ナンパの現場ですぞ……?
再び渡り廊下である。
「おお~、これは週刊文秋のスクープ写真に載っていてもおかしくない出来ですね……」
我が激写したアイドルたちの風景の画像を見せると、柚原殿は嘆息した。
「むっふふふ、これが我の実力なのだ」
「だけど私も負けてないですよー」
「ぬおっ!?」
柚原殿の画像には小柄な生徒二人が写っているが、我の写真部の展示作品に協力してもらった、園芸部の中等部一年生の子たちである。
彼女たちはなんと、並木の木陰でキスをしていた。
「よ、よくこんな近くで撮れましたな……」
「この二人、よく自分たちの世界に入っちゃうから周りが見えないことがあるんですよ。おかげでがっつり撮れました♪」
「うむむ……このエモさは強烈すぎる……悔しいが我の負けなのだ。これで安心して引退できるのだ」
「あら、褒めすぎですよー。それよりもバナナスイーツ頼みますよ」
柚原殿の瞳の中にはバナナが映っているようにみえた。
「さて、私はちょいと演劇部の出し物に顔を出しますけど。そろそろ軍曹が来てるだろうから会いにいってあげてはどうです?」
「うむ」
スマホを見ると既読が着いていた。続いて「すまん遅れてしまった」「弟と百合愛好会を案内しているから適当に探してくれ」というメッセージが送られていた。我は柚原殿と別れ、守殿を探し出すことにした。
弟さんはともかく百合愛好会と行動してるのは意外だが、とにかくもう登校していることは確かだ。
「校舎の中ですかなあ」
とりあえずは中を探す。若き乙女の園たる学び舎には老若男女が大勢詰めかけていて混雑しているが、学帽着用のミカガクの生徒は比較的見つけやすいはず。
中等部の教室がある北側に足を運ぶと、見たことがある人物がいた。
「ねえねえそこのカワイコちゃん、一人なの? 僕と一緒に回らない?」
OGの獅子倉茉莉花先輩だった。昨日、男装カフェでちょっとした騒動を引き起こした原因の人物がナンパしている。恋人の相葉汐音先輩との夫婦漫才は校内でも有名で、相葉先輩の目を盗んで可愛い子をナンパをしてはバレてシバかれる光景を何度か見たことがあった。
やはり手癖の悪さは現役時代と変わっていないが、問題なのは、声をかけた相手であった。
「わ、かっこいいイケメンくんに声かけられちゃったっ♡」
ぶりっ子ポーズを取っているのは、なんと永射わかな先生の弟殿であった。女の子のような格好をしているが正真正銘の男なのだ。だがあろうことか、獅子倉先輩は完全に見間違えている!
「その様子だとOKってことだね? じゃ、僕がエスコートしてあげよう」
イケボでささやくように語りかけると、永射弟殿も「じゃあさ、人気のないところがいいな」と蠱惑的な笑みでささやき返す。
永射弟殿も、獅子倉先輩を男と間違えているらしい……
このままだといろいろと何かまずいことになる悪寒がしたので、間に割って入ることにした。
「獅子倉先輩、ちょっと待ったあ! なのだっ!」
「あれ? 君は確か盗撮マニアの……」
「ちがうのだー!」
人聞きが悪すぎる。
「あ、この前のちっこい子じゃん」
「我には華視屋流々という名前があるのだ。ちゃんと覚えておくのだ!」
体が小さいのは気にしてないが、男子の平均身長の遥か下をいく奴にちっこい呼ばわりされるのは腹が立つ。
「残念だけど、君が誘惑している相手は女の子なのだ」
「は?」
「獅子倉先輩、あなたが声を掛けたのは男の子ですぞ」
「は?」
二人ともキョトンとしている。
「こんなに可愛すぎる子が男だって……?」
「ええー……こんなイケメン君が女の子……?」
「二人とも、現実を受け入れるのだ」
「ははは、そっかそっか。君、僕にやきもち妬いてるんだね? 一緒に回りたいのならそう言ってくれればいいのに」
獅子倉先輩は過ちを認めようとせず、我はガクッときてしまった。
「我は決してウソは言ってないのだ。本当に男の子なのですぞ!」
「カワイコちゃん、そんなわけないよねえ」
「本当にね。失礼しちゃうな」
ぐぬぬ、百合愛好会の人たちがこの場にいれば証明できるのに……。
しかしここで思わぬ助け舟が現れた。
「おい、何をしているんだ」
スーツ姿の長身イケメンが永射弟殿の肩をむんずと掴んだ。
「げっ!」
「あっ、永射先生!」
紛れもなくそれは永射わかな先生の姿。昨年まで科学部の外部顧問だった天寿の研究員が星花祭を見に帰って来たのだ。
「げっ、じゃない。ちょっと目を離したらこれだ。しかし残念だったな、このかっこいい子はれっきとした星花女子学園OGだ」
「うそ? うそー……」
永射弟殿の顔に失望の色が現れる。獅子倉先輩が恐る恐る聞く。
「あの、永射先生とその子はどういった関係で……?」
「私の弟だ。名前は慎之介という」
「お、弟? しんのすけぇ!?」
獅子倉先輩の顔がアワアワ状態になってしまった。ようやく自分の過ちを認めたらしい。しかし名前と顔のギャップがすごすぎること。我はつい吹き出しそうになってしまった。
「ほら、行くぞ慎之介」
「はーい……」
慎之介殿は先生と一緒に去っていったが、未練がましく獅子倉先輩を見ている。
「ああああ……男をナンパしてしまったなんて一生の不覚だ……」
「まあ、あれは誰でも見間違うと思うので仕方ないですぞ」
落ち込む先輩をフォローしていると、「マリッカー!」と聞き慣れた声がした。独特の赤毛を持つ、獅子倉先輩の恋人の相葉汐音先輩のご登場である。
「ねえあなた大丈夫? こいつにナンパされてなかった?」
「我はされてないですぞ」
「我『は』……?」
あっ、しまった……。
「マリッカー! あんたまたヨソの女の子を口説いてたわね!」
「お、女の子じゃない! 本当だって! ぎゃーー!!」
獅子倉先輩はズルズルと引きずられて消えてしまった。我は合掌して先輩の無事を祈る他なかった。
獅子倉茉莉花と相葉汐音の夫婦漫才はこちらから読めますぞ
https://ncode.syosetu.com/n0241ep/(『百合色横恋慕』芝井流歌様作)
ついで永射先生のお話もありますのでこちらもどうぞ
https://ncode.syosetu.com/n3098fz/(『SとNのタペストリー』藤田大腸作)