魔族の国へ
オレが魔王討伐に同行するにあたり、部隊から何人か連れていってもいいという話になった。
オレは部隊から二名を選抜した。何度も一緒に任務をこなして、よく知った仲間達だ。
「あーあ、おいらも道連れかー。お前が魔王討伐に行くって話が出た時から、そんな予感はしてたんだよなー」
うんざりしたような顔で、薄くなった頭をかいたのはベッツだ。
三十過ぎのおっさんだが、とにかく器用で何でもできる。今回のような何が起こるかわからない任務では絶対に連れていきたい人材である。
「まさか、僕まで選ばれるとはね」
そうため息をついたのは、甘い顔立ちでふわふわした金髪がトレードマークのキケだ。こう見えて暗殺者である。
「今回はまわりが貴族ばっかりなんだよ。オレとベッツは育ちが悪いからさ。貴族の相手をまかせたい」
黒薔薇の専属部隊は腕と人間性を基準に集められているので、ほとんどが平民かオレのような孤児だ。その中にあって、キケは珍しく貴族の出だ。家は没落して今は平民同様になっているらしいが、言葉遣いもきれいだし、貴族の習慣にも精通している。年は二十四と若いが、オレのようなまともな教育を受けたことのない者にとっての教師役だった。
「そんな嫌そうな顔をしないでくれよ。今回の任務では特別手当を出してくれるってさ。オレは奴隷だから関係ないけど」
「ほう、それなら少しやる気が出てきた」
常に金欠のベッツが身を乗り出して、嬉しそうな顔をした。
また夜の町に金を落とすんだろうな、とオレは思った。
「それは助かるな。僕も家に仕送りしたいし。今度、妹が結婚するんだよね」
それに比べて、キケは本当に家族思いである。
オレ達は準備を済ませて集合場所に向かった。
集合場所は、帝都の外に停泊しているオヘア公爵家の魔道船だ。武闘大会の決勝戦で闘技場の上空に姿を現した魔道船である。
魔道船は後部ハッチを開放し、続々と搬入される物資を受け入れていた。
ガリオンが決勝で使用した一本角の魔道騎兵は魔道トレーラーに乗せられ、魔道船の脇で搬入待ちをしている。
キュベレーが強化したのだろう。決勝にはなかったバックパックを背負い、バックパックから伸びたチューブが両肘に繋がっている。
他にも二機、魔道騎兵が並んでいた。第二レベルの小型機だが、使い込まれて傷だらけだったガラハッド機とは違い、ぴかぴかの新品だ。今回の遠征に対するキュベレーからの餞別ということだった。ガリオンの従者が乗るそうだ。
帝都の入口では、押しかけた民衆がガリオンに盛大な歓声を送っていた。主だった皇族や貴族がガリオンを囲み、激励の言葉を送っている。
ノアールの姿も見えた。乗り気ではなかったようだが、立場上、顔を出さないわけにはいかなかった。ガリオンが芝居がかった調子で口上を垂れ、ノアールの手の甲にキスをした時の嫌そうな顔はちょっと面白かった。
今回の遠征では、帝国の勢力圏の端まで魔道船で移動し、そこから先は地上に下りて移動することになっている。魔道船は帝国の外に出ると、キュベレーの制御が利かなくなってしまうからである。
魔王討伐の戦力は以下の通りだ。
・魔道騎兵 三機
(第四レベル 一機、第二レベル 二機)
・公爵家の私兵 四十人
・補給・運搬担当 十人
それに加えて、オレ達ノアール配下の三人である。
「微妙な人数だな。潜入作戦にしちゃ多すぎるし、魔族に正面から戦いを挑むには少なすぎる。どういうつもりだ?」
ベッツが難しい顔をした。
「これが魔道船で運べるギリギリの人数らしい」
オレは答えた。
「魔動機兵を出す時点でこっそり潜入ってわけにはいかないだろうが、本気でこの戦力で魔王を討伐するつもりなのか?中途半端すぎるだろ」
オレ達がぼそぼそ話していると、搬入の指揮をとっていた公爵家の兵士が話を聞きつけて、オレ達のところにやってきた。
「おーい、お前らはノアール殿下の配下だよな。いいか、魔王なんて討伐する必要はないんだよ。今回の勅は『魔王討伐に成功、もしくはそれに準じた功績』だ。適当な手柄首を上げるだけでいい。それでめでたくノアール殿下はガリオン様に輿入れだ。最初からストーリーは出来上がってるんだ」
「適当な手柄首って何だ?下っ端の魔族の首を取ってきても、失笑されるだけだろ?」
ベッツが聞き返した。
「そいつは皇帝陛下の近衛が判断する」
兵士はガリオンを囲む貴族から少し距離を置いている白い鎧の騎士をあごでしゃくった。白い鎧は近衛の証である。
十字の飾りがついたグレートヘルムで顔を隠しているので人相はわからないが、魔王討伐のアドバイザー兼見届け人ということだった。
「そういうことか」
「何とまあ」
「そういうことだ。お前らも、今のうちにガリオン様に媚びを売っておいた方がいいぞ」
そう言うと、兵士は仕事に戻っていった。
「まあ、オレ達は殿下の命令を遂行するだけだ。手柄が欲しいんなら勝手にやってくれって感じだな。こんな機会でもない限り、帝国から出ることもないし。実はちょっと魔国に行くのを楽しみにしてる」
オレは言った。
「魔国についちゃ、ちょっとした噂があってな」
ベッツがにやりと笑った。
ベッツが言うには、魔族は極端に男の数が少ないそうだ。
理由はわからないが、そうらしい。そこで、魔族の女は人間の男を攫って繁殖に利用しているとのことだった。
帝都では聞かないが、魔国に近い辺境の町や集落では、よく人間の男が行方不明になるのだそうだ。
「そんな事件が起こるんじゃ、もっと騒ぎになってもよさそうなもんだけど」
オレは半信半疑だった。
「いや、それがな。魔族の女って美人が多いらしいぞ。そりゃ、おいら達人族と違うところもあるんだろうが、そんなものが問題にならないくらい……何と言うか……素晴らしいそうだ。解放されても魔族の女が忘れられなくて、もう一度、自分から会いに行くヤツが後を絶たないって話だ。行方不明になった男がひょっこり親元に帰ってきたかと思ったら、『幸せに暮らしているから、心配しないでくれ』と言って、すぐにいなくなったって話もある」
「素晴らしいって、何が?」
オレはベッツに尋ねた。
「そりゃ、お前……」
キケがベッツを肘で突いた。
「……っと、お前が大人になったら教えてやるよ。殿下に怒られそうだしな」
ベッツは口をつぐんだ。
「何だよ、それ」
オレ達がやいのやいの騒いでいると、騎士を引き連れたノアールがやってきた。
オレ達は慌てて跪いた。
騎士の中にガラハッドはいない。ガラハッドは武闘大会で重傷を負い、現在、療養中である。
「顔を上げなさい」
オレ達が顔を上げると、ノアールはちらりと騎士に合図を送った。
帝国の黒薔薇がやってきたのだ。資材の搬入作業を行っていた兵士達の熱い視線がノアールに注がれていた。
騎士は壁を作ってノアールとオレ達を彼らの目から隠した。
ノアールはまわりに聞こえないように声を潜めた。
「繰り返しになりますが、君達の任務は魔国の情報収集です。魔王討伐ではありません。ガリオンには適当につき合うふりをするだけでいいですわ。危なくなったら戻ってきて構いません。必ず生きて戻って頂戴。自分の身を危険にさらしてまでガリオンを助けようなどとは夢にも思わないこと。わたくしにとって、ガリオンの代わりは腐るほどいますが、君達の代わりはいないのです」
一見冷たそうに見えるが、ノアールは部下を大切にする。だから、一癖も二癖もある隊員達ばかりではあるが、みなノアールに忠誠を尽くすのだ。
是非とも、他の隊員達のように、オレのことも大切に扱ってもらいたいものである。
「かしこまりました」
オレ達は頭を下げた。