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後輩と勝負ですぞ!

『ただいまより、第67回星花祭二日目を開催します!』


 生徒会長の宣言とともに大勢のお客さんたちがなだれこんできたが、企画委員も慣れたもので手際よく整然と入場させていく。その様子を二階渡り廊下から遠巻きに見ていたが圧巻の一言に尽きた。


 しかし我はというと気が気でなかった。昨日のうちに今日こそは守殿と出し物を見て回る約束を取り付けたのだが、今朝念押しのためにLANEのメッセージを送ったのに既読がついていなかった。学校でも姿を見かけていない。何かあったのであろうか……。


「お、ミカガクの生徒もいますねえ」


 柚原七世殿が指差した。ミカガクの生徒は学帽姿だから遠目でも目立つのだが、その中にやはり百合愛好会のメンバーがいた。杉山陽人殿、大埼竜馬殿、小路翠殿、あと一人名前の知らぬ生徒がいるが彼も一員であろう。


 大埼殿、何をしゃべっているのかわからないがかなりハイテンションで喜びを体全体で示している。周りの三人は呆れている様子だ。面倒事を起こさなねばよいのだが……。


「さてさて。先輩は今日で引退ですし、どうです? 最後に私と一勝負しませんか?」

「勝負?」

「どっちがよりエモい百合を見つけられるかこいつで勝負するんです」


 柚原殿は自分のデジタルカメラを掲げた。


「先輩が勝ったら私の大好きな高級バナナを一房差し上げましょう」

「風紀がうるさいですぞ、特にあの人は……」

「あ、言い忘れてたけど軍曹は諸事情で遅れて来るらしいです。確かな情報筋から聞いたので間違いありません」


 柚原殿の情報にウソと誇張はない。つまり、病気や事故ではないということ。我は安堵した。


「鬼の居ぬ間に何とやらですよ、先輩」

「よし、承知したのだ。じゃあ柚原殿が勝ったら、美味しいバナナスイーツを奢ってあげよう、なのだ!」

「決まりですね!」


 ルールは今から一時間でエモい百合を探しだして写真に収めること。ただそれだけである。


「よーい、スタート!」


 柚原殿の号令で勝負が始まった。


「ふっふっふっ、星花で六年間培ったエモサーチのノウハウのすべてを存分に発揮してやるのだ」


 いざ先輩としての格を見せつけるとき。と、その前に。我は「男装カフェ REIJIN」の様子を覗くことにした。


 案の定人だかりができていたが、昨日より整然としているのは列整理に当たっているスタッフの数が増えているからであろう。その中に緩鹿殿もいたが、ジャージ姿でいかにも爽やかイケメンアスリートという感じを醸し出している。女性客はポッと顔を赤らめていた。


「こちらの方は大丈夫みたいですな。自分の仕事に専念するのだ」


 我はさらに階段を上っていき、最上階の五階に着いた。ここには講堂があるが、午前中は閉鎖されている。なぜかというと百合葉殿とmisericorde、そしてJoKeがリハーサルに使うからである。「正午迄立入禁止!」の表示が貼られているバリケードを無視して我はスニーキングミッションを開始した。


 星花女子学園の建物は高等部側と中等部側に吹き抜けが一つずつある構造になっている。また五階は屋上階でもあり、真ん中には講堂が配置されているが吹き抜けを挟む形で屋上テラスが設けられていて、テラスからは講堂の窓が見える。


 もちろんカーテンを閉められてしまうと中までは見えない。しかしここは陽当りのいい屋上、窓から光をふんだんに取り入れられるよう設計に工夫がされて造られているため、普段はカーテンが開けっ放しになっている。今も案の定、カーテンが開いていた。ふふふ、全く不用心ですなあ。


 しかし相手が見えるということは向こうもこちらが見えるということ。その店も心配無用である。屋上には空調設備とか配電盤とかが林立しているから、ここに身を隠しておけば良い。そこから我はカメラに望遠レンズを取り付けて、講堂に向けた。


「ふおおおおお~~~~……こっ、これは……」


 ジャージ姿の百合葉殿がmisericordeのみおにゃんこと南原美緒奈殿、しおりんこと水志摩詩織殿がじゃれあっている! その傍らでJoKeの羽村馨殿が気難しい顔をしながらも相方の蜂谷旬殿の制服のタイを直してあげている! 


「一世一代のシャッターチャンスですぞおおおおおおっ!!」


 シャッターボタンを連打しまくった。


「すっ、すごい……トップアイドルたちが本番前の準備をしながらもどこか牧歌的で、それなのに濃厚な百合のフローラルが遠く離れた我の鼻を容赦なくくすぐる……これはエモですぞおおおっっ!!」

「うんうん、わかる、わかるとも!」

「おお! 同志がここに……も……?」


 隣に双眼鏡を構えている大埼殿の姿があり、我は声にならない悲鳴を上げて卒倒しそうになった。


「やあ、樫山流奈さん、もとい華視屋流々さん」

「なっ、なななななっ、いつの間にっ!!??」

「壁になって見守れるぐらい気配を消さないと百合ウォッチャーは務まらないからねえ。配電盤と同化するのも朝飯前さ、ハッハッハッ!」


 に、忍者かな……?


「しかし、なぜ講堂でリハーサルがあるのを知っていたのですかな? まさか陽人殿経由の情報……?」

「いや、屋上から物凄い百合の波動を感じたので居ても立っても居られなくなってね。そしたらまさかまさかゆりりんたちがいたとは! 網膜にしっかり焼き付けて糧にするぞ! ハッハッハッ!」


 今までいろんな人間に出会ってきたが、守殿ですら霞んでしまいそうなほどの狂気をはらんでいる。まともに相手したらこちらも狂気で酔いそうになってしまう。適当に理由をつけてさっさと退散しようとした、そのときであった。


「むっ!? いかんっ、隠れろ!」


 大埼殿がいきなり険しい顔つきになったかと思うと、さっと身を翻して配電盤の後ろに隠れた。我も何事かと思ったが、大埼殿と同じ行動を取った。


 するとどうであろう、足音が聞こえてきたではないか。誰か屋上に上がってきたのだ。


「異常なし、と」


 この声は用務員さんだ。多分、配電盤の点検に来たのだろう。文化祭の真っ最中だというのに……。


「よ、よくわかりましたな……」

「百合ウォッチャーたるもの、常に第三者による妨害を頭に入れなければならないからね」


 謎の敗北感にうちのめされる。我はまだ修行が足らんということなのか……?


「よし、行ったな。早くずらかろう」

「了解なのだ……って大埼殿!?」


 大埼殿は何と、転落防止柵をまたいでいる。まさか……


「うわー!! 早まってはいけませんぞー!!」

「ハハハハッ、また会おう!」


 信じられないものを見てしまった。昔見た何かのテレビドラマで消防士が緊急出動する際に棒をつたって降りるシーンがあったが、それと同じ要領で雨樋をつたってスススーッ、と地上まで降りてしまったのだ! しかも下に大勢人がいたにも関わらず、誰にも気づかれずに……。


「に、人間じゃないのだ……」


 百合を極めた代償として人間を辞めてしまったのだろうか……我ですらそんな覚悟はないし、そこまでして百合に入れ込みたくない。あの百合人外の下にいて陽人殿は果たして大丈夫なのですかなあ……。

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