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従属の首輪


「それで、君は魔族の間者なのかしら?」


 黒薔薇はオレに問いかけた。


「知らない!オレは魔族になんて会ったこともない!」


 騎士隊長がオレの腹を蹴った。オレは体を折り曲げて呻いた。


「口のきき方に気をつけろ!その首を叩き落とすぞ!」


 オレが呻いていると、黒薔薇があきれたように言った。


「ねえ、ガラハッド。話の邪魔をしないでくれませんこと。何度も言わせない頂戴」


「はっ、申し訳ございません!」


 ガラハッドと呼ばれた騎士隊長は直立すると、大声で返答した。


「返事だけはいいのですけれど……」


 黒薔薇はジトっとした目をガラハッドに向けた。


「ノアール殿下。こちらを」


 背後で控えていた従者が盆を差し出した。

 盆の上には首輪が二つ載っていた。装飾が施された金色の首輪である。片方には黒い宝石が付いている。

 オレはぞっとした。

 従属の首輪だ。あれをつけられると、一切反抗ができなくなる。自分の意志で死ぬことさえできなくなるのだ。


「そうですわね。首輪を使った方が話が早いですわ」


「こんなミックスにそんな高価なものを使わなくても。拷問すれば事足りるでしょうに……」


 ガラハッドがぶつくさ言ったが、ノアールが睨むと口をつぐんだ。


「今回はこちらを使いますわ」


 ノアールは宝石が付いている方の首輪を手に取った。


「宝石付きですか!?」


 ガラハッドは驚きの声を上げたが、ノアールに睨まれる前に口を押えた。


「それだけはやめてくれ!俺はただの孤児だ!何でも話すから、それだけはやめてくれ!」


 オレは必死に訴えた。

 ノアールの目が笑った。


「これが何か知っているようですわね。でもダメですわ。君はわたくしのモノになるのですから」


 そう言うと、ノアールはご機嫌な様子でオレに首輪を取り付けた。


 オレは洗いざらい白状させられた。魔族とは一切関りがなく、盗みで生計を立てていたこと。生まれつき持っている能力のこと。そして、幼い妹がいること。


「妹はどこにいるのかしら?」


「帝都の外れにあるあばら家でオレを待っている」


 嫌が応もなく、オレは答えた。黙ろうとしても、口が勝手に喋ってしまう。

 オレはノアールに対して、一切反抗することができなくなっていた。


「頼む!妹を保護してやってくれ!オレが帰らないと、妹は死んでしまう!妹を助けてくれれば、オレは生涯あなたに忠誠に尽くすことを誓う!」


 従属の首輪を付けられたので誓うもへったくれもないのだが、キャリイはオレが唯一守りたいものだ。オレは必死だった。恥も外聞もなく、オレは土下座してノアールに懇願した。

 意外にも、ノアールはすんなりと了承してくれた。


「いいでしょう。君の妹は保護してあげます。その代わり、首輪の制約による強制だけでなく、君は生涯、心の底からわたくしに尽くすことを誓いなさい」


 ノアールはオレの目をじっと見て口角を上げた。

 それは身震いするほど美しく、恐ろしい笑顔だった。



 あばら家でキャリイを回収すると、皇女を乗せた馬車は宮殿に向かった。

 初めて乗る馬車にキャリイは目を輝かせてはしゃいでいた。

 オレは気が気でなかったが、ノアールはキャリイの様子を微笑ましげに見ていた。

 

 緻密な意匠が施された機械仕掛けの巨大な門をくぐると、馬車は宮殿に向かって庭園を進んだ。

 庭園に向かってまっすぐ伸びている道のはるか先には金で装飾された四階建ての白い宮殿が見える。皇帝が住むバルディビア宮殿である。


 遠目で見るだけでもその豪華絢爛な様子が窺い知れたが、こうして中に入ると改めてその美しさ、巨大さに圧倒された。

 完璧に手入れされた庭園が長く続き、貴族らしき人間がそこここで寛いでいる。その上を羽を生やした目玉、神の目が飛び回り、警戒に当たっていた。


 神の目を操っているのは、機械神キュベレーだ。

 建国以前からの皇帝の守護神であり、帝国の絶対的な支配者である。


 魔道システムや水道などのインフラ基盤をはじめとして、食料生産や流通に至るまで、帝国の主要な活動はキュベレーによって運用、差配されていると言っていい。


 そして、キュベレーの愛は、全て皇帝の一族に向けられている。帝国において、皇帝とはキュベレーの愛を最も多く受ける者という意味だ。皇帝の血から離れるに従い、キュベレーの愛は遠くなり、恩恵も少なくなっていく。帝国とは皇帝とその一族を頂点とした極端な階級社会なのだ。


 そのため、キュベレーを愛を少しでも多く受け取ろうと、帝国に住む全ての者が少しでも皇帝の血に近づこうと躍起になっている。美しい娘が生まれれば皇族に差し出し、息子が生まれれば皇女の愛を勝ち取らせようとする。


 勇者が魔王討伐に出るのもそのためだ。魔王討伐に成功した褒美には、皇女を降嫁させる確約がなされる。皇女との間に子供ができれば、一族がキュベレーの愛の恩恵を受けることができるというわけだ。


 なぜ、キュベレーが魔王を敵視しているかは誰も知らない。帝国を攻めてくるわけでもないし、ほとんどの人間は魔族の顔を見たこともないだろう。単にキュベレーが魔族を悪と断じているから、誰もがそう思っているだけだ。


 次の魔王討伐には、帝国の黒薔薇が褒美に出されるのではとのもっぱらの噂だった。

 オレは気づかれないように、そっとノアールの顔を盗み見た。

 成人前とはいえ、これほどの美しさを持ち、加えてキュベレーの愛まで勝ち取ることができるとなれば、希望者は殺到するだろう、とオレは思った。


「何かしら?」


 ノアールがオレの視線に気づいて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 絶対に、オレの意図を察している顔だ。


「いえ、何でもありません」


 オレは目を伏せた。



―――――――――――――――



「これは何だ?」


 オレの背中を見て、ガラハッドが眉間にしわを寄せた。

 ノアールが住む東宮殿の一角に到着すると、汚いからとオレとキャリイはすぐに風呂に入れられた。

 その時、オレの背中に魔法陣が描かれているのが見つかった。オレも背中にそんなものがあるとは知らなかった。


「オレも知りません」


 背中にあるので、体をひねってみても見ることはできない。

 キャリイは知っていたようだが、そんなものだと思って特に口にすることもなかったそうだ。

 オレは上半身裸のまま、ノアールの前に引き出された。


「宮廷の魔道技師に見てもらった方がよさそうね」


 すぐに魔道技師が呼ばれ、魔法陣の解析が行われた。


「うーん、魔族の術式ですね。封印術のようにも見えますが、よくわかりません。彼らの魔法体系は私達とは異なっていますから」


「彼の能力と関係あるのかしら?」


「おそらく、としか言えませんが。ただ、この術式によって能力が使えるようなっているわけではないと思います。魔族の魔法は彼らの肉体に起因するものですから」


 キャリイの体も調べられたが、特に変わったものは見つからなかった。


「まあ、いいでしょう。引き続き調べてもらえるかしら。何か分かったらすぐに教えて頂戴」


「かしこまりました」


 魔道技師は一礼して下がっていった。


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