落とし物ですぞ!
立成20年、もうすぐ我にとって最後の夏休みに入ろうかというときである。
「え、えらいものを拾ってしまいましたぞ……」
我の名は華視屋流々。写真部に所属する孤高の情報屋……と自分のことはさておき、先程廊下でとんでもない特級呪物を拾ってしまった。
数学の授業で使われたものと思われるプリント二枚。数学嫌いの我にとってはこれだけでも呪物に値するが、問題は裏側である。
そこには何と、女の子と見紛うほどの美少年が筋肉ムキムキマッチョマンたちに責め立てられている漫画が鉛筆で描かれていたのだ。間違いなく年齢制限に引っかかるほどのあんなことやこんなことをされて……ちらっと見ただけだがそういうR-18な内容である。いや、R-18Gが適当であろう。
「早く捨てないと……いや、勝手に捨てたらダメですな。やはり持ち主に返さないと……しかしこれが守殿の目に触れでもしたら……」
「何を突っ立っている?」
「ほわっ!?」
とんでもなく悪いタイミングで須賀野守殿が現れてしまった。我は反射的に、特級呪物プリントを通学カバンの中にしまい込んだ。
「こ、こんにちはなのだ。ご機嫌いかがですかな?」
「うむ」
守殿はそれ以上何も言わない。我は明らかに挙動不審なのに、聞く素振りすら見せない。何かおかしいな、と我は思い始めた。
「あ、あの? どこか調子でも悪いのですかな?」
「少しな。今日は帰る」
「え? あ、お大事になのだ……」
守殿は行ってしまった。あんなに元気のない守殿は初めて見た。普段なら「貴様、今何をしまった?」の一言から地獄の取り調べが始まるところだが。
「よくわからぬが、助かったのだ。とにかく持ち主を調べないと……」
漫画研究会の生徒が描いた可能性が高いと思われる。あそこにはいわゆる腐女子が薔薇派という派閥を作り、裏でこっそり過激なBL漫画を描いていることを我は知っていた。過去には風紀委員から取り締まりを受けて発禁処分を喰らったこともしばしばある。ということで旧校舎の漫研部室に向かったのだが、あいにく活動日ではなかった。
「早く返さねば我にも災いが……」
「華視屋先輩、どうしたんですかぁ?」
ドアの前でたたずんでいる我に声をかけてきたのは、写真部の後輩、柚原七世殿であった。
「おお、柚原殿! ちょいとこちらへ……」
「なになに?」
普段は立入禁止になっている、校舎外の非常階段の方へ柚原殿を連れ出した。
「誰が描いたのか調べてほしいのだ。多分漫画研究会が描いたと思うのだが……」
「ぎょえー、これはまた過激な……」
我が正視できぬほどの漫画を、柚原殿はじっくり読んでいる。
「これめっちゃやばいですよ。風紀委員の男の子が不良どもに○○されてるし。こんなの鬼軍曹に見つかったら半殺し、いや全殺しにされますよ」
「え!? 風紀なのだ!?」
よく読んでなかったが、どうもそういう設定らしい。表現の自由を守れという風紀委員に対する抗議なのであろうか。だとすればもっと穏健なやり方があろうに。何と恐ろしいことを。
「待てよ……? あっ、この絵柄思い出した! 二年商業科の杉山陽菜先輩の絵です!」
「どんな生徒なのだ?」
「あの先輩、薔薇派の中でもラディカルな方で、かわいい男の子がいたぶられる絵ばっか描いてるんですよー。男の子どうしの絡みが好きなんじゃなく、むしろ大の男嫌いじゃないかという疑惑があります」
「な、何だか闇が深そうなのだ……」
杉山殿の男嫌いが事実であろうがそうでなかろうが、どちらにせよこの漫画は度が過ぎている気がする。
「柚原殿にもう一つお願いなのだ。この特級呪物を杉山殿に返してほしいのだ」
早く手放したい一心でお願いしたのが。
「やですー」
「何で!?」
「私は華視屋先輩と同じく情報屋であって、運送屋ではありませーん。ていうか、杉山先輩は菊花寮住まいなんですよ。同じ菊花寮の華視屋先輩が届けた方が手っ取り早いです」
「杉山殿が菊花寮生とな? そんなの知らなかったのだ……」
「まっ、見た目だけは結構地味だから認知されにくいんですよねー」
柚原殿は「だけ」という部分を力強く発音した。
「杉山先輩は212号室ですんで、よろしくお願いしまーす」
「わかったのだ、我が返せばいいのであるな……」
柚原殿は敬礼ポーズを取った。我はご愁傷さまです、という意味として受け取った。
*
菊花寮に戻ると、我は212号室に向かいドアをノックした。
「はーい」
「103号室の華視屋流々なのだ。落とし物を届けに……」
言い終わる前にドアが開いた。
「ひょえっ!?」
我は腰を抜かしかけた。出てきた杉山殿は二つ結びの髪型に丸メガネと、柚原殿の言う通りかなり地味な容貌をしていた。髪の手入れもろくにしてないらしく、ボサボサになっている上にアホ毛がピンと立っている。しかし目つきは怒ったときの守殿よりも鋭く獰猛で、それでハァハァと荒い吐息を漏らしていたものだから、何かしら危ないものを嗜んでいる人にしか見えなかった。
「そっ、それ……無くしたと思ってたけど……」
プリントをひったくられた。
「おおお~確かに確かに! 風紀どもに見つかったらどうしようか怯えてたところだったんですよ~」
言葉では形容しがたい、ヒジョーに危ない顔つきでプリントに頬釣りする杉山殿。
「あの、我はこれで……」
「そうはいきません! お礼にいいものをさしあげます!」
「ああっ!」
我は腕を掴まれて引きずり込まれてしまった。
一瞬、亜空間に迷い込んだのかと思ってしまった。
壁一面にはBL作品のポスターが二次元三次元問わずビッシリと。
本棚にはBL漫画や同人誌がタップリと。
机の上には漫画制作のためであろう、ペンタブが置かれているが、その側には何のキャラクターかわからぬがビキニパンツ一丁で手枷をはめられ首輪をつけ四つん這いになっている美少年のフィギュアがあった(正規の商業ルートで販売されたものではなさそうである)。
この杉山殿、我の想像を遥か斜め上を行く純度100%の腐女子である。
「単刀直入に聞きます。華視屋さんっ、BLはお好きですか!」
腕を掴まれたままで尋ねられた。
「え、いや、急に言われても……」
「こういうのはどうです!」
杉山殿は同人誌を一冊取り出した。チャラっぽいイケメンが女の子のような顔をした美少年を抱きかかえている絵。杉山殿に目線で「読め」と圧をかけられたため、恐る恐るページを開いた。
内容はラブコメものであった。イケメンと美少年がいろいろ騒動を起こして、最後はチューして終わりという、起伏のある展開や過激な描写もない作品だが絵がプロ並みに上手かった。
「一応、ライトなものはあるのですな……」
「物足りなければ、次はこれですね!」
杉山殿は目を輝かせながら『上司は夜の調教師』という漫画を出してきた。縛られている体格の良い男がメガネをかけた冷酷そうな美青年にムチを首に当てながら何か囁いている表紙絵。急に難易度がはね上がった。
「あああ、読まなくても内容はわかりますぞ!」
「もっと凄いのもありますよ!」
杉山殿は鼻息を荒くして『ボクのかわいい家畜ちゃん』という……
「もう結構! 結構ですぞー! 我はただ落とし物を届けに来ただけなのだー!」
「ええっ、そんなつれないことを!」
杉山殿がいきなり泣き出しそうな顔になった。
「この御恩をどうお返しすればよいのですか……」
「そんな大層なことしなくていいのだ。でもまあ、代わりに一つ教えて欲しいのだ。風紀委員をいたぶるという恐ろしい漫画を描いた理由は何でですかな……?」
「よくぞ聞いてくれました! 少し話は長くなりますが」
杉山殿は茶菓子を出してくれた。こちらはありがたく頂くことにした。
「私には御神本学園に通っている弟がいるんです」
「ほう」
守殿の弟、潤殿と一緒の学校である。一度だけ守殿にくっついて行ったことがあるが、星花のようなキラキラしている空気とは全く無縁のむさ苦しい学校である。特に武道場の何とも言えぬ臭いは思い出したくもない。
「そこはいわば男子版星花女子学園といいますか、男同士の恋愛が盛んと言われている学校でしてね」
「ほげ!?」
それは知らなかった。いや待てよ、確か守殿が潤殿の学校生活を話してくれた際に「あいつは顔がいいから心配だ」と言ってたし、今思うとあれは暗に匂わせていたのでは……。
「で、我が弟から向こうの学校の様子について定期的に情報を貰って私のBL創作の糧にしているのです。もうインスピレーションが次々とアラブの石油みたいにドバババーッと溢れ出てたまりませんわ! うひひひ……」
危ないモノをキメてガンギマリになったかのような顔つきになり、我はたじろぐ。見た目は典型的な文学少女っぽいのだが……。
「ちょっと待つのだ。あの学校、風紀委員を○○しているのだ!?」
「そこはさすがに私が想像の翼を広げたものですよ。風紀くんにはモデルがいますけどね。聞いて驚かないでください。なんと須賀野軍曹の弟さんなんですよ!」
「え……?」
我は言葉を失った。彼とは面識があり、守殿の家にお邪魔した際によくしてくれた。それゆえに、嫌悪感がふつふつと沸いてきた。
「いやー奇遇ですね、きょうだい揃って風紀なんて。私、一度軍曹にネチネチ怒られたことがあって恨んでるんですよねー。でも私は力ある者には反抗できないクソ雑魚人間ですから、せめて軍曹の可愛い弟が目の前で不良たちに一発わからせられるのを見せつけるつもりで鬼畜BL漫画を描いて憂さ晴らししようと……」
「もういいのだっ!」
我は声を荒げてしまった。
「杉山殿! 要らぬお世話なのを承知で忠告するのだ。その熱意をもう少し健全な方向に持っていった方がいいのだ!」
「ええっ!? わ、私……怒られた!?」
「ごちそうさまでした! なのだ!」
我は茶を一気飲みして、部屋を飛び出してしまった。
お借りしたキャラ
柚原七世(芝井流歌様考案)
七夜の星に願いを込めてhttps://ncode.syosetu.com/n6633id/(黒鹿月木綿季様作)