軍曹も人の子だったのだ
我と守殿が恋人関係である、と知っているのはごくごく少数しかいない。守殿も我も積極的に明かしていないからである。守殿は自他ともに厳しく恐れられている存在。もしも我が恋人であると知られた場合、我の人間関係にも影響が出かねないのだ。
例外として柚原殿には教えているが、この子は我並に情報収集力が我よりも優れており隠し通せるはずがなかった。だからあえて先んじて教えた上で口止めのためにバナナを定期的に与えている(この子はバナナが大好物なのだ)。それでも我と守殿がデキているという噂が立ってしまい柚原殿に調査依頼が来るようだが、今の所口止めが効いており秘密は守られている。
もしも杉山殿が我と守殿の仲を知っていたらどうだっただろうか。もしかしたら「軍曹にチクらないで~」と泣いて土下座して許しを請うたかもしれない。でも人の尊厳が失われている姿は見たくなかった。
「後で杉山殿に謝っておきますかなあ……」
いくら不快だったとはいえ、もう少しオブラートに包んだ言い方をすべきだったと後悔する。ベッドの上で嘆息していたら、スマホにメッセージが届いた。
守殿からであった。
『裏の公園にいる。今すぐ会いたい』
「何ですと?」
家に帰ったのではなかったのか。しかも「来い」という命令形ではなく、「会いたい」とな。
今日の守殿の態度は何かおかしい。我は部屋着のままで寮から出た。
裏門の向かい側には小さな公園がある。ごく近くにあるにも関わらず、ここに出入りする生徒はなぜかほとんどいなかった。
奥側のベンチに守殿が座っていた。
「すまんな、急に呼び出して」
「それは構わないのだが、いったいどうしたのだ? 今日の守殿はヘンですぞ」
我は隣に座った。
「少し話が長くなるが聞いてくれ」
先程の杉山殿の同じ前置きをしてから、語りだした。
*
国際科の外国語教育は他クラスよりも、聞く・話す・伝える力を伸ばすことに重点を置いている。
例えば英語の授業では毎週ネイティブの講師によるプレゼンテーションが組み込まれており、授業中は日本語が一切禁止される。その中で聞く力、話す力、伝える力そして考える力を生徒たちに身に着けさせるのだ。
この授業で、自分が履修している第二外国語を使用している国について好きなことを調べて発表するという課題が与えられていた。フランス語を履修している私はナポレオンについて発表した。
ナポレオンといえば、やはりアウステルリッツ三帝会戦であろう。数の上で劣勢であったフランス大陸軍を勝利に導いたナポレオンの天才的戦術について熱く語った。のだが……
「先生、めっちゃ顔ひきつってたよ……」
授業後、緩鹿リタにそう言われてしまった。
「うむむ……確かに教室の反応は微妙であったな……しかしいったい何がいけなかったのだ? なるべく専門用語を使わずに説明したつもりではあったが……」
「戦争に興味ある子は少ないから……ほら、フランスだったらやっぱりグルメとか、ファッションとか。そっちの方がとっつきやすかったんじゃないの?」
ドイツ語履修組の緩鹿はオクトーバーフェストについて調べていた。事実、こいつのプレゼンの方が受けは良かった。
転素牟亥が「そうだよー」と、話に割って入ってきた。こいつは母親がインドで会社を経営しているからかヒンディー語がわかるのだが、履修しているのはアラビア語だ。
「わたし、次の授業でエジプトのピラミッドについて発表するけど『ピラミッドの戦い』なんか説明してもみんなポカーンでしょー」
「なぬ!? 『ピラミッドの頂から40世紀の歴史が諸君を見下ろしている』というナポレオンの名演説を語らずにどうするのだ……」
「そもそも戦争を楽しそうにプレゼンすることが間違ってますわ!」
また割って入ってきたのは三瓶ときわ。こいつはスペイン語履修組だ。私が戦争について語るたびになぜかいつも突っかかってくるが、単に平和主義者というわけではなさそうに見える。
「先週のジュリアさんのプレゼンを思い出しなさい。ケベック州問題を取り扱って良い議論を生んだでしょう? あなたもジュリアさんを見習ってもう少し真剣に授業に取り組むべきですわ!」
「うっ」
私は軍曹とあだ名される鬼の風紀委員。しかし私とて人間、至らぬ点があり叱責を受けたこともある。だが真剣に授業に取り組めと、しかも同級生に叱られたのはこれが初めてであった。
情けないことだが、正直、これには堪えた。
「三瓶さん、あんまり言うとブーメランになっちゃうよ。その、三瓶さんのプレゼンだって正直いって……」
「バルセロナのガラスビン製造工場について調べまくりましたのよ!?」
「さんぺーちゃん、ビン入りの飲み物が好きだからって無理やりスペインとくっつけただけでしょー」
「ええい、¡Cállate!(おだまり!)ですわ!」
私には言い争いが耳に全く入ってこなかった。
*
「私はもしかして、感性が他人と大いにズレているのではないのだろうか……」
「今さら!?」
自覚がなかったのが恐ろしい。しかしうなだれている鬼軍曹を見て、我はそれ以上追い込まないようにした。
「そんなこと言い出したら、我の同級生なんか『キセキの世代』と言われるぐらい常人と感性が違うのばかりですぞ。それでもみんな自分らしく生きているのだ」
「自分らしく、か」
「そう、守殿は守殿らしくでいいのだ」
「……」
まだ元気が出ないようである。よし、じゃあとっておきの手を使いますかなっと。
「わっ、何を……」
我は守殿に胸を貸し、頭を撫で撫でしてあげた。
「ふふふ、忘れがちだけど我は一応あなたより年上、お姉さんなのですぞ。たまにはお姉さんらしいことをしてあげるのだ」
「ガラにもないことをするな……」
守殿はそう言いながらも抵抗しなかった。体は正直ですなあ。
鬼軍曹も今は一人の女の子。この姿を知っているのは我だけであろう。ちょっとした優越感混じりの幸福感を味わった。
「元気出ましたかな?」
「ああ」
今度は守殿の方から抱き返してきた。夕暮れ時の人気のない公園、我らを見守っているのは青々と繁った木々だけ……のはずであったのだが。
守殿と別れて寮に戻り、お風呂に入っていたときであった。洗い場で体をゴシゴシ洗っていると、誰かが隣に座ってきた。眼鏡はかけていないが、アホ毛で杉山殿とわかった。
「ああ杉山殿、さっきは言い過ぎたのだ。申し訳ない……」
「いえいえ気にしなくて結構ですよ。それにしても華視屋先輩、見た目によらずといっちゃ失礼ですけど、やりますね」
「はい?」
「さっき公園で鬼軍曹と抱き合ってたでしょう?」
「!!!!」
我は風呂いすから転げ落ちかけた。
「なっ、なななな何のことですかな……?」
「とぼけてもむ・だ・ですよ。私、漫画描いてる最中によく公園まで外の空気を吸いに行きますから。そこで見ちゃったのですよ。家政婦は見た! なんてね。むふふふふ」
血の気がサーッと引いていくのを感じた。この意地悪そうな笑み。報復を考えているに違いない。関係をバラされたくなかったらお金をよこせとか、いやそれだけなら良いが例えば鬼畜BL作品を読めとか言われたら……
「おっ、お願いです!! このことは黙ってほしいのだ!!」
我は人の尊厳を捨てて全裸土下座した。とにかく許しを請うしかない。
「ああっ、そんなつもりじゃないですよ! 何も私のオススメの拷問モノを朗読しなさいなんて言いませんから!」
「するつもりだったのだー!?」
「いえいえ冗談ですよ。読ませるならちょっと軽めの触手モノを読ませます」
「全然軽くないのだー!」
大浴場に杉山殿の大きな笑い声が響いた。
「何も仕返ししてやろうだなんてこれっぽっちも考えてません。もうちゃんと頂くものは頂きましたからねっ」
「???」
「それではお先にー」
そのまま鼻歌を歌いながら大浴場から出ていった。
「助かった……のだ?」
気が気でない日々が続いたが、我と守殿の関係が周囲にバレている様子はまったく見られなかった。普段通り勉強して、部活を頑張って。休日は守殿と人目を忍んで遠いところにデートに行って。全く平穏な、そして刻一刻と迫る学び舎からの巣立ちに向けて一日一日を過ごしていったのであった。
そうして夏休みに入り、あっという間に終わりを迎えてしまった。我にとって最後の星花祭が間近に迫ってきた。
国際科のネームド生徒勢揃いですぞ!
緩鹿リタ(藤田大腸考案)
ジュリア=ハミルトン(楠富つかさ様考案)
三瓶ときわ(壊れ始めたラジオ様考案)
登場作品:「○○と極まる」(壊れ始めたラジオ様作)https://ncode.syosetu.com/n3935gq/
転素牟亥(壊れ始めたラジオ様考案)
登場作品:「少女と少女のヒストリア」(藤田大腸作)https://kakuyomu.jp/works/1177354054952188133