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星花祭間近ですぞ!

「ふおおお……これは我ながら最高の出来栄えですぞ」


 額縁に飾られた我の写真を自画自賛する。夏休み前に題材を探しに校内をうろついていたら、園芸部の子、中等部の新入生二人がなかよく畑仕事をしていたのでその様子を写真に撮らせてもらった。この二人からは得も言われぬエモを感じたが、あえて許可を得た上で、土で汚れた手を見せあいっこする構図の写真を撮らせてもらった。作品名は『ひとやすみ』である。


 純粋で素朴な感じがよく出ている、と顧問の薄木先生からもお褒めの言葉を頂戴したが、我にとっても自信のある、引退作にふさわしい逸品となった。


 それでも上には上がいるもので、同級生の塩瀬晶(しおせあきら)殿の作品には大きく心を動かされた。


 暗い夜道を歩く人影。『家路』という題名がつけられているそれは、社会の荒波にもまれてくたびれた者を目の前にある家の明かりが出迎えている構図の写真である……という説明書きがあるが、実はご家族と夏祭りに行った際に酔っ払ってフラフラになっていた兄の後ろ姿をスマホで撮ったものらしい。説明はともかく、スマホでこんな素晴らしい写真を撮れるとは、さすが部の中でトップクラスの才能を持っていると言われるだけある。


「我も女の子どうし仲良くしている写真を(大半は無許可で)撮ってきたが、晶殿にはかなわないのだ」

「いやあ、華視屋さんの方がすごいよ。土の持つ生命力がひしひしと伝わってくるんだもん」


 晶殿は謙遜した。


「しかし、三年間はあっという間だったね。引退するのもっと先のことだと思ってたのに」

「本当に。引退したらすぐ受験勉強でイヤになるのだ」

「華視屋さんは大学でも写真部入るの?」

「当然! 大学は中学・高校と違って大人の世界に足を踏み入れる学生たちの世界。そこには新たなエモが転がっているに違いないのだ! むふふふ」

「大学に風紀委員はいないけど、かわりに紺色の制服を着た公務員が来るかもよ? 程々にしないと」

「そ、それはごめん被るのだ……」


 星花祭当日の写真部展示会場は選択教室2-4。準備は淡々と進んでいき、あとは前日に作品を飾って終わりという段階まで来た。我が3年3組の出し物であるスーパーボールすくいも器具は準備できており、後は接客や列の整理など人員の割り振りを決めて本番を待つだけである。


 これが最後の星花祭。待ち遠しいが、その日が永遠に来て欲しくないという気持ちも持っている。


 下校時間となり、菊花寮に戻ると来客者用の下駄箱に靴がずらりと並んでいた。自宅組や桜花寮生が遊びに来ることはあるが、平日夕方にこれだけやってくるのは珍しい。


 スリッパに履き替えようとしたら、いきなり一人の生徒が現れてひざまずき、スリッパを床に置いた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「!!??」


 その生徒は寮で見かける顔でははなかったが、いわゆるイケメン女子の顔立ちをしていた。髪型をオールバックにして、どこぞやの歌劇団の男役みたいである。


「ど、どちら様ですかな……?」

「一日お疲れさまでした。どうぞお上がりください」


 我の質問に答えようとしない。我が靴を脱いでスリッパに足を入れた瞬間、どこに潜んでいたのか、ゾロゾロとイケメン女子軍団が出てきた。有無を言わさず我の靴を下駄箱にしまい、通学カバンを持ち、どうぞこちらへと言われてエレベーターに乗せられてしまった。普段は階段しか使わないのに……。


「あの、どちら様ですかな……?」

「どうぞ」


 エレベーターは三階で止まって降ろされたのだが、我の部屋は二階である。全く何が何だかわからぬまま、謎のイケメン女子軍団に導かれるままに連れて行かれたところは212号室。あの杉山陽菜殿の部屋であった。


 嫌な予感しかしないのだが、恐る恐る入室すると、イケメン眼鏡女子二人組が待ち構えていた。


「華視屋さまですね、お待ちしておりました」

「どうぞこちらへ」


 勧められるまま椅子に座らされたのだが、このイケメン眼鏡女子の片割れ、なんと杉山殿ではないか。ボサボサヘアーがきっちり整えられたポニーテールになり、丸眼鏡もスタイリッシュなノンフレームタイプに変わっていた。特徴的なアホ毛が無かったら別人と勘違いしていたかもしれない。


「杉山殿、これはいったい何なのだ……? それにその格好は……?」

「驚かせてすみません。我が2年5組の出し物のトレーニングをしておりまして」

「出し物? 星花祭で何をするつもりなのだ?」

「男装カフェですよ」


 事態がまだよく飲み込めていないが、もう片方のイケメン眼鏡女子が口を開いた。


「はじめまして。私、杉山さんと同じく商業科二年の喜入静良(きいれせいら)と申します」


 うやうやしく名刺を両手で差し出してきた。顔写真つきだが、普段の姿も今の姿と変わらぬほどのイケメンぶりである。デザインは会社の名刺のように本格的で、遊びで作ったようには見えない。


「我は名刺を作っておらぬので返せず申し訳ないが……」

「いえいえ、名刺を持ってる高校生の方が珍しいですからね。この度、私が男装カフェを企画させて頂きました」


 喜入殿は経緯を話し始めた。商業科にはマーケティングという科目があり、その授業の一環として「星花祭で客を呼び込める出し物」というお題でプレゼンテーション大会を開き、生徒各自が考えた案を発表して一番優秀だった案を採用することになったという。そこで喜入殿が考えた「男装カフェ」が見事採用された、ということらしい。


 イケメン女子軍団は男装カフェのキャストであり、学年学科を問わず喜入殿がスカウトしてきた者たちである。


「いやー、星花には見目麗しい生徒はたくさんいますけどいざ集めるとなると苦労しましたよ。だけど優秀なキャストをきっちりと揃えることができました」

「そして我を相手に接客の練習をさせた、ということなのだ?」

「はい。言葉は悪いですが、寮に帰ってきた生徒を練習台にさせていただきました。いかかでしたか?」

「いかがでしたかと言われても突然のことなので何とも言いようが……でも動きはキビキビとしていたと思うのだ」

「みっちり仕込みましたからね!」


 赤ぶち眼鏡のブリッジを中指で押し上げる喜入殿は、とても得意げだ。


「性別を越えた魅力的な美しさを持つスタッフたちが、ドリンクとスイーツでもてなして癒やしのひとときを与える……これこそが私の目指す男装カフェのコンセプトなのです。男装カフェは長きに渡って星花祭名物コンテンツとなること間違いなし。この喜入静良は星花女子学園にレガシーを残した伝説の生徒として語り継がれ、ゆくゆくは天寿のんんっ!?」

「はーい、キーレちゃんストップよー」


 自己陶酔しはじめた喜入殿のお口に、杉山殿が人差し指を当てて黙らせた。この喜入殿も、杉山殿に負けず劣らず濃い人だ……。


「私もキーレちゃんと一緒に男装カフェ作りを手掛けてきましたけど、私としてはもうひとさじスパイスを加えたいなーって思ってるんです。そのスパイスがちょうど今日、手に入りましてね」


 杉山殿は机の引き出しから紙切れを取り出して、我に手渡してきた。


「手違いで一枚余分に届いちゃいまして。よかったら華視屋さんもいかがです?」

「ミカガクフェスタ……?」


 星花祭一週間前に行われる、御神本学園の文化祭の入場チケットであった。弟さんから送られてきたものだろうか。


「私の調査によると『コンカフェ横丁』なる出し物が出るそうで。私たちも見学しに行って刺激と学びを得ようと思うのです。いかがでしょう?」


 杉山殿がズズイとにじり寄ってきて回答を迫る。この人は純度100%の腐女子。見学にかこつけて自分が男子校を楽しみたいだけであろうという疑念が拭えない。しかし我と守殿が交際していることは杉山殿にバレてしまっている。下手に断ると暴露されそうだったから、我には実質的に選択の余地が残されていなかった。


 あのプリントの落とし物から縁ができてしまった、というべきか。


 *


「すみません、ここで何をされているのですか?」


 またか、と私は心底うんざりした。


 尋ねてきたのは紺色の制服を着た公務員。見た目はかなり若い。全く見かけない顔だったので新人だろうか。私は今まで幾度となく答えたことを伝えた。


「ランニングですが」

「その格好でですか? 失礼ですが……」

「身分証明書です」


 聞かれることは想定の範囲内だったので、携帯していた生徒手帳を見せた。


「星花女子の生徒、ですか?」

「意外でしたか?」

「いえ、その、失礼ですが女子高生でそういった格好をする人を知らなかったものですから」


 私は迷彩柄のTシャツとパンツ、さらに迷彩柄のキャップを被っていた。確かにミリタリースタイルを好む女子高生は早々見かけるものではないだろう。だがこれが私の昔からの普段着なのだ。


「もういいですか?」

「あ、はい。くれぐれも車に気をつけてください」


 若い警察官は敬礼をして自転車で去っていった。


 私は風紀委員という立場にいる。校則違反や秩序を乱した者には容赦なく罰を与えて引き締めるのが私の役目だ。しかし恥ずかしいことに、私は取り締まる側の立場にいながらしょっちゅう警察の職務質問を受けている。


 真夜中に89式小銃(電動ガン)を携えてランニングをしていたことがあった。一応は人目を忍んでのことだったが、たまたま見かけた者がいて不審者として通報され、警察官に交番まで連れて行かれ注意を受けたのがそもそもの始まりだった。それ以来、私服で外出するたびにやたらと警察官に出くわしては職務質問を受けている。つまりは、危険人物としてマークされているらしかった。


 単に体力錬成していただけなのに、なぜこのような仕打ちを受けねばならないのだ。私はランボーではないのだぞ。


 さっきの初顔の警察官は私のことを知らない様子であったが、警察はいままで私にたびたび職質しているのだから、彼が知らないというのはおかしい。いったい情報伝達はどうなっておるのだ? 情報の不行届は戦場では命取りになるのだぞ。


 ……などと腹を立てながら走っていると、アパートに着いた。大家さんが敷地の入り口を掃き清めていた。


「あら、須賀野さんおかえりなさい。さっき郵便配達の人が来てたけど、もしかしたら須賀野さん宛てかも」

「ありがとうございます。確認します」


 サビにまみれた集合ポストを開けると、やはり封筒が入っていた。差出人は弟の潤であった。


 部屋に戻って早速開封してみると、ミカガクフェスタの入場券が入っていた。


 星花祭とミカガクフェスタは二年前を除いて例年同日開催だったが、今年の星花祭は中旬開催に変わったためまた一週違いとなった。風紀委員も星花祭準備で忙しいが、合間を縫って弟の顔ぐらいは見に行きたいと思っていたところであった。


 封筒にはもう一枚、便箋が同封されていた。律儀にも手紙まで書いてくれたのか、と感心したが、読んでみると自分は心身ともに健康、学業も問題なしと状況を書き連ねていた。ただし、忙しいのなら来なくても大丈夫だとか、自分には構わなくていいから楽しんでほしいといった感じでよそよそしいことをしつこく書かれていて、実は構ってほしくないのかと暗に言っているように見えるのが私には非常に気になった。


 そうは言っても血の分けた弟は可愛いものである。行かないわけにはいかないだろう。

ゲストでございます


塩瀬晶(桜ノ夜月様考案)

『君に捧げる花の名は、』(桜ノ夜月様作)https://ncode.syosetu.com/n8368fs/


ちなみに名前が出てませんが流々ちゃんが写した子は須藤清美(しっちぃ様考案)と春見雛(桜ノ夜月様考案)のお二人です

『清かに開く霞草。』(しっちぃ様作)https://ncode.syosetu.com/n4524in/

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