反省会ですぞ
一日目が終わり、どういうわけか高等部2年商業科による男装カフェ反省会の場に我も居合わせることになったが、喜入殿は歯ぎしりしていた。
「うぐぐ……まさか苦情が出てしまうとは……」
男装カフェは大成功も大成功と言ってよかった。だが盛況ぶりは喜入殿の想定を超えていた。午前中は捌けていたが、昼食の時間帯を過ぎてからデザート目当てでやってくる客が押し寄せてきたのだ。ただしそれは喜入殿の想定内であったからうまく客を捌けていたし、客の満足度も高いものだった。
苦情を出したのは保健の先生である。実は入場待ちの最中に倒れた子が出てしまい、その子は柚原七世殿のクラスメートであった。柚原殿からヒアリングしたところ、我の一個上の先輩である獅子倉茉莉花殿が来校していたが、どうも獅子倉先輩に声をかけられたショックで倒れてしまったようである。
あのお人に声をかけられてコロンといってしまった生徒は他に何人かいるが、問題は保健の先生に通報したのがカフェの運営スタッフではなく柚原殿だったことである。緊急事態にとっさに動けず、たまたま居合わせた柚原殿が動いて対応してくれたのが幸いだったが、何でスタッフがすぐ通報しなかったのかと保健の先生から喜入殿にお叱りがあったのだ。
「喜入さんごめんなさい、私たちが不甲斐ないばかりに……」
裏方の一人が謝罪したが、喜入殿は首を横に振った。
「本番は明日、その前に課題点が見つかって良かったわ。トラブル発生時の対応手順をもう一度確認し直しましょう」
別の一人が「あのー……」と恐る恐る手を上げた。
「文化祭実行委員から重要伝達事項があるのを聞いてる?」
「重要伝達事項?」
「明日の来場者の予測値が出たんだけど、去年の倍近く多く来るらしいよ」
「……今日と明日合わせてじゃなくて、明日だけで……?」
「うん。今日はギリギリ捌けたけど、明日はわかんないよ」
クラスメートたちから発言が次々と飛び出した。
「キャストと裏方たち全員を休みなしで動員したら捌ききれないこともないだろうけど……」
「そんなのダメだって。他の出し物を楽しめなくなっちゃうじゃん」
「企画委員の手を借りようにも、他の出し物も同じこと考えてるだろうしね……」
うーん、とみんな一斉に腕を組んで唸る。
「華視屋先輩、何かいいアイデアはないでしょうか?」
「ふぇっ? わっ、我?」
突然、喜入殿に振られてあたふたしてしまう。
「我々の考えだけでは行き詰まりそうなので」
「急に言われましてもな……」
しかし我もどうにかしてあげたいところである。我は椅子の上にあぐらをかいて、指で頭の横に円を描き瞑目した。一○さんの真似をしたらとんちがひり出てくるかもしれない。
…………………………………………。
ま、まったく思い浮かばないのだ……。
「これだっ!」
我の声に甲高い奇声がかぶさり、反射的に耳を塞いだ。今まで沈黙していた杉山殿が両手を高々と掲げながら立ち上がっている。
「何ごとなのだ!?」
「ふふふっ、華視屋先輩より先に解決策が出てきちゃいましたよ。キーレちゃん、ハンドボール部の人たちに助っ人を頼んでみたら? ハンドボール部は今回出し物ないからヒマしてるらしいし、それでいてイケメン揃い。裏方にもキャストにも使えそうじゃない?」
「スギさん、裏方はともかく接客させるのは無理よ。今のキャストに満足な接客をさせるのに相当訓練積ませたんだから。いきなり訓練無しに同じことやらせるなんて無理だって」
「そこを『キャスト見習い』みたいな感じのキャラづけをすんの。ミカガクの執事喫茶を思い出して。接客に慣れてない子がいたけど初々しさに悶えて死にそうになったでしょ?」
「うん、まあスギさんだけはね……でもそうか、逆手に取って素人さをアピールする……ありかもしれないわね」
「よし、早速声をかけてくる!」
「ツテはあるの?」
「ない! だけどこの杉山陽菜に秘策あり!」
メガネのブリッジを上げて格好つける杉山殿。その目線はなぜか我の方に向いていた。
「そのために『孤高の情報屋』さんのお力をお借りしたいのですが」
急に猫なで声で甘えるように言ってきた。
それにしてもハンドボール部……ハンドボール部といえばあの子。あの子は守殿の……あっ、と我は察した。
*
「……それで、私の口からクラスメートの緩鹿リタに頼んでほしいと?」
守殿は眉間にシワを寄せた。
「緩鹿殿はハンドボール部のスター選手だし、一声かけてもらえればみんな駆けつけてくれるはずなのだ。もちろんタダ働きさせるつもりはないし、麗人パフェを食べ放題にすると喜入殿も言ってましたぞ」
「喜入の頼みであれば聞いてやらんでもない。とにかく客を正確に整理してもらわんと我々風紀委員の仕事を増やすことになるだけだからな。ただ杉山が一枚噛んでるのが気に食わん。私たちのことを勝手に作品のネタにする奴が」
露骨に嫌そうな顔を浮かべている。ミカガクフェスタが終わった後、守殿は杉山殿に厳重注意はしたが「生徒たちの事情を他校の百合作品のネタとして提供してはいけない」という校則が無いために厳罰に処せられなかった。また、小説の出来の良さに免じて罪を減じてやったという温情も含まれている。
「しかし杉山殿は我々の仲を知ってますからなあ……あの人危ないし、協力してあげなかったらバラすに決まってるのだ。そうすると守殿の立場が……」
「わかっておる。去年、廊下を走っていたあいつを注意したことがあったが、何やらグダグダ屁理屈を並べて言い訳していた。私に向かって堂々と口答えする度胸の持ち主はそうそうおらん。きっと自分の身の安全そっちのけで暴露するだろうな……いっそのことやられる前にやるか」
「ああああっ、は、早まってはいけませんぞー!」
「冗談だ」
怖い真顔で言うから冗談に聞こえないのですぞ……。
「おっ、須賀野さんおつかれー」
噂をすればなんとやら。ベリショのイケメン女子、緩鹿リタ殿が通りすがった。
「ちょうどいい。緩鹿、ちょっと話がある」
「なになにー?」
その場で事情を説明したところ、緩鹿殿は「いいよ!」と即答した。
「他の運動部の子にも声かけてみるよ」
「え、そこまでしてくれるのだ?」
「だって、大勢いる方が盛り上がっていいでしょ? 何人か男装似合いそうな子知ってるから誘ってみる。そうだ。一応、あずまっちとナギにも声かけてみるか。この子たちとびっきりいい顔してるから絶対受けるよ」
「あずまっちとナギ……ああっ、ソフトボール部の東忍殿と草薙麗殿ですな!?」
「何を驚いておる」
「昔、あの二人のことを取材しようとして痛い目にあったのだ……何せ二人がかりでボールを投げつけてくるし……」
「自業自得だな」
「えー、ちょっとは憐れんでほしいのだ……」
緩鹿殿が失笑した。
「『孤高の情報屋さん』は私たちハンドボール部の子たちにもよく『取材』してましたよね。私も何度キーパーやらせてやろうかと思ったことか」
「ひいい!? 気に触ったのなら勘弁してほしいですぞ……」
「冗談ですよ」
にこやかだったが、こちらも何か冗談に聞こえなかった。
とにかく、これで人はどうにかなりそうである。さあ、いよいよ二日目だ。