我らも執事喫茶に行きますぞ!
市販品だと丸わかりのアイスコーヒーと趣味の悪いウインナーを頂いた後、そそくさとカフェを出た。メニューのクオリティはともかくスタッフは水準以上、学祭の出し物としては十分であろう。
「えっ、須賀野さん?」
廊下に喜入殿がいた。
「まさか女装喫茶にいたなんて……」
「いると都合が悪いのか?」
守殿が威圧すると、「いいえ」と若干ビビリながら引き下がった。
「杉山はどうした?」
「保健室に行ったわ。執事喫茶で何度も何度もコーフンしたあげく鼻血出しちゃって……ところで女装喫茶はどうだった?」
「周りの男どもがデレデレしていた。一応、男装カフェの参考にもなるのではないか」
「ほうほう。これは確かめなければ!」
喜入殿の鼻息は荒かったが、
「私もお供するわ!」
と声が。杉山殿だ。さっき百合愛好会の様子を見に行くと言って別れた陽人殿を連れていて、鼻にはガーゼが詰められている。
「スギさん! あなた大丈夫? てかその子は?」
「私の弟よ」
陽人殿は「どうも」と恐る恐る頭を下げた。
我は異変を感知していた。杉山殿から何ともいえない臭いがしていたからだ。
「杉山殿……何か臭いがきついものを食べましたかな……?」
「あら、気づかれました? ちょっとね。むふふ」
何を食べたのであろうか……。
「それよりも、さっき弟から女装喫茶の話を聞いたばかりなの。どんだけ本物の女の子に近いのかこの目で見て評価してあげるわ」
などとなぜか上から目線で語るが、鼻にガーゼを詰めたままだから滑稽に見える。
「須賀野さんも執事喫茶に行ってたら? 人生変わるかもよ」
杉山殿は親指を立てた。鼻ガーゼのままで。
「ほう、そこまで言うのなら行ってみるか」
「どうぞどうぞ。華視屋さんもご一緒に!」
我個人としては執事には興味ないのだが、杉山殿のなんとしても守殿から離れたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。仕方ないので乗ってあげることにした。
執事喫茶「セバスチャン」の前には見事に女性ばかりが並んでいてこの一角だけ男子校らしからぬ空間が形成されていたが、回転率は速いようでどんどん客が捌けていく。出ていく女性はみんな顔を赤らめていた。
我らの順番となり、中から「どうぞ」と呼ばれて入店。
「いらっしゃいませ」
出迎えた執事は美女であった。……何のことやらと思われるかもしれないが、さっきの永射弟殿とは異なる大人びた中性的な顔立ち、切れ長のキレイな目、ミディアムボブの髪は艷やかでウイッグではなさそうである。執事というか、男装の麗人にしか見えなかった。
周りにはイケメンがいて、人生が変わるは言い過ぎにしても杉山殿が押すだけのことはあったが、ぶっちゃけこの麗人の前には霞んでしまうほどである。
「ご注文は何になさいますか?」
麗人が聞く。さっきコーヒーを飲んだので甘いものを頂きたい気分だった。
「我はコーラを」
「私はウーロン茶を」
「かしこまりました」
所作は本物の執事を見ているかのように優雅だ。実際本物を見たことはないのだが。
「綺麗な人ですな……」
「そうか? 私はなんとも思わんが」
何か不機嫌そうな守殿。
「あっ、もしかして……妬いてるんですかな?」
「馬鹿を言うな」
顔を横にプイと向ける。やっぱ妬いてるに違いないのだ。
「安心するのだ。我にとっての一番は守殿。どんなイケメンだろうと美人だろうと守殿には叶わないのだ」
「……」
おや、顔が赤くなってますぞ? 本当に顔に出やすくなりましたなあ。むふふ。
「お待たせしました」
「ほら守殿、来ましたぞ……って……」
透明のプラカップに入った飲み物に、ハートを型どったカップルストローがついていた。
「何だこれは?」
守殿が麗人執事を凝視した。
「あら、恋人どうしなのでしょう? 華視屋さんと須賀野さん」
「!」
麗人はニコッと笑って言ってのけたから、心臓が飛び出そうになった。
「どっ、どうして我々の名前を……?」
「私には超能力があるのよ」
お盆で口を隠すようにしてニッコリ。仕草も言葉遣いもどことなく女性的だが、執事姿でも妙に似合っていた。
「というのは冗談。さっき大埼という者に会いましたよね?」
「ああ、百合愛好会の」
「さっきあなたたちのことを教えてもらったの。あの子ったら涙をボロボロ流してね」
さっき、涙を流しきったと言っていたのは何だったのだろうか。
「……もしかすると、あなた様も百合愛好会の関係者なのですかな」
「ええ。今は執事喫茶のお手伝いをしていますが、実はこういう者です」
麗人が名刺を渡してきた。小路緑という名前で、「百合愛好会副会長(雑誌部所属)」という肩書が横についている。学年は高等部二年で大埼殿と同じであった。
「副会長殿でしたか。しかし雑誌部ですとな?」
「百合愛好会は実は正式な同好会ではなく、雑誌部の中で百合作品に特化したグループなの。いずれ独立することを目指していますけれども」
そういえば百合愛好会の教室入り口には『雑誌部百合愛好会』とあったことを思い出した。
「さて、実は百合愛好会会長の魂を奮わせたお二人にお願いがあるのですが」
小路殿は笑顔を崩さないまま聞いてきた。
「何ですかな?」
「そのストローで仲良く飲んでいるところを写真に撮らせてほしいの。大埼からどうしてもとせがまれちゃって」
守殿が眉間にシワを寄せた。
「黒板に『キャストの写真撮影はご遠慮ください』と書いてあるが。キャストが客の写真を撮るのは構わないのか?」
「私は単なる助っ人だし、そんなの知ったこっちゃないわ」
小路殿は急にまくし立てた。
「聞いて? そもそも私、女装喫茶に立候補してたのよ。でも運営にコンセプトに合わないからって断られて。逆に執事喫茶のキャストに急病人が出たからって急に助っ人で呼ばれちゃって。百合愛好会専用のスペースを設けてもらうのを条件に仕方なく引き受けただけなのっ」
麗人小路殿のぷりぷり怒っている姿もサマになっている。
「そうか。私からすれば小路君がイヤイヤやっているのはもったいない気がするが」
「あらそう? その言葉、素直に受け取っておくわね」
「写真についてはまあ良かろう。万が一のことがあれば責任を取るのは君だからな」
「そこはうまくやらせて頂くから大丈夫よ。というわけで、お願いするわね」
「じゃあ、我のコーラを使いますかな」
カップルストローの片方を我が、もう片方を守殿が口にする。吸い口間の距離が離れていないから、守殿の顔が間近に迫る格好になる。
「なんか恥ずかしいですな……」
「何を今さら言っているのだ、キスもしただろうに」
「ちょっ、守殿……」
小路殿がいる前で堂々と言ってしまった。
「あらあらあら~、百合の波動がビビッと来たわ~」
ほら、案の定からかってきた。
「ううっ、もう言わないでほしいのだ……」
「ほら、撮るぞ」
「はい、じゃあいくわよー」
小路殿は小さいデジカメを持っており、構えようとしたが、
「須賀野さん、華視屋さんみたいに頬杖をついていただけるかしら」
「こうか?」
「あと、もうちょっと幸せそうなスマイルを浮かべてほしいかな」
「……こうか?」
まだ守殿と恋人どうしでなかった頃、守殿に捕まってゴーモン……もとい尋問されたことがあったがそのときのようなサディスティックな笑みであった。
「うーん、悪人面になっちゃってるわねえ」
「ではどうすればよいのだ?」
守殿がまた眉間にシワを寄せるが、目も吊り上げている。そりゃごちゃごちゃ言われたら不機嫌にもなろう。
「よし、これを使ってみようか」
と、小路殿がスマホを取り出した。
「はーい、二人とも注目〜」
我と守殿が横目で見たところ、潤殿の画像があった。
女装喫茶のときと同じくセーラー服を着ていたが、両手でハートマークを作ってニコッと笑っている。でもよく見るとこめかみに青筋が立っていたから、無理やり作らされた笑顔なのだろうと思われた。どういう経緯で写真が撮られたのかは知らない。しかし守殿の顔を再び赤らめるにはじゅうぶんすぎるもので。
「はーい、いただきましたー」
いつの間にか撮影が終わったらしい。小路殿はご満悦のようだ。
「笑顔じゃなかったけど、デートでお互い緊張してる感アリアリの画像が撮れたわ」
スマホの画像を見ていたからお互いに視線を反らしているような感じになる。だけど守殿が顔を赤くしていたから、恥ずかしくて目を合わせられないようにも見えた。
「画像は大埼以外には見せませんからご安心を」
「本当だろうな?」
「弟さんが怖いですからね〜」
小路殿はそう言いながらウインクをして、「ではではごゆっくり~」とにこやかにその場を後にした。
「いやー、いざ自分が撮られるとなると恥ずかしかったですな……」
「少しは懲りたか?」
「撮るのと撮られるのとでは別なのだ」
そう言い返したら、一瞬で鬼軍曹の顔つきに変わったので「はいなのだ……」と不本意ながら訂正せざるを得なかった。
その後はカップルストローを一人で使うことになったが、さりげなく守殿が使った吸い口を我が使って間接キスした。そのせいかコーラはいつもより甘く感じた。