白百合なのに薔薇の香りがしますぞ!
コンカフェ横丁には高等部校舎三階、二年の教室が全てあてがわれており、これだけでも気合が入っている出し物だと思わされる。
「お、ちょうど席が空いてるみたいですね」
陽人殿が指した教室には「女装喫茶 リリーホワイト」と可愛らしい文字で書かれた看板が立てられていた。
「まさか……?」
「まさか……?」
我と守殿は異口同音に発した。まさかここに……?
中に入ると、メイドさんの格好をした店員が出迎えたが、本当に女装なのかと疑いたくなるほどの美少女(♂)であった。
「いらっしゃいませー!」
声も女の子みたいだ。どうやって出しているりか、声変わりしていないのか。どっちにしろこれにはたまげた。
「二人お願いします」
「あれ? 杉山殿は入らないのだ?」
「俺、会長の様子みてきます。一人にしておくと何かやらかしそうなので……」
あのエキセントリックさだとさもありなん、である。
メイドさんに案内されたのは窓側で、そこからは中庭が一望できる。そこにはステージがあって軽音楽部らしきグループが演奏していた。
「いらっしゃいませ、ようこそ『リリーホワイト』へ……!!」
セーラー服を着たスタッフが注文を取りにきたが、我々を見るなり絶句した。我々の予感は見事的中。
「ねっ、姉さんと華視屋さん……?」
三つ編みのウィッグをかぶっているが、守殿にそっくりの顔つき、間違いなく潤殿であった。
「それ、私の中学時代の制服じゃないか……」
「すみません! 姉さんに言いづらくて勝手に持ち出してしまいました……」
潤殿は事情を話してくれた。女装喫茶のスタッフが足りず、運営から土下座されて助っ人を頼まれたものの一度はお断りしたが、潤殿が所属する風紀委員の委員長に根回しされ、委員長命令で助っ人に入ることになってしまったのだという。
「本当に、本当にすみません!」
「仕方あるまい、指揮官の命令に従うのは当然のことだ」
守殿らしい返答である。
「だが一言、正直に言ってほしかった。私が弟の頼み事を断るわけがなかろう」
「姉さん……」
「それに、お前は嫌かもしれんが……格好が似合いすぎている」
守殿は恥ずかしそうに言うと、潤殿も顔を赤らめた。なんと可愛らしいことだろうか。
「おい、ニヤニヤするんじゃない!」
「あああ、ごめんなさいなのだ」
怒られてしまいましたぞ。
「ゴホン……では、改めてご注文をお伺いします」
「そうだな……」
メニュー表を見ると、かなりのバリエーションがあったが、「コンカフェ横丁」の他の店のメニューも注文できるとのことである。
「極道喫茶が出しているこの『ケジメセット』というのはなんだ?」
「そいつは注文してのお楽しみですね」
「よし、ではこれを頼もう。アイスコーヒーでな」
「我も同じもので」
「承知しました」
何かよくわからぬが守殿と同じものにした。一分も経たぬうちに潤殿が戻ってきた。
「おまたせしました。ケジメセットです」
アイスコーヒーは普通だが、紙コップにマジックで描かれた模様を見て、我はようやく「極道」の意味を理解した。これはいわゆるヤのつく職業の代紋であった。
そして付け合せでウインナーがついてきたが、半分に切られており切断面にケチャップがかけられている。大きさ的には小指ほどに近いが、これは「アレ」としか言いようがない……。
「ふむ、『ケジメ』とはそういう意味だったのか」
守殿も少々困惑気味である。
「悪趣味なネタメニューですけど意外とウケがいいですよ。ウチの生徒の間では」
潤殿は笑った。男子校のノリはよくわからんのだ……。
「それでは、ごゆっくり」
潤殿が戻ろうとすると、ブレザーの制服を着た金髪ツインテールウィッグの可愛らしい子がやってきて、後ろから潤殿に抱きついた。
「じゅーん、交替の時間だよっ」
「ちょっと、お客様の目の前ですよっ!」
我の目の前で唐突にイチャイチャしはじめる。交替と言っていたからこのツインテールもスタッフ、つまり男の子であろう。香水をかけているのか、フローラルな香りがしている。
「ほら、離れてください」
「いいこいいこしてくれたらね」
潤殿は顔を歪めて舌打ちしたが、「わかりました」と言ってツインテールの頭を撫でた。「にゃあんっ」と猫のような鳴き声を上げると、客として来ていた生徒が「おおっ」とどよめく。
これが女の子どうしなら我も「ふおおおおっ!!」と叫んでいただろう。しかし我の中でエモい感情が全く沸き起こってこなかった。可愛いものどうしだが何か違うのだ。何が違うと言われれば言葉に表しにくいのだが……。
「……大変お見苦しいところを見せてしまいました。では失礼します」
潤殿はそそくさとセーラー服姿のまま出ていってしまった。ツインテールはひらひらと手を振って見送ると、我々に向かって「楽しんでますかぁ?」と聞いてきた。
「君は潤の友達か?」
守殿が聞き返す。
「ん~、なんだろ? 片想い?」
「なに?」
守殿が眉をしかめた。
「僕は大好きだけど、向こうには一方的に嫌われてるという救いようがない間柄でーす」
「そうか、安心した。そのまま叶わぬ恋を続けていればよい」
守殿はイヤミっぽく言うと、ウインナーを口にした。
「君たち星花の生徒さんだよね。潤の知り合いなの?」
「私の弟だ」
「あー、何かやべーお姉ちゃんがいるって聞いたことがあるけど、君かあ」
神経を逆なでするような声色を使い、守殿を品定めするような目で見るものだから冷や汗がでてきた。星花女子で恐れられている軍曹が男の娘にナメられているのだ。
しかし守殿は我に目配せした。大丈夫だと言っているかのようであった。
「弟は怒らせるととても怖いから、いたずらはほどほどにしておけ。『やべーお姉ちゃん』が言うのだから間違いはない」
「はーい」
ツインテールはにっこり笑った。
「あっ、ちなみに僕の姉も星花OGなんだ。去年まで科学部の顧問やってたよ」
「……何? 永射先生の弟か」
「そうでーす」
星花女子には永射わかなという天寿所属の科学部の外部顧問がいたが、今年から大学での研究に関わるために顧問を辞任している。王子様系イケメン女子で科学部以外の生徒からの人気もあり、顧問を辞めたことを嘆き悲しむ生徒は多くいた。
永射先生に弟がいることは情報として知っていたが、須賀野姉弟と違って顔立ちは永射先生とあまり似ていない。むしろ弟の方が女の子っぽい顔をしている。
潤殿と並ぶと可愛いものどうし、二人がイチャイチャしたら好きな人から見たらたまらないであろう。しかし我の心はピクリとも動かない。我の体はやはり女の子どうしにしかエモを見いだせないのであることを、改めて自覚させられた。
「ところで君の方は何年生?」
永射弟殿が我に尋ねる。
「高三なのだ」
「ええっ、僕とタメ? 中等部かと思った」
ムカッときた。確かに我は体格がちっこいしそのことは全然気にしてないが、客に対する態度にしては馴れ馴れしい。だからつい、言い返してしまった。
「君も高三男子にしては背が低すぎではないのですかな?」
潤殿も小柄だが永射弟殿はもっと小さい。低身長にコンプレックスを抱く男子は多いらしいからきっと怒るだろうと思っていたが、彼はニャハハと笑うだけであった。
「おかげで可愛く見えるでしょ?」
と、上目遣いでウインクをしてきた。確かに仕草は可愛かった。周りの男性客は自分にサービスされたわけでもないのに大喜びである。
守殿が大きく咳払いすると、永射弟殿は察したのだろう、「もっとお話したかったけどごめんね、ごゆっくり~」と言い残し、他の客の世話をしはじめた。
「あいつからは火蔵宮子や神尾乃慧流と同じ臭いがする」
「あー、何となくわかるのだ……」
今年卒業された火蔵先輩は女性関係が奔放だったため守殿にマークされていた。神尾殿は守殿の同級生だが、ロリコンでこれまたいろんな子に手を出しており守殿の胃を痛めつけている。そんな守殿の目線から見てもツインテール男の娘は危険に見えたようだ。
幸いさっきの上目遣いウインクは女性である我々には効かなかったが、仮に男相手なら、特に異性との出会いがほとんど無い男子校であればたまらないであろう。それは鼻の下を伸ばしてデレデレしている生徒たちの反応を見ても明らかであった。