ミカガクフェスタに来ましたぞ!
星花祭一週間前の土曜日、ミカガクフェスタ初日。我と杉山殿、喜入殿一行は学園駅前に集合したのだが、周りの視線がグサグサと痛いほど刺さってきた。
それもそのはず、我以外はみんな男装していたからだ。何だかバーテンダーのような衣装を身にまとっていて、サマにはなっているのだがTPOから思いっきり外れている。ちなみに喜入殿曰く、服飾科の生徒たちに作らせたのでコストはほとんどかからなかったとか。
「ふふっ、みんな注目しているわね。しかしこうしてみると華視屋先輩が攻略対象に囲まれている乙女ゲームの主人公みたいな絵面で、なかなかいいですね」
喜入殿の赤ぶち眼鏡がキラリと光る。
「こっぱずかしいことこの上ないのだ……」
「ん、何か言われました?」
「いや、なんでもないのだ」
杉山殿に至ってはさっきから息が荒い。正々堂々と男子校に入れるまたとない機会が訪れて興奮を抑えられぬのであろう。彼女の弟に会うかもしれないが、姉に負けず劣らずの変人だろうなという偏見を我は抱いていた。
「あら、華視屋さんじゃない。この集団はいったい?」
素っ頓狂な声がしたが、振り返ると御神本美香殿がいた。その義妹である沙羅殿も。
御神本姉妹は名字が示す通り、御神本学園理事長の娘たちである。
もう二人いるがこちらは北条玲奈殿と南井里美殿で、御神本姉妹と仲がいい方々であった。ほぼ四人グループで行動しているのを我はよく見かけていた。
「商業科二年が出す男装カフェのメンツなのだ。ミカガクフェスタの『コンカフェ横丁』とかいう出し物を見学に行くのに、まあいろいろあって我もつきあうことになったのだ」
「あら、どうりで男っぽい衣装を着ているわけね。でも非常にありがたいことだわ。実はわたくしたちもちょうどお父様から賑やかしに来てほしいと言われて行くのだけれど、あなた方も来てくれればお父さまも大いに喜ぶでしょう」
「お姉さまが呼びかけてもあんまり反応が今ひとつでしたからね」
沙羅殿の言うことはごもっともである。ミカガクのある県庁所在都市までここから電車を乗り継いで片道一時間半。そこまで時間をかけてまで文化祭を観に行く価値はあるのかと言われたら、うーん……である。星花祭の準備でそれどころではない生徒たちもいるであろうし。
とりあえず、我一人だけ恥ずかしい思いをせずによくなった。電車に乗り込むと乗客の誰もが我々を見てくるが、御神本姉妹は気にもとめていない。北条殿は「コスプレ集団と一緒だとなかなか面白いわね」とのんびり構えてるし、南井殿は衣装の方に興味津々な様子で男装組に話しかけている。終始、このような雰囲気で一時間半の行程を過ごした。
我々は東海道本線S駅を降りて、城址公園方面に向かって歩き出した。だいたい徒歩15分、公園のお堀沿いを歩くと右手にミカガクが見えてくる。星花女子と違って年季が入っている校舎である。
「ひょえっ、何なのかしらこれは!」
美香殿が変な声を出した。
『第XX回ミカガクフェスタ』と書かれたアーチがかけられている正門の前に、ながーい行列ができていた。昨年度は閑古鳥が鳴いていたと聞いていたのが、それがウソに聞こえる程である。
「SNSでの宣伝効果は抜群のようですね」
喜入殿はそう言いいながらスマホを見せてきた。大手SNS、Twixに「学校法人御神本学園生徒会」という公式マークつきのアカウントがあったが、固定ポストの内容がなかなかパンチが効きすぎていた。
【悲報】
ワイ生徒会長、ミカガクフェスタ入場数昨年度比五倍増のノルマを課される
なお達成できん場合ガチで会長をクビになる模様
みんなワイに力を貸してクレメンス……
「……美香殿、ミカガクって偏差値いくらでしたかな?」
「確か75だったかしら……」
その割には正直、頭のよろしくない投稿が目立つ。主に匿名掲示板で使われるネットスラングを多用しているからそう見えるだけかもしれない。しかしウケがいいのかリポスト数といいね数がそこそこついている。
各出し物についての紹介が投稿されていたが、中でも注目すべきは「コンカフェ横丁」である。高等部校舎三階で出店される執事喫茶・戦国茶屋・サイエンスカフェ・鉄道カフェ・女装喫茶・極道喫茶の六店舗をまとめたコンテンツらしいが、こちらはリポスト数が四桁を越えていた。
「執事喫茶はイケメンだらけみたいよ。ああ早く見てみたい……」
「女装喫茶も気になるわね」
杉山殿も喜入殿も嬉しそうだが、やはり見学にかこつけて自分たちが行きたいだけじゃないかという疑念が確信に変わりつつあった。
そもそも我の知っているミカガクはカメムシも逃げ出しかねないほどの汗臭さが染み込む武道場しかないので、お二人の想像しているようなキラキラした出し物ではなく、ごつい野郎が接客するギャグテイストな出し物を想像してしまう。
それはともかくとして最後尾に並ぼうとしたところ、誰しもが見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできた。
「わっ、軍曹殿!」
杉山殿がわざとらしく叫ぶと、守殿がキッ、と振り返った。
「む、ピーパーではないか」
我の下の名前ではなく、軍曹殿がつけたあだ名で呼ばれた。取材(決して盗撮ではない)で守殿に捕まって風紀の手伝いをさせられるハメになった際につけられたあだ名である。守殿に言わせれば我によく似合うコードネームとのことだが……意味は各自英和辞典で調べて頂きたい。
「やあ須賀野さん。弟さんの顔を見に来たのかな? 行くなら私たちに声をかけてくれても良かったのに」
沙羅殿が言うと、守殿は「気が回らずすみません」と頭を下げた。後ろで杉山殿が小声で「あの鬼軍曹が謝ってるよー」と喜入殿に言っているのが聞こえる。
「先輩たちはわざわざ並ばなくても入れるのではないですか? 学園の関係者なのですから」
「そんなの不公平だよ。それに、みんな私たちが引率しているわけじゃないしね。華視屋さん杉山さん、喜入さんたちとはたまたま合流しただけだから」
人数を把握するためか、ミカガクの生徒たちが待機列をチェックしていたが、御神本姉妹を見つけるや仰々しく挨拶してきた。別口から入るよう促したものの、二人は丁重にお断りした。さすがだなと思った。
「しかし、この男装集団は何なのだ?」
「それは私の口からご説明しましょう」
喜入殿は手短に、かつわかりやすく説明をした。
「なかなか殊勝な心がけであるな。だが星花生としてふさわしい振る舞いを忘れるなよ。こういう場だとハメを外しやすいものだ。昨年の星花祭にも少なからず厄介な客がいた」
「その辺は私もちゃんと見ておくから、須賀野さんも今日ぐらいは息抜きしてよ」
沙羅殿が言うと、「そうします」と守殿は軽く微笑んだ。そうそう、今日だけは鬼軍曹でなくてもいいのですぞ。
スマホのメッセージアプリの着信音が鳴った。送り主はすぐ後ろにいる杉山殿であった。何か不測の事態が起きたときの連絡手段として、電車内で杉山殿のアカウントを友達登録していたのだ。
『軍曹を連れてテキトーなところを回ってください。監視されると楽しめないので』
という本音のメッセージが、土下座している人の絵文字つきで送られてきた。
我も正直コンカフェ横丁に行くよりかは守殿と一緒に行動したいので、杉山殿に返信する代わりに手でOKサインを作ってみせた。杉山殿はサムズアップで応えた。
ドーンドーン、と昼花火が打ち上がり、軽快なBGMが流れ出した。午前九時、開門の時間である。行列は長かったが、一旦動き出すとスムーズに進みだしてあれよあれよという間にアーチをくぐり、受付を済ませることができた。
「それでは、わたくしたちはいったんお父様のところへご挨拶にいきますので、みなさまごゆるりと」
御神本姉妹とお連れさんたちはここで別行動となり、喜入殿は「じゃあ、じっくり学ばせていただきますか!」と両手をパンと合わせて気合いを入れると、すかさず我も呼応した。
「ささっ、沙羅殿の言う通り息抜きしましょうぞ。面白そうな出し物がいっぱいありますぞ~」
ちょいと甘え気味な声を出したら、守殿は「では、ゆっくり見て回るか」と表情を和らげた。これで良し、である。
こうして男装軍団は守殿から離れられたのだが、彼女たちとすれ違った客や生徒はみんな二度見していた。
「……揉め事を起こさねば良いがな」
「さすがに大丈夫だと思うのだ」
根拠は無いが。
ともかく、我と守殿の文化祭デートの始まりである。