杉山陽菜、名物を食してやります!
「ほら、タイが歪んでるぞ」
「せんぱい……」
先輩執事が後輩執事の蝶ネクタイに手をかけたのを見た瞬間、私の妄想はついにせきを切って噴出した。鼻の穴から。
「あああ~……あれ? 死んだおじいちゃんが見える……」
「スギさーーーん!!」
キーレちゃんの悲鳴が聞こえたその瞬間に視界がブラックアウトして、気がついたら謎の無機質な空間にいた。
「あ、あれ? おじいちゃんは? てか何で寝かされてる……?」
「気がついた?」
視界に飛び込んできたのはおじいちゃんじゃなく、アホ毛の男。私の愚弟の陽人だ。
「ここは保健室。執事喫茶で倒れたって聞いたから見舞いに来たんだよ」
「ああ、そう。どうも」
と軽くお礼してから、起き上がって弟の頭に生えている杉山家遺伝の証、アホ毛を上から拳でぐりぐりした。
「あいたたたっ! なっ、何すんだよ!」
「なーんで姉ちゃんにチケット送ってくれんかったの? んん? おかげで自腹切る羽目になっちゃったんよ?」
「姉ちゃんが来たら絶対ロクなことにならないからと思ったんだよ。現に鼻血出して倒れただろうが……」
言われてみて、鼻呼吸が全くできないことに気づいた。鼻に手をやると、ガーゼが詰め込まれていた。手鏡で自分の姿を映すと、あまりのブサイクさに笑い出しそうになった。
「まっ、しばらく寝たら帰ってくれよ。俺は行くから」
「あっ、おい待ていっ」
私はむんずと陽人の肩を掴んだ。
「もう元気になった。せっかく久しぶりに会ったんだから、姉ちゃんをどっか面白いとこに連れてってよ」
「また鼻血出るって。どうせ姉ちゃんのことだから男どもを見て良からぬ妄想するんだろ?」
「それで死ぬなら本望よ。ぐふふ……」
陽人は「きもっ」と震え上がった。頭良い子が「きもっ」なんて汚い言葉使っちゃいけません。
「そんなに死にたいなら女装喫茶にでも行ったら?」
「おっ、男子校の姫がいそうだな……姫として崇め奉られるのも良いけど、やっぱり盛りがついた男どもの性欲のはけ口にされるのが一番良いわね」
「星花のお嬢様がそんなこと堂々と口にすんなよ……」
「お嬢様はお嬢様でも汚れ系の"汚"嬢様ですのよ? おほほほほ」
陽人はしかめっ面でお腹を抑えた。「胃が痛い……」とうめきながら。
「ところで。この前あげたネタはどうだった? 鬼軍曹とカメコさんのエピソードは」
「うん、会長が絶賛してた。おかげで良い作品が書けたって自画自賛してた。でも、まさかモデル本人の目に留まるとは思ってなくて……さっき百合愛好会ブースでぱったり出会っちゃった」
「へー、あの二人に会ったんだ?」
あの鬼軍曹が一緒だとせっかくの楽しみも半減なので、華視屋さんに軍曹を連れて別行動させたのだが、たまたま陽人のいる百合愛好会に顔を出して、そこで私のネタをもとにして会長さんが書いた作品を読んですぐに自分たちがモデルだと気づいたとのことである。
「二人は陽人の目にどう映った?」
「軍曹さんの方は名前の通り怖そうだったのに、カメコさんは子どもみたいだった。全然共通点がないから本当に恋人どうしなのかなって思っちゃった」
「陽人」
私はもう一度、愚弟の頭をぐりぐりした。
「痛いい! いたいって!」
「お主、まだまだ百合修行が足らんのう。似た者同士は必ずしも相性抜群ならず、その逆も然りじゃぞ」
と、BLのカップリングを見てきた私の持論を年寄り口調で伝え述べる。これは百合にも当てはまるはずだ。しかし陽人はまだ百合を知って半年も経っていないほどの初心者、わからないのも無理はあるまい。私みたいに小学校低学年からどっぷりBLに漬かっているわけじゃないから。
「頭ぐりぐりすんのやめてくれる? マジで痛いから」
「そんだけ愛情がこもってるってことよ」
「わけわかんない。でも、いつも通りの姉ちゃんに戻ったからもう心配ないな」
「おっと、逃げちゃダメよ? ちゃんと姉ちゃんを女装喫茶に連れていきなさい」
「……一人で行けない?」
「そんなに邪険に扱わないでよー」
自分でもウザったい猫なで声を出してやると、陽人は「しょうがないな……」と大きくため息をつき、アホ毛がうなだれた。私たちは顔も性格も似ていない周りから言われているけれど、このアホ毛は母親からの遺伝もあって(ちなみに父さんは婿養子である)唯一の共通点と言っても良かった。
なんだかんだで陽人は私の弟で、可愛いものだ。これで誰か良い男とくっついてくれたらなおさら……ってダメだダメだ、今妄想を爆発させたらまた鼻血が出てしまう。
「姉ちゃん、すんごいニヤけてる。俺で良からぬ妄想したろ?」
「うん」
「うん、じゃねーよ……ほら行くよ」
私は鼻ガーゼを取って、ベッドから降りた。フラツキ感はないが、代わりに空腹感があった。
「てか、腹減ってない?」
その言葉は気づかいなのか、私に対して何かしら異変を感じたからなのかはわからなかった。
「ちょっとだけね。まずは血を失った分を補給するわ」
「じゃ、屋台に行こう。病み上がりにちょうどいい食べ物があるんだ」
陽人に外の屋台コーナーに案内してもらったけれど、お昼時だからかどこも混雑している。右や左から飛んでくる呼び込みの声はとても賑やかだった。
「ここだよ」
「ひぇっ!? お……漢鍋……?」
テント前に掲げられた看板には、江戸勘亭流フォントで力強く「御神本学園名物 漢鍋」と書かれてあった。
「まっ、まさかたくましくも麗しい男たちで取った出汁を……」
「んなわけあるか! よく見ろよ」
テント脇には写真入りの説明文が書かれている。キムチ鍋っぽい食べ物らしいが、目を引くのがてんこもりのすりおろしニンニクだ。説明文には「にんにくいりきけん たべたら○ぬで」と、とある有名な脅迫事件の怪文書を模した不謹慎な文言が書かれていた。ただしニンニク抜きもできるらしい。
「運動部の連中が好んで食べるんだ。どんな疲れも一瞬でぶっ飛ぶって」
「確かにいろいろぶっ飛びそうだけど……」
「姉ちゃん辛いの大好きだろ? ニンニク抜きでもじゅうぶん美味しいから食べなよ」
「いや、せっかくだから濃厚な漢の味を楽しんでやるわ」
「え? これ、ニンニク臭きついよ?」
「臭い男子校の中で多少臭くなっても大丈夫っしょ」
「姉ちゃん、さすがに失礼すぎる」
弟の抗議をよそに、ちょっといかつめの店員さんに「ニンニク入れてください!」と伝えたら、「もう一度聞くけど、入れていいの?」と。ははーん、私を女だと思ってナメてるな?
「ええ、たっぷりとちょうだい」
「あいよ」
店員は食えるなら食ってみろと言わんばかりに憎たらしく口角を上げた。
紙ボウルに並々と注がれた漢鍋は血のように真っ赤だった。具材は豚肉、豆腐、しいたけ、ニラ。そしてドバッと盛られたニンニク。写真よりあからさまに量が多い。ちょっと嫌がらせが入っているかもしれない。
「じゃ、いただきまーす」
「俺知らないよ……」
ニンニクを崩してまずはスープから。
「うおうっ!?」
「ほら、いわんこっちゃない」
「いや、こいつは強烈だわ……このパンチ効きすぎの辛味、ドロドロと濃くて刺激的なニンニクの味、まさに漢って感じがたまらない……」
私は一気に口の中にかきいれた。これが男の園の味……
「ふー、ごちそうさまっ!」
「うわ、本当に食べちまった……」
あっという間に感触。弟はドン引き。体はドンドン熱くなっていき、頭に血が上っていく。
「さあ体力回復したことだし、もう一丁行きますか!」
と叫んだ瞬間、鼻からなぜかスープが噴出した。いや、何だか鉄っぽいな……
「うわああ! また鼻血出てるよ姉ちゃん! ニンニクを一気に食べるからだよ!」
「なるほど、何かカプ妄想したときみたいな感覚だったんだよねえ」
「何冷静に分析してんの! ほら、保健室戻るよ!」
漢鍋。確かにある意味「たべたら○ぬ」代物だった。美味しかったので今度寮で作ってやろうかな。
二年商業科の危険人物である、サブキャラの杉山陽菜を紹介します。例によって星花女子プロジェクトキャラクターシート準拠です。
名前:杉山 陽菜
読み:すぎやま ひな
身長:161センチ
体重:50キロ
3サイズor体型:ちょい痩せ気味
髪型:二つ結び アホ毛がある
髪色:黒
一人称:私
性格:普段はおとなしめだがBLが絡むととても危ない人になる
誕生日:7月22日
血液型:AB型
所属クラス:高2-5(立成20年時点)
部活動:漫画研究会
通学手段:菊花寮
入学時期:高1
好きなもの:BL漫画(特に鬼畜系 シ○タ受けならなおよし)
嫌いなもの:カップリングの掛け算の間違い
お気に入りのシャンプー:特になし
家族構成:実家に両親と弟
イメージCV:新田ひより
備考:
・直木賞作家の杉山美由を母親を持つが、家族関係はあまり人に知られていない。男性の同性愛を描いた母親の作品に触れたのがきっかけでBLに目覚める。しかしなぜかプラトニックな愛を描いた母親と正反対のアブノーマル嗜好になってしまう。最近は母親の方が感化されてえげつない作品を描くようになってしまった。
・漫画研究会では当然薔薇派に所属。かなり過激な作風をウリにしており、発禁処分を恐れた会長の手によっていくつかの作品が闇に葬られているとか。
・実家はS市豊水区。御神本学園に通う年子の弟、陽人がいる。きょうだい仲は至って普通。
・須賀野守と同郷だが小学校中学校は別々。しかし当時からいろいろと危ない噂を耳にしていたらしい。