いろいろと濃すぎですぞ!
「君の姉が我が校の生徒たちの逸話をネタとして提供し、代わりに君が御神本の生徒たちの逸話をネタとして姉に提供していた、そういうことか?」
「その通りです……」
絵面が刑事の取り調べを受ける犯人のようになっているが、守殿はまだ至って冷静な口調である。
ただ、杉山殿と違って弟は常識人っぽく、守殿に詰められる姿が気の毒に思えた。それに、小説の内容は杉山殿の漫画みたいに自分の欲望丸出しのものではなく、きれいな文体で書かれていて読後感もすっきりしている。
「勝手にモデルにしてしまい、申し訳ありませんでした」
杉山弟殿は立ち上がって謝罪したが、我が制して座らせた。
「いやいやいや、すごく面白かったですぞ! 観葉植物に隠れて写真に撮りたいぐらいでしたぞ!」
「は、はあ……」
「杉野かおりも守殿みたいにかっこよくてたまらんかったですぞー! ねえ守殿?」
「あ、ああそうか。気に入ったのか」
おや、ちょっと照れてますな?
「勘違いしないでほしいが、私は怒っているわけではない」
我と杉山弟殿に言い聞かせた。守殿の怒りを収めるために褒めちぎったのだが、意図を読まれていたらしい。
「話はこいつの言う通り面白かった。ただ、当事者しか知らないはずのシーンがあったことが非常に気になったものでな。我々の関係については他言無用でお願いする。私の職務上、支障をきたすからな」
「須賀野さんも風紀委員でしたよね。弟の潤と同じでなかなかの豪腕と伺っています」
「おお、守殿の名前がここでも広まってますぞ」
「去年に沙羅先輩のお供でついていった折にいろいろあったからな」
空手部員を一撃で倒したりとか。
「潤は元気しているか?」
「元気ですよ。『コンカフェ横丁』に行かれました?」
「いや、まだだが?」
「実は潤がそこで……」
と、そのとき。
「ショイアアアッ!?」
突然出入り口から恐ろしく甲高い奇妙な叫び声がしたのでびっくりして振り返ったら、背が高く顔だちもなかなか良い生徒がいた。
「な、ななななんでここにせせせせせせっ、星花女子の生徒がいるんだっっっ!!??」
我らを見て体をブルブル震わせている。こっちが震えそうなぐらい怖すぎるのだ……。
「だ、誰ですかなあの人は……」
「ウチの会長ですよ……」
杉山弟殿は大変申し訳無さそうに答えた。
「会長って……」
「そのとおりですっっっ!! あっ、あっ、あのっ、せせせせいかじょ、じょしはっ!」
イケメンフェイスが歪んで台無しになっている。守殿も道端に落ちている犬のフンを見るようなしかめっ面になっている。
「すみません、失礼します……」
杉山弟殿は危険人物に近寄ると、
「キーゼルバッハ!」
と何かよくわからぬことを叫んで相手の鼻をつまんだ!
「ンブウォッ!?」
「はい、どーどー。落ち着いて落ち着いてー……」
危険人物は直立不動になり、杉山弟殿が解放してやると、先程とは打って変わって爽やかな笑みを浮かべた。
「いやあ、ついテンションが上がってしまって申し訳ない! 僕にとって聖域ともいえる星花女子の生徒がこんなクッソ汚い男子校に来ていただけるなんて望外のことだったからね! おっと自己紹介が遅れたな。僕の名前は大埼竜馬! 高等部二年! 御神本学園雑誌部百合愛好会初代会長さ! ちなみに大埼の『さき』は埼玉の埼の字だ! そして彼は杉山陽人! 今年入学した外進生の高等部一年! 聞いて驚くなかれ、立成の女文豪と謳われている作家の杉山美由を母に持つ、我が百合愛好会の若きエースだあっ!」
めちゃくちゃ早口でまくし立てたから半分以上聞き取れなかった。
「…………な、何とおっしゃったんですかな?」
「会長、もうちょっとゆっくり話してください」
「申し訳ない! 早口になってしまうのは僕の悪い癖だ!」
大埼殿はもう一度、さっきの半分の速度で話した。
「ほえっ、杉山殿があの杉山美由殿の子どもとな……?」
この弟殿、そして姉が有名人の子どもということを今初めて知った。S県では杉山という名字の県民が多いのだが、杉山美由も確かにS県出身だったことを思い出した。
杉山美由は大学在学時に直木賞を受賞した天才作家である。しかし正直なところ、我は著書を一冊も読んだことがない。ただメディアへの露出度は高く、文学に疎い我でも名前だけは知っていたのだ。そういうわけで、聞いて驚くなかれと言われても驚かざるを得なかった。
「いやまあ、そんな大したこと書いてないですけど……それはともかく、このお二人は会長の小説に出てくる登場人物のモデルですよ」
「なっ、ななななんとっ!?」
「おっと! 興奮しちゃダメですよ! どーどー……」
杉山弟殿あらため杉山陽人殿がなだめる。大人しくなったかと思ったらいきなりひざまづいて合掌し、涙を流しはじめた。我らはさらにドン引きした。
小説もこの人が書いたとは思えない。あんだけ綺麗なお話が書けるのに……。
「まさかご本人だとは……ああああ百合の女神よ、この尊き者たちをお目にかけてくださったことに感謝いたします……そしてこの者たちの愛を拙い筆で書き綴ってしまった罪深き私をお許しください……」
いまさらだがこの人、杉山陽菜殿の方がまだマシに見えるほどに濃すぎる……。これでも偏差値75の学校の生徒、将来はいい大学に行って社会に出てそれなりの地位につくことを思うと少しゾッとする。果たして日本は大丈夫ですかな……?
「大埼君といったな」
守殿はしゃがんで目線を大埼殿に合わせた。
「まあその何だ、君の作品を読ませて頂いたが、作品に対して恐ろしいほどの熱意を持っているのはよくわかった。だから面白かったのだな」
「おっ、おっ……おおおおーん!! うおおおおーん!!」
ちょっと昔に世を騒がせたどこぞやの市議のように号泣しだした。もう我には言葉が見つからぬ。見かねた陽人殿がティッシュを差し出して、大埼殿は一言礼を言ってから守殿の目の前で堂々と鼻を噛んだ。すると急に冷静に戻って、立ち上がった。
「フーッ、大変失礼した。どうも僕は涙腺が非常にもろくていけないや。感想ありがとう。陽人が君たちの学校からインスピレーションを与えてくれたおかげだ。感謝する。会報誌は無料配布分があるから良かったら持っていってほしい。帰った後にじっくり読んで頂ければ幸いだ」
大埼殿が陽人殿に目配せすると、vol.1~3までの分も含めて会報誌を渡してきた。とんでもない変人だが悪い人ではなさそうだし、作品からはエモを感じられたのでありがたく受け取ることにした。守殿も断りにくかったのかわからないが、とりあえずは受け取った。
「あっそうだ! 陽人と交替するために来たんだった。ここからは僕が店番しておくから、陽人は遊びにいっておいで」
「では、失礼します。くれぐれも変な行動を起こさないでくださいよ?」
「今ので涙を流しきったから平気さ!」
本当かよ、と言いたげな陽人殿の後ろをついていく形で、我らも退室した。
「よかったら、コンカフェ横丁を見ていきませんか?」
陽人殿が提案してきた。
「そういえばさっき、潤が何とかと言いかけてたが?」
「ええ、実は潤がそこで店員やってるんですよ。顔を出したら驚くと思います」