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ついに星花祭の日ですぞ!

 ミカガクフェスタは昨年と打って変わって大盛況も大盛況に終わり、参加者数は過去最高を記録したという。


「あー、本当に楽しかったなあ……」


 杉山殿は食事中、何度かトリップしていた。ミカガクフェスタが終わってすでに三日経っているのにずっとこんな感じである。


「見学の経験は男装カフェに活かされそうですかな?」

「その辺はキーレちゃんがうまくやってくれていますよ。私のやるべき仕事は漫研の原稿です」

「まだ仕上がってなかったのだ!? 本番はもう明々後日ですぞ!?」

「何せいつもより濃厚なお話になる予定なので丁寧にかつ気合入れて描いてますからね。なーに、前日までにはバッチリ仕上がりますって」

「発禁処分は避けてほしいのだ……」

「さすがにそこまでは……あ、実は非公開本も描いてるんですけど、華視屋先輩にはお見せしますよ? 異世界モノでショタ系勇者がゴブリンに捕まってあれやこれやされるお話なんですけど」

「じ、時間があれば読ませて頂くのだ……」


 遠回しな言い方になったが察してほしい。


「ところで弟殿は呼ぶのですかな?」

「一応は声かけときましたよ。こっちだけ行ってもアンフェアですからね。百合ネタをたっぷり仕入れて帰ってもらいましょう!」

「トラブルだけは起こしてほしくないですぞ……」

「まあ大丈夫でしょう」


 その根拠は全くわからない。


 この前、我と守殿のことを無断でネタにしていた件について尋ねたら柳に風よと笑いながら受け流され、もう何言っても無駄だなと思ってそれ以上は問い詰めなかったが、我らはともかく仲を探られるのを嫌うカップルもいるだろう。ましてや男に。


 多分、弟殿が来るなら百合愛好会のメンバーも連れて来ると思われる。あの会長が学園の中で大泣きしやしないかと気が気でなくなってきた。


「うーん、いやな予感がしないのだ……」


 無事終われるといいのだが。


 *


 とうとう星花祭当日を迎えた。


 例年通りの二日間開催とはいえ、今まで非公開だった一日目は限定公開となり、生徒の保護者に関係者、近隣住民に限って入場が許されるようになった。混雑回避のための措置らしいが、それでも我の想定以上の人数が入っている。


 写真部の出し物は作品展示なので、最低限のスタッフだけ配置してあとは各々のクラスの出し物を担当したり、他の出し物を楽しんだりしていた。我は最初の一時間だけスタッフ対応を担当し、あとは午後から3年3組の出し物であるスーパーボールすくいの接客を行う。回る時間はたっぷりあるが、あいにく今日の守殿はほぼ丸一日忙しいとのことである。


 我と守殿が恋人どうしになって初めての星花祭。そして我にとって最後となる星花祭。守殿との仲は公にできないとはいえせめて一時間、いや半時間でも一緒にいられはしないだろうか……と悩んでいたらもう交替の時間になった。次の担当は柚原殿だ。


「かわりまーす。特に何かありますかー?」

「ポツポツと人が来ているけど特に忙しくはないのだ。よろしく頼みますぞ」

「はーい。あ、そうだ。2年商業科の出し物行きましたー?」

「男装カフェですな。クラスメートも噂で持ちきりだったのだ」


 昨日のことである。喜入殿が校内のあちこちでチラシを配って宣伝しているのに出くわしたが、我もチラシを頂いた。イケメン男装女子がずらりと並んでいる写真。その下にはメニューが書かれていたが、シルエットになっている絵がありそこには「シークレットメニュー」とあった。


「これは何ですかな……?」

「ふふふ、一応スイーツとだけ言っておきましょう。ミカガクフェスタの執事喫茶を超えるものと言っても過言ではありません」

「ほう?」

「執事喫茶は雰囲気とキャストは良かったんですけど、メニューが少し微妙だと思いましてね。その点、星花には舌が肥えたスイーツ好きやスイーツ作りの環境が整っている。ミカガクには無いアドバンテージを活かすのです」


 我もあの悪趣味なケジメセットはさすがに無いなと思っていた。


「男装の麗人が素晴らしいスイーツでもてなす最高のカフェ……大盛況になること間違いなしでしょう。この喜入静良は学園にレガシーを……」


 と、何か悦に入り始めたので適当に話を切り上げたのだが、宣伝効果は抜群だったようで今朝も3組の子たちはみんな一様に行ってみたい、としきりに言っていた。


 喜入殿の自信はいかほどか。情報屋魂がうずいてきた我は、会場となっている選択教室3-3、3-4を訪れた。この二教室は隣同士だが仕切りがスライディングウォールになっており、仕切りを動かすことで教室間が連結して大教室に早変わりするのだ。


 入り口の3-3側では、一日目で比較的少ないにも関わらず順番待ちが発生していた。


「こちらに並んでお待ちくださーい」


 喜入殿と杉山殿が誘導していた。二人とも今は男装はしていない。しかし杉山殿は昨日美容院に行きボサボサ頭をキチッと整え、艶やかな黒髪ストレートヘアに変わっていた。アホ毛は相変わらずだが、地味で垢抜けない印象が一層されていた。本人曰く今日ぐらいは身だしなみを整えないと、ということだが、普段からアレなBL漫画を描く熱意をほんの少しだけ身だしなみに向けていたらなあと思う。


「大盛況ですなあ……」

「いやあキーレちゃん様々ですよ!」

「いえいえ」


 と喜入殿は謙遜してても喜色満面であった。


 通りまーす! と後ろから声がした。エプロン姿の子が台車を押しているが、プラカップに盛り付けられたスイーツらしきものが乗っている。そのまま長蛇の列の横を通り過ぎ、男装カフェの中に入っていった。


「もしやあれがシークレットメニューなのだ?」

「その通りです!」


 喜入殿は胸を張った。自信満々のオーラが全身からにじみ出ていた。


「料理部と研究を重ねて作り上げた自慢の一品です。是非食べてみてください」

「食ってみな、飛ぶぞ! ですよ!」


 飛ぶ……? 何か物騒な……


 だいぶ待ったが、いよいよ入場するときが来た。入り口に掲げられた看板に掲げられている店名は「男装カフェ REIJIN」である。


 中に入ると一瞬、異空間に迷い込んだのかと錯覚した。無機質な教室が綺麗サッパリ消え失せていたからだ。


 窓のカーテンは高そうなフリルつきの分厚い生地のものになっており、学習机と学習椅子はカフェテーブルとカフェチェアに。壁には四つの絵画が掲げられているが、それぞれ春夏秋冬の風景を描いたものである。さらに教壇にはバラが飾られている。


 錯覚せしめたのは視覚的なものに限らない。室内にはゆったりとしたクラシック音楽が流れているし、ほんのりと甘い香りが漂っている。この時点で我は度肝を抜かれたが、


「いらっしゃいませ、お嬢様」


 バーテンダーっぽい衣装をまとったイケメン女子軍団が総出で出迎えた。以前会ったときよりも仕草がブラッシュアップされていて、不覚にも我はクラっときてしまったのだ。守殿が側にいたら「しっかりせんか!」と一喝されていたかもしれない。


 窓側の席に通されたが、メニュー表ひとつとっても革製のメニューカバーが使われており、喜入殿の徹底ぶりが伺える。どれだけお金使ったのかと考えてしまう我は貧乏性なのだろうか。


 さて、シークレットメニューは……これですな。


『麗人パフェ』


 このメニューのみ、赤字でフォントも豪華なものに変わって強調されている。暗に食べてみてください、とお勧めしているようなものである。


「お決まりでしょうか?」


 キャストの一人がイケボで尋ねてくる。喜入殿は顔の良さだけでなく、声の良さも考慮に入れてキャストの人選をしていた。


「ホットコーヒーと麗人パフェをお願いしますなのだ」

「かしこまりました」


 恭しく頭を下げる動作ひとつだけでもスマートに映る。お客さんである生徒と保護者たちは一様に顔を赤らめてキャストたちを見つめている。喜入殿、小躍りしているであろうな。


「お待たせしました」


 ホットコーヒーと麗人パフェはすぐに届けられた。ホットコーヒーの容器は紙コップだが有機的な絵柄が入っており、これだけでもほんの少し高級感が出ている。そして麗人パフェ。小さいがコンビニで売られているパフェよりも盛り付けが豪華である。底にコーヒーゼリー、上にビターチョコムースとミルクプリン、フルーツはダークチェリーで、添えられたホイップクリームらしきものはよく見るとマシュマロである。そして刺さっているプレッツェルはハート型だった。


 ではさっそくいただくことにしよう。どれ、まずはダークチェリーから……。


「んんっ!?」


 蕩ける甘味とほとばしる酸味! これは決して安物のダークチェリーではない。我はスプーンを進めていった。


「んん~、美味しい!」


 甘いが甘すぎではない絶妙な味。相当研究して作られたものだと考えられる。


 コーヒーを口にした。普段口にしているものよりも香りがいい。これはもしやドリップコーヒー……?


 これは男装の麗人がいなくても客を呼べる代物ではなかろうか。喜入殿、さすがの一言に尽きる。


「いかかですか、お嬢様」

「美味しすぎるのだ!」

「喜んでもらえて何よりです」


 そこへもう一人背の高いキャストが通りがかり、イケボキャストに声をかけた。


「調子はどうだい?」

「さっき、お嬢様が麗人パフェを褒めてくださりましたよ!」

「良かったな」


 背の高いキャストが頭をなでると、イケボキャストははにかんだ。どこからか「ひぃん!」と悲鳴か歓声かわからぬ声が上がる。我も二人の後ろに薔薇の花が見えたような気がして、杉山殿ではないが見目麗しい睦み合いに「ひぃん!」となりそうであった。


 ちょっぴり心を動かされて、守殿にはすまない気がした。でも全ては喜入殿が悪いのですぞ、と責任転嫁する我であった。

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