)と浴室から出る。この感情というのが厄介だ。ある思考から勝手に湧いて出て来る。咲良が気がついてくれるまでは、確かに片思いなのかもしれない。
奏空が前世的なことを思い出したのは、あの二歳の高熱を出した時の後からで、意識的にも利成より自由だ。利成は自分をある程度離れて客観視できるが、あくまでも肉体に縛られている範囲だ。けれど奏空は違った。物事の全容が見えるのだ。
けれど未来が見えるわけではない。わかるとしたら囲碁の定石のようなもので、こうしたらこうなるだろうというあるパターンがわかるだけだ。
(そもそも未来って何よ?ていう話しなんだよね・・・)
時間通りに順番通りに、これが物事が直線で進んでいるかのように見せているだけで、実際は何も流れてなどない。
(この辺りは説明が難しいな・・・)
言葉は不便だなぁ・・・と思いながら奏空はリビングに行ったら誰もいない。キッチンで冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。
(もう寝たのかな・・・)
最近またセックスをしてないけど・・・。それがちょっと気になる。咲良はしたくないのかな・・・。したかったらしたいというだろうか?
(それも難しい・・・)
奏空が寝室に入ると咲良がベッドに寝そべってスマホを見ていた。耳にはイヤホン・・・。
「何聞いてるの?」と奏空は咲良の横に寝そべった。
「ん?これ」と画面を見ると自分のライブ映像だった。
「美園が見れって」
「え?見せて」と奏空は咲良のスマホを覗き込んだ。画像は自分のソロが始まるところだ。
「一回じゃわからないからもう一度聴こうと思って」と咲良が言う。
「美園、何か言ってた?」
「何か奏空が私に対して歌ってくれてるっていうから」
「は?違うから」と画像を切ろうとしたら咲良にスマホを奪われて阻止された。
「違ってもいいでしょ。聴いたって」
「良くない。いつも俺のなんか見ないくせに」
「見てるよ。奏空が知らないだけ」
「・・・ほんとに?」
「ほんと」と咲良がイヤホンを耳につける。
「咲良」と背中に抱きついた。自分に興味を持ってくれると嬉しい。
「重っ・・・」
「ねえ、今日していい?」
「・・・いいけど・・・」と咲良がまだスマホを見ている。
「じゃあ・・・」と咲良からスマホを取ってベッドの棚に置いた。
咲良の唇に自分の唇を重ねてから、いつもより深めに舌をいれた。咲良は舌を入れるのが好きなのだ。しばらく舌を絡めてから咲良のパジャマのズボンの中に手を入れると、咲良が身をよじった。
(もう感じてる・・・)
それもちょっと嬉しい。
咲良のパジャマを脱がして下着も取る。自分もパジャマを脱いで裸になる。咲良の手が伸びてくる。奏空はもう一度口づけてから咲良の中に入った。
「咲良・・・気持ちいいとこ言って」と咲良を揺さぶりながら言う。実は咲良は言葉攻めにもちょっと弱い。
いつもより乱暴に突くと咲良が声を上げた。咲良は乱暴にされる方が感じるらしい・・・。
じらしながら咲良がイクのを待ってから自分も咲良の上に射精した。ちょっと張り切ったので息が上がる。
後始末を終えてからまだ裸の咲良が自分に身体を寄せてきた。
(やっぱり俺って咲良が好きなんだな・・・)と改めて自分のことを思ったりする。
すると急にドアがノックされた。「え?」と咲良が焦って布団の中に入っている。奏空にはそういう気持ちもよくわからない。隠す必要ある?
「奏空」とドアが開いて美園が顔を出した。それから「あ、お取込み中?」と平然と言って布団の中の咲良を見た。
奏空は裸のままでベッドの上に座っていた。
「いいよ。どうかした?」と奏空が言うと「さっきの宿題、一つだけどうしてもわからないの」と言う。
「じゃあ、ここに持っておいでよ。教えるから」
「わ、サンキュ。でもいいの?途中でしょ?」と美園は特に表情も変えない。
「もう終わったからいいよ」
「そうなんだ、じゃあ、持って来る」と美園が部屋から出て行った。美園が出て行くなり咲良が起き上がって急いで下着をつけてパジャマを着ている。
「もう、あの子何なの?」と咲良が言った。
「隠さなくてもいいのに」と奏空は言った。美園もある程度はエネルギーの動きがわかるらしく、嘘をつく必要もないと奏空は思っている。
「隠すでしょ?普通」と咲良が睨んできた。
「そうかな?」
「そうだよ。奏空も早く着なよ」
焦っている咲良を横目に奏空は自分も下着とパジャマを着た。美園が宿題を持って戻ってくる。咲良はベッドから出て部屋を出て行った。
「ねえ、咲良ってさ・・・」と美園がまた話し出す。
「また?余計な話はなしだよ」と奏空は問題を見ながら言った。
「余計でもないよ。咲良って今も利成さんと繋がってるの?」
「・・・・・・」
「前に見ちゃったんだ。利成さんが咲良の頬に両手添えててさ・・・」
「・・・・・・」
「あれはきっとキスでもしてたんだよ」
「はい、これ返す」と奏空は宿題のワークを美園に渡した。
「え、何で?まだやってないじゃん」
「余計な話はなしって言ったでしょ?」
「えー、余計じゃないでしょ。奏空に教えてあげてるのに」
「それが余計だっていうの」
「えー・・・」と美園が唇を尖らす。
結局美園に宿題を教えてからもう一度ベッドに入る頃に咲良も寝室に戻って来た。
「美園の勉強どうなの?」と咲良がベッドに入ると聞いてくる。
「まあ、数学がダメみたいだね」
「そう、後は?」
「後はいいんじゃない?英語は人並み以上だし」
「そう」
「・・・ねえ、咲良」
「ん?」
「さっきの俺の歌、聴いてくれたんだよね?」
「聴いたよ」
「どう思った?」
「・・・さあ・・・」
「さあ?」
「何かわからない」
「わかるでしょ?」
「難しいもの」
「・・・・・・」
「でも・・・」
「でも?」
「・・・やっぱりいい」
(期待したのに肩すかし・・・)と奏空は咲良の顔を見る。
「愛してるって伝わった?」
これはもうストレートにいこうと奏空はそう言った。
「・・・・・・」
「ねえ」
「伝わってるよ」
「そう?じゃあ、咲良も俺に伝えて」
「何を?」
「愛してるって」
「・・・好きだよ、奏空のことは」
「何かその言い方・・・」
「何?」
「”お友達としてはね”みたいな感じだね」
「もう、いちいち言わなくてもわかるでしょ?」と咲良が少し顔を赤らめた。
「うん・・・」と奏空は咲良に上から抱きついた。
「ちょっと、重いって」
「俺はね、咲良とここにいるだけで満足なんだ・・・」
本心だった。こうしているだけで満足・・・。
「奏空って・・・」
「ん?」
「ほんとに利成の子供?」
「どういう意味?」
「だって違いすぎるから」
「そう?」
「そうだよ」
「そうでもないよ」
「じゃあ、どこか似てるところある?」
「んー・・・」
「ほらないでしょ?」
「似てて欲しいの?」
「別に」
「・・・・・・」
目を閉じた咲良の頬に奏空は口づけてから「おやすみ」と言った。
「・・・おやすみ」と咲良が目を閉じたまま答えた。
奏空は咲良の寝顔を見ながら身体が愛しさで溢れて行くような感覚になった。そして高まるほどに周りが見えなくなっていく。
(あ・・・やば・・・)
昔、中学生の時一度なったことがある。周りが何もなくなるのだ。あの時はサッカーの練習中で他の生徒とぶつかってまた意識が戻った。
奏空は一瞬の中に咲良も美園も利成も明希も・・・そしてアイドルグループのみんなも・・・幼い頃の自分も、前に高熱で死にかけた自分も見えた。
そして今ベッドに寝ている咲良も・・・。
ハッと目が覚めた。咲良の腕が奏空の顔に当たったのだ。時計を見ると夜中の二時・・・。
(あー・・・ヤバかった)と奏空は咲良の腕をよけた。
(帰って来れなくなったらヤバい・・・)
奏空は咲良の顔を見つめた。咲良はスース―と寝息をたてている。
(あー・・・可愛いな・・・)と奏空は咲良の頬を撫でた。
(利成さんが明希という夢を手放さないように、俺も咲良を手放したくないな・・・)
執着は利成との戦いを長引かせてしまうのにと思いつつも・・・。
奏空は目を閉じた。
── ああ、早く皆がHappyなことに気が付きますように・・・・・・




