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遅刻である!

 ようやく登校できたまでは良かったのだが、開場時間はとっくに過ぎてしまった。情けないことに生涯初の遅刻である。


「クソっ、学園のためにしたことでなぜこんな目に合わねばならんのだ……」

「でもね、ものには限度ってものがあるでしょ?」


 同級生の風紀委員、犬塚にたしなめられたが未だに納得がいかない。


 交番に連れていかれた私は事情聴取を受けたが、警官の一人がネチネチネチネチとしつこくて何度ぶちのめしてやりたい衝動襲われたかわからない。だが実際にやってしまったら最後、映画『ランボー』のような展開になってしまうのが目に見えていたため耐えるしかなかった。結局、教師がやってきてひたすら頭を下げてくれたために解放されたが、お気に入りの迷彩服と小銃(電動ガン)は没収されてしまった。


 しかも風紀委員長から呼び出され、今日一日警備から外れてもらうと言われてしまった。つまりクビということである。須賀野守が生を受けて16年と7ヶ月経つが、今まで受けたことのない恥辱に憤懣やる方なかった。


「もう今日は軍曹の肩書なんか捨ててさ、思いっきり遊んじゃえばいいじゃん」

「しかし、みんなの安全のためにだな」

「もうちょい私たちを信用しなって。須賀野さんの下僕たちの舩木、林、中ノ瀬が睨み効かせてるし、他のみんなだって須賀野さんから護身術を教えてもらってるしね。どうしようもなくなったら委員長に内緒でこっそり呼ぶけど、それまではゆっくりしときなよ。弟さんも来るんでしょ?」

「……わかった。今日は休ませてもらう」

「はい決まりね。ごゆっくりー」


 自分を甘やかすつもりは毛頭なかった。しかし司令官たる風紀委員長から戦力外通告を受けた以上、動けば逆に叛意ありとみなされる恐れがある。自分の身のためにも大人しくしておくのが得策だと判断した。


 もっとも、弟たち二人と久しぶりに遊んでやろうかという気分になっていたのも確かである。


「お~い、お姉ちゃ~ん!」


 遠目からでもわかる巨体。坊主頭の素朴な顔つきに反し12歳にしてすでに190cm100kgと大人顔負けの体格を誇る、下の弟の豊が手を振っていた。


「豊、元気にしてたか?」

「うん!」

「潤はどうした? 姿が見えんが」

「あれれー? さっきまで一緒だったのに。迷子になっちゃったのかなあ」


 潤に限ってそんなことはないと思うが。


 豊が来た方向に目をやると、学帽姿の潤がいた。しかしもう一人、余計なものもくっついていた。


「いい加減に離れなさい! 人前ですよ!」

「やーだー」


 永射先生の弟だ。あろうことか潤の首に抱きついているではないか。潤は律儀に夏用の制服であるワイシャツと学帽を着用しているのに、こいつは女物のシャツとショートパンツを身に着けている。何も知らない者からすれば男女がじゃれあっているようにしか見えんだろうが、私にとってはちっとも微笑ましくない悪夢のような光景だ。


「おい貴様、潤が嫌がっているだろうが」


 一応は一学年上の先輩だが、こいつに敬語など必要ない。


「あっ、お姉さまっ」

「貴様にお姉さま呼ばわりされる筋合いはない」


 威圧してやると永射弟は離れたが、全く悪びれる素振りも怯える様子もない。


「すみません、まさか()()も来ているとは思ってなくて。僕を見るなり一方的に絡んできて……」

「だろうな。お前みたいなしっかりしたのがふしだらな人間とつきあうはずがない」

「でもそう言われてる人、みーんなボクに堕ちちゃったんだよねえ」


 永射弟がまた潤に抱きつこうとしたが、潤はさっと飛び退いたからバランスを崩してこけそうになった。


「せっかくの祭りに水を差すようなことはしたくない。悪いことは言わん、潤から離れて一人で遊んでろ」

「えー、やだあー」


 体をくねらせる。見かねたのか、豊がズズイと前に出た。


「お兄ちゃんをいじめるやつは僕が許さないぞー」

「お、お兄ちゃん?」

「下の弟だ。こいつは小学生だが潤よりも力が強くてな、どうしても遊びたいのならこいつと押しくら饅頭でもするがいい」

「ふん、悪いけど太っちょは興味ないし。わかったよ、せいぜいきょうだい仲良く過ごしなよ。また学校で会えるしね♪」

「わかったらさっさと去れ」


 永射弟はベー、と舌を突き出してどっか行ってしまった。


「豊、ありがとうな」

「ううん、お兄ちゃんのためだもん」

「あれ? 姉さん、風紀委員の腕章はどうされたんですか? 他の委員はつけているのに」

「いろいろあって今日は仕事を免除してもらった。緊急事態がない限り、今日一日はフリーだ」

「なるほど。じゃあ、華視屋さんも呼びます? きっと、姉さんと遊びたがってると思いますよ」

「お前たちはいいのか?」

「姉さんの顔を見られたから満足です。機を見計らって二人きりにしてさしあげますから」


 潤と豊は意味ありげな微笑みを浮かべた。


「そうか。では呼ぶとするか」


 スマホを出した途端だった。前から騒がしい集団がやってきた。というより、一人が一方的に騒いでいる感じだが……。


「やっぱり星花がナンバーワン! やっぱり星花がナンバーワン! S・E・I・K・A! セイカ!」

「大埼先輩、見苦しいですよ!」


 百合愛好会の部員たちであった。騒いでいるのは大埼君だ。潤が歩み寄っていく。


「いったい何事ですか、騒々しい」

「あ、須賀野。うちの会長をどうにかしてくれよ。酔っ払いになっちまったんだ」

「酔っ払い……?」


 大埼君は千鳥足で、両脇を抱えられてようやく歩けている感じである。本当に酔っ払っているらしい。


「姉さん、まさか酒出してるところがあるんじゃ……」

「それはない。校内は酒類持ち込み厳禁の上、風紀委員が徹底的に調べ上げているからな」

「俺は酒なんか飲んじゃいねえぞ~」


 大埼君の呂律が回っていない。本当に酔っているらしい。


「しかしなんでこんなことに?」

「この子ね、百合酔いしてんのよ」


 と、小路君がお手上げポーズをした。


「百合酔いだと……?」

「実はさっき、ここの生徒たちが並木の木陰でキスしてるところをもろに見ちゃってね。それで一気に酩酊しちゃったのよ」

「なんだと……」


 校内でハレンチなことしよって。だがまず大埼君をどうにかせねばと考えていると、潤がため息混じりに言った。


「仕方ないですね、あまり手荒なことはしたくないのですが……豊、気合を入れてあげなさい」

「はーい」


 豊が大埼君の前に立つと、両腕を大きく広げた。


「おめめをさませー」


 バシィィィン、と小気味いい音が響いた。


「あぎゅっ!?」


 豊の大きな手が大埼君の両頬を挟むと、彼の口元はタコみたいになり、良い顔立ちが台無しになった。そのまま万力のように締め上げていく。


「ふご!? ふごごごっ!」

「おめめさめたー?」

「フゴッ! フンゴゴッ!」


 首を立てに振ろうにも固定されて動けないので、豊の腕をタップして降参の意を示した。手は離れたが、頬に真っ赤な紅葉が咲いていた。


「す、すまなかった。いやあ、眼福が過ぎる光景につい我を失ってしまった!」

「……君たち、星花に来るのは初めてか?」

「みんな初めてだよ」


 他のメンバーも一斉にうなずく。


「よし。潤、豊。予定変更だ。私が校内を案内してやる」

「華視屋さんはいいんですか?」

「どこかで合流できるだろう。大埼君の方が心配だから監視下に置く。潤もよく見張っておけ」

「承知しました」


 他人事のようにへらへら笑っている大埼君と、呆れ気味の他三人の表情が対照的であった。

ちなみに守を事情聴取したのはニアマートで日生拠葉先生を相手してたのと同じ警官らしいです

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