アルラウネの集落
魔道船での移動は順調だった。
オレとベッツ、キケの三人は特にすることもなく、艦橋から下界を見下ろしていた。
どこまでも続くかと思われた青々とした麦畑が突然消えたかと思うと、何もない荒野が長く続き、やがて森が見えてきた。
魔道船の艦長がガリオンに声をかけた。
「そろそろ魔国の勢力圏です」
「よし。船を下ろしてくれ」
魔道船が着陸すると、大急ぎで資材が下ろされた。
目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。魔国の都はこの森の奥にあると言われている。
オレ達三人は三方に散って、森と荒野の境目に立って森の中を探った。
特に何かを命令されたわけではないが、警戒しておくに越したことはない。
ねじれた木の根が地面を這い、苔や蔓草の緑がその上を覆っている。見上げれば、高く伸びた木の幹が枝を広げ、陽の光を柔らかく遮っていた。むせ返るような濃い緑の香りに圧倒される。
自然とは切り離された帝都の人工的な雰囲気とは別世界である。
魔族を人と言っていいのかは分からないが、周辺に人の気配はなかった。
魔道船は魔王討伐隊と荷物を下ろすと、すぐに上昇し、帝都に帰っていった。
キュベレーの加護が期待できない魔国の勢力圏近くには長居したくないのだろう。自分の家の後継ぎが残るというのに、別れの挨拶もそこそこに恐ろしく早く戻っていった。
オレ達はガリオンの周りに集められた。
ガリオンは魔動機兵の肩に立って、声を張り上げた。
「魔王討伐隊の諸君!ここからが本番だ!各自、日ごろの訓練の成果を存分に発揮するように!」
「はっ!」
兵士達は大声で応えた。
「栄光を我らに!」
ガリオンが天に向かって剣を突き上げた。
「栄光を我らに!」
兵士達も続いて、天に向かって剣を突き上げた。
討伐隊の宿泊地に天幕が張られ、その中で作戦会議が行われた。
会議は近衛が提供する情報を元に議論された。失敗したとはいえ、過去の魔王討伐で魔国の情報がいくらかは得られたらしい。近衛は帝国が持っている情報を討伐隊に提供した。
会議の席でも近衛はヘルムを外さなかった。近衛となる時、家や名前を捨てる誓いを立てる。名前や顔など、個人が特定される情報は外に出せないというのが理由だった。全てを捨てて、皇帝とキュベレーに忠誠を尽くすことができる者だけが近衛になれるのだ。
近衛の話では、森の中に部族ごとの集落が点在しているとのことだった。集落同士は道がつながっており、その一つが森の奥深くにある都に続いていると思われる。集落がある場所以外は深い森だ。
森の中を長距離進軍するのは厳しい。人間だけならまだしも、こちらの主戦力は図体の大きな魔動機兵である。手近の集落を一つ落として、そこを拠点に魔族の道を使って進軍を始めるのがよい、と近衛は提案した。
近衛の提案は了承された。
過去の討伐作戦で、ここから二日ほど進んだ先にアルラウネの集落があることがわかっている。最初に狙うのであれば、アルラウネの集落が手頃だろう、と近衛は続けた。
近衛の言葉に従い、討伐隊はアルラウネの集落を落とすことになった。
先ずは斥候を出してアルラウネの集落の調べることになった。その間に、戦力を集落周辺に展開させる手はずである。
オレ達は斥候に志願した。
ここに来るまで何もすることがなく、ただ遊んでいただけだったが、少しは討伐に貢献しようと思ったからである。
オレ達三人は木に上り、アルラウネの集落を見下ろした。
集落は森が円形に途切れたような場所にあり、周囲を腰の高さほどの蔓草で作られた生垣に囲まれていた。
大小さまざまで色とりどりの花が咲き乱れる集落には、長い髪に花を咲かせた緑色のアルラウネ達が働いていた。
野菜を育てているようだ。彼女達が畑に種を蒔き、息を吹きかけると種が芽を出す。別の場所では、大きく育ったかぼちゃを収穫している様子が見える。
その周りを頭に花をつけたアルラウネの子供達がきゃいきゃい言いながら走り回っていた。数は少ないが、男の子もいるようだ。頭に花をつけているのは女の子と変わらないが、スカートではなく、ズボンを履いている。
よく見ると、アルラウネだけではなく、人間の男も働いていた。男達はアルラウネが収穫した野菜を集めて、荷馬車に積んでいた。男達は皆、蔓草で作られた首輪をしていた。おそらく従属の首輪と同じ類のものだろうが、暗い雰囲気ではなく、収穫した野菜を持ってきたアルラウネ達とにこやかに話し、じゃれつく子供達を追い払うのに手を焼いていた。
和気あいあいという平和な雰囲気が集落を満たしていた。
「ここを制圧するのか。気が進まないなあ。ただの平和な集落じゃないか。帝国よりよっぽどまともだ」
オレは思ったことを口にした。
「戦争なんていつもそんなもんだ。住んでる人間の都合なんて誰も考えちゃくれねえよ」
ベッツが不機嫌に言葉を返した。
「捕まえた人間を頭からバリバリ齧っててくれた方がまだよかった。バラバラにした人間を地面にまいて肥料にしてるとかさ。それなら罪悪感を感じずにすむ」
「レクサスは怖いこと考えるんだな」
本隊に報告に行っていたキケが戻ってきた。
「進軍するってさ」
上空に赤い光球が打ち上げられた。
―――――――――――――――
最初に集落に向けて一斉に矢が放たれた。
矢はアルラウネや子供達に突き刺さり、平和だった集落に悲鳴が上がった。
慌てた様子で門が閉じられ、腰程の高さだった生け垣が大人の背丈を超える高さにせり上がった。
討伐軍は森を出て集落を取り囲んだ。
ガリオンが魔動機兵を前に出して、その手の上に立った。
「アルラウネどもに告ぐ!」
ガリオンは大声を出した。
「武器を捨てて降伏せよ!俺様はピュアヒューマンの勇者ガリオンだ!貴様達が虜にしている私達の同胞を救うためにやってきた!」
ガリオンは続けて言った。
「虜囚に甘んじている人族の男達よ!よくぞ耐え忍んだ!助けに来たぞ!」
ガリオンは中にいるはずの男達に呼び掛けたが、集落からは何の反応もなかった。
「アルラウネども!男達を解放し、降伏しろ!勧告に応じない場合は直ちに集落を攻撃する!」
「ふざけるな!不意打ちで女子供に矢を射掛けておいて何が勇者だ。この外道!」
男の怒鳴り声が聞こえたと同時に、ガリオンに向かって石が飛んできた。
「なっ!?」
「ここは俺達の集落だ!さっさと立ち去れ!」
ガリオンに向かって次々と石が投げられた。
配下の魔動機兵がガリオン機の前に出て、投石を防いだ。
思わぬ反発を食らって、ガリオンはあっけにとられていたが、すぐに笑い出した。
「そうか。首輪の影響でそんなことを言うんだな。安心するがいい。解放したら、首輪も外してやる」
「これは結婚の証だ!くだらない口上を並べてないで、すぐに立ち去れ!」
「ふん。話は終わりだ。兵士達よ、俺様に続け!アルラウネどもを一網打尽にするぞ!」
ガリオンはそう言うと、魔動騎兵に乗り込んだ。
「突入!」
ガリオン機が門を叩き壊した。
鬨の声を上げて剣を持った兵士が集落に雪崩れこんだ。
集落の中には剣を持った男達と、子供を抱きかかえて一か所に集まっているアルラウネ達がいた。
矢を受けて血を流している者も少なくない。
「「「りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり」」」
アルラウネの親子達が空に向かって甲高い声を発した。
「な、何だ!?」
アルラウネの声に共鳴して、森が震えた。
集落を中心に森の木々が淡く光ったかと思うと、光は四方に広がっていった。
「やめさせろ!仲間を呼んでる!」
誰かが叫んだ。
兵士達が慌てて、アルラウネの親子達に剣を向けた。
しかし、地面から蔓草が伸びてきて兵士達の自由を奪った。
「うわっ!」
「何だ、これ!?」
「ぐわっ」
集落の男達が走ってきて兵士達を斬り伏せた。
「皆の者、子供達をシェルに避難させなさい。モナ、マヒレ、あなた達も手伝って」
一人のアルラウネが兵士達の前に立ちはだかった。
まだ子供といっていい年頃の二人のアルラウネを従えている。
「「はい、お母様!」」
二人のアルラウネは親子達の所に走った。
アルラウネが蔓草を操り、男達が兵士達を斬り伏せている間に、怪我をしたアルラウネや子供達が村の奥に運ばれていった。
一人の男が蔓草を操るアルラウネに駆け寄った。
「族長。アルバート様は?」
「今、こちらに向かっています。アルバートが来るまで、何とか持ちこたえるのです」
「わかりました」
男は仲間の方を振り返った。
「おい、お前達、気張れよ!俺達の手で妻と子を守るんだ!」
「「「応!」」」