表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

休息である!

 9月も半ばというのにまだまだ蒸し暑く、その上生徒たちの熱気もあってさすがの私でも少し歩いただけで汗ばむほどである。


 ただ、今のところ小さなトラブルも起きていないのが幸いである。一昨年、昨年と大混雑の星花祭を乗り越え、生徒たちの経験値が上がったのが功を奏したのであろう。明日が本番だが、今日のようであれば問題は起きまい。だが予断は許されぬ。


「須賀野さん、少し休憩したら?」


 同級生の風紀委員、犬塚が声をかけてきた。


「今からグラウンドの方に行く。今年は珍しくサッカー部が出し物をやっているからトラブルを出さぬか不安でな」

「そんぐらい私でもできるからちょっとぐらい息抜きしなって。どうしようもなくなったときに頼りにするから」


 ほんの一瞬、流々の顔が浮かんだ。自然と「では任せる」という言葉が口から出た。以前の私なら突っぱねていたところだが。


 私は流々を探し始めた。写真部の展示会場、選択教室2-4を訪れてみたがあいつの姿が見えない。


 スマートフォンでどこにいるか聞こうと思ったが、考え直した。ブラブラしながら探すのもありだろうと思ったからだ。いち生徒として文化祭の雰囲気を味わうのも悪くはあるまい。


 外の空気を吸いに高等部校舎中庭まで出た。屋台が所狭しと並んでいていい匂いを漂わせている。朝食はしっかりと取ったはずなのだが、かすかに空腹感を覚えた。


「あら、軍曹さんじゃない」


 そう声をかけてきたのは、1年2組の朝蔭蘭(あさかげらん)。一応はまだ校内で問題は起こしていないが、不純異性交友かつ不純同性交友の疑いが濃厚であり風紀委員のブラックリスト上位に名を連ねている要注意人物だ。


「よかったらアイスクリームでもいかが?」

「私を買収するつもりじゃないだろうな」

「あらあら、随分と警戒していらっしゃるのね。軍曹さんを労いたいだけですわ。それに、うちのアイスクリーム屋は普通のとは一味違ってましてよ? きっと軍曹さんも気に入りますわ」


 看板には「トッピングガチャ無料!」と書かれている。希望すればアイスクリームのトッピングが抽選で選ばれるようだが、ソーシャルゲームみたいにSSRからNまでランク付けされている。SSRがフルーツ三種盛り、Nがスプリンクルだが、その下にはドクロマークが描かれている。こちらのトッピングは「ひみつ」だそうだが。


「これは何だ?」

「当ててみてのお楽しみですわ。挑戦なさいます? 勇敢な軍曹さん」


 まだ食べるとも言っていないのだが、朝蔭蘭は私を試しているらしい。よろしい、ならば乗ってやろうではないか。


「よし、ではやってみよう」

「そうこなくちゃ。じゃあ、こちらのガチャを回してくださいな」


 カウンターに置かれているのはカプセルトイの自販機。レバーを回すとカプセルが出てきたが、中には紙切れが入っていた。それを朝蔭蘭に渡す。


「あら! お見事ですわ!」


 紙切れを広げて見せると、妙に禍々しくリアルなドクロマークが描かれていた。


「それじゃ軍曹さんに、私から愛を込めてひみつのトッピングをしてさしあげますわ」


 カップに入れられたアイスクリーム。そこには虫が何匹もぶっ刺さっていた。


「む、これはバッタの佃煮か……?」

「その通り。私のクラスには昆虫食に詳しい子がいましてね、その子のアイデアを取り入れさせてもらいましたの」


 朝蔭蘭は笑っているが、私を挑発しているかのようであった。食べられるものなら食べてみろと言わんばかりに。


「なかなかのボリュームだな。ちょうど良かった。腹が空いていたからな」


 私は躊躇せず口にした。バッタの佃煮はサクッとした歯ごたえで甘じょっぱく、エビのような風味があった。これはご飯に乗せても美味しそうだ。


 たちまちカップは空になった。


「なかなか美味しかったぞ」

「お粗末様でした」


 朝蔭蘭は平然としていた。少しは驚くだろうと考えていた私が浅はかだったらしい。「励めよ」とだけ言い残して私は立ち去った。


「む?」


 何か事件の予感がする。風紀委員の勘がそう思わせた。中等部校舎中庭側から瘴気と言おうか、禍々しい空気がする。私は早足で急行した(風紀委員たるもの校内で走ってはならない)。


「ねえねえ、君新入生? かわいい顔してるね」


 黒尽くめの服を着た男が我が校の生徒に声をかけている。私の中でスイッチが入る音がした。後ろから背首根っこを掴んでさっそく尋問開始だ。


「いててっ!!」

「貴様、どこの国のスパイだ?」

「ひっ!? その言い回しは軍曹!?」


 振り向いた顔に見覚えがあった。男ではなく、獅子倉茉莉花という昨年卒業したOGだと認識した瞬間、スイッチがフッと切れた。


「獅子倉先輩、ここで何をしているのです?」

「いやあ、今年の新入生はかわいいなと思って……」


 私は声をかけられた生徒に目配せして立ち去らせた。


「祭りに乗じて校内の風紀を乱すようであればこちらも対処せざるをえませんが、よろしいか?」

「わかったよ……そんな怖い顔するなよ、君もかわいい顔してんのに台無しだよ?」


 かわいいだと?


「あ、ちょっと顔赤くなった?」

「お話があるなら風紀委員室で伺いましょう」


 睨みつけたら獅子倉先輩「冗談だよお……」とへらへら笑った。


「あっ、マリッカー!」


 鋭い声がしたかと思うと、獅子倉先輩の後ろから赤い髪の女性がズカズカと速歩きでやってきた。


「わ、軍曹! マリッカ、あんた何かしたでしょ!!」

「し、してないよ。ちょっと呼び止められてお話してただけ」

「ほんとー?」

「ほんとにほんと」


 赤髪の女性は私に頭を下げてきた。


「軍曹。あたしも見張っとくけど、もしもこいつが後輩たちにちょっかいかけるのを見たらメッ! してあげてね。ほら、中に入るわよ!」

「ちょっと、引っ張らないでよ汐音! 新しい服伸びちゃうじゃん……」


 獅子倉先輩はずるずると引きずられるようにして去っていった。


 この中性的な美貌を持つ先輩はやたらと校内で声掛けをすることで有名だった。なぜか風紀委員のブラックリストには入っていなかったが、今その理由がわかった気がする。赤毛の相方に任せておけば心配なかろう。


「守殿~」


 流々の方から私を見つけてくれたようで、ちょこちょこと駆け寄ってきた。


「少しだけだが時間ができたぞ」

「やったー。じゃあさっそくこの流々さんが奢ってあげるのだ。高等部1年3組の焼き鳥が美味しいらしいですぞー」

「では、お言葉に甘えることにしようか」


 束の間の息抜きだったが、心の底から楽しめた。

星花女子学園名物まりしおコンビをお借りしましたぞ。現役だった頃の夫婦漫才が見たい方はこちらから


『百合色横恋慕』(芝井流歌様作)


https://ncode.syosetu.com/n0241ep/


相葉汐音(芝井流歌様考案)


獅子倉茉莉花(黒鹿月木綿季様考案)




そして問題児の朝蔭蘭(藤田大腸考案)が出てくる作品もよろしくお願いします


『心に白き胡蝶蘭を。』


https://ncode.syosetu.com/n8425id/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ