百合愛好会とな!?
男子校の文化祭とはいえ、女性客を取り込もうとしているのか屋台にはファンシーな装飾が目立つ。事実、女性の数もそこそこ見かける。
ここで我のエモセンサーが反応する。イカ焼きの屋台の前で恋人繋ぎをしている、恐らく近隣の中高生と思われる女の子二人組を発見! あえて悪い例えをするが、産業廃棄物の最終処分場に白鳥のつがいが舞い降りたかのようであった!
我はカメラを構え――
「おい貴様、今何を撮ろうとしていた?」
守殿に肩をむんずと掴まれた。
「な、何って、イカ焼きを美味しそうに見つめているお客様の様子をですな……」
「違うものを撮れ」
「痛い痛い!」
手に力を入れられる。「わかりましたのだ……」と全面降伏せざるを得なかった。せっかくのお祭りなのに鬼軍曹モードはやめてほしいのだ……。
「ほ、ほら。あっちに守殿の得意な射的がありますぞ」
定番の屋台である射的。中学時代に射撃の全国大会で優勝した経験を持つ守殿にとっては朝飯前である。
「よし、やってみよう」
守殿は金券一枚をもぎって受付に渡し、銃を受け取った。与えられた弾は六発。景品は駄菓子類がメインである。
台に置かれた景品をしばし眺めていたが、やがてスッと銃を構えるや否や、六連射で景品を六つ倒した。
「わあ、やっぱり守殿は凄いのだー!」
「景品は全部やる」
「え? そんなの悪いですぞ……」
「この前慰めてもらったお礼だ」
守殿の顔がちょっと赤くなっているのを見逃さなかった。我はすかさずシャッターを切った。
「こらっ! いきなり撮るでない!」
「ひいいっ、つい出来心でやっちゃったのだ! 私的利用に留めるから許してほしいのだ!」
「まったく、しょうがない奴だ……」
ブツクサ言いながらも許してくれたらしく、データ消去を命じられることはなかった。なんだか、この一年間で我に対する態度だけはだいぶ丸くなった気がする。
一通り屋台を見た後に校舎内に入る。廊下は古びてはいるものの清潔感があり、ここでも仲睦まじく歩いている女性客を何組も見て撮影したい気持ちにかられたがグッと耐えた。
階段近くの「1-d」というクラス札が掲げられている教室に差し掛かったときであった。ドアの貼り紙を見た我は仰天した。
『御神本学園雑誌部百合愛好会』
「……ゆっ、百合愛好会とな!?」
不毛の荒野の中で金鉱脈を掘り当てたような衝撃が我を襲った。
「守殿!! ここに入りますぞー!!」
「おっ、おいっ!」
我は興奮のあまり守殿を中に引きずり込んでしまった。
「ふおおおおおー!!!!」
黒板には後輩のセーラー服のスカーフを治している先輩のイラストがチョークで描かれている。しかも相当上手だ。
教壇は隅にどけられており、机が並べられている。そこには様々な百合漫画、小説、同人誌までもが展示されており、解説文が添えられていた。
また、読書コーナーとして教室内では机を四つくっつけて作った四人がけの席が用意されているが、そこには誰も座っていなかった。だが教室内は無人ではない。窓際に「案内コーナー」と手書きのプレートが置かれた一人席があるが、そこにやたらとアホ毛が目立つ生徒が座っていた。
「もしもし、百合愛好会の方ですかな?」
「はい、そうです」
「ふおおおお……女の子どうしのエモを見出す同志がこんなところにいるとは……ふぎゃっ!?」
「おい!」
尻に鋭い痛みが走る。守殿につねられたのだ。
「『こんなところ』とは失礼だろう。言葉を選ばんか」
「うう、おっしゃる通り。申し訳なかったのだ……」
「いやー、『こんなところ』なのは確かですよ」
生徒は照れくさそうに笑いつつフォローしてくれた。
「その制服、星花女子の方ですよね? 遠くからわざわざ来てくださりありがとうございます。実は自分の姉も星花生でして」
「んんっ?」
よく見るとこのアホ毛、もしかすると……しかも顔も似ているし……
「間違っていたらまた申し訳ないのだが、その姉のお名前は『杉山陽菜』ではないですかな?」
「そっ、そうです! 姉のことをご存知なのですか?」
「知っているも何も、一緒に来たのだ」
「うええっ!? 姉ちゃん来てんのかよ……」
物凄く嫌そうな顔をした。
「あれ? 我は杉山殿に誘われてきたのだが、チケットは君が送ったんじゃないのだ?」
「送ってませんよ。来てほしくなかったし……」
杉山弟殿はため息をついた。実のところきょうだい仲が良くないとみえたが、さすがに人様の家庭事情のことまでは足を踏み入れるつもりはない。
ん? まてよ?
我はふとここで思い出した。杉山殿は確か、弟からミカガクのことを聞き出して自分のBL創作の糧にしていると言っていた。つまり、あの潤殿がモデルのキャラがアレな目にあっている作品を生み出している元凶が、目の前にいる人畜無害そうな男子ということである。問い質したいところではあるが、守殿がいる手前聞き出せない。
しかし、いつの間にか一冊の冊子を手に取っていた守殿が杉山弟殿に聞いた。
「これを書いたのは君か?」
冊子の表紙には『百合愛好会会報誌 一輪花 No.4』というタイトルと、百合の花の絵が描かれている。守殿が広げて見せたページには小説らしき文章が書かれていた。
「いえ、先輩が書いたものですが……」
「妙に見覚えのある場面が出てくるのだが、元ネタがあるのではないか?」
「元ネタ……?」
杉山弟殿の額に一筋の汗が流れる。
「守殿? いったいどうしたのだ?」
「読んでみろ」
我は言われた通りにしたが、ぱっと見てみただけでも目玉が飛び出そうになった。
主人公は「軍曹」の異名を取る鬼上司。名前は杉野かおり。お相手は小柄な新入社員。名前は樫山流奈。写真撮影が趣味。舞台は会社だが登場人物の名前、造形が我々と酷似していたのだ。
これだけなら偶然の一致で片付けられるが、なんやかんやあってラストシーンでは公園で樫山流奈が杉山かおりをよしよしなでなでしながら抱き合っていた。夏休み前に我が守殿を慰めていたときと全く同じシチュエーションだったのだ。
このことを知っているのは、我々を覗き見していた杉山陽菜殿しかいない。当日、寮の風呂場で言われたことが鮮明に頭の中に蘇ってきた。
――もうちゃんと頂くものは頂きましたからねっ
つまり、姉は弟からネタを仕入れるだけではなく、ネタを弟に提供していたのだ!
「私の名前は須賀野守。こいつは華視屋流々」
「す、須賀野さんに華視屋さん……?」
杉山弟殿の汗の量がどんどん多くなっていく。この反応、やはり我々のことを知っていたに違いない。
「君は姉から私たちのことを聞いて、君の先輩に小説のネタとして提供したのではないか?」
じっくりと問い詰める守殿。あっけなく杉山弟殿は降参した。
「すみません……そのとおりです。姉から聞いた話を先輩に伝えました」