親衛隊獅子部隊隊長キリアキ・スズキとアレクシス嬢
柱が連なる荘厳な廊下。天井には映える紅白の縞模様のアーチの色鮮やさが目を奪う。
「はあ……はあ……! ここを抜ければ礼拝堂ですわ……!」
一歩一歩、廊下を踏むたびに体内の魔力の減少を感じる。床は聖職者たちの墓石が埋め込まれている。
「ロデオ城とは比べ物にならないほどにごりっごりに魔力が削られますわ……!」
魔を払うことを生業としてきた教会、その技術の粋が大聖堂には詰め込まれている。
走れば走るほど擦り傷が痛む。傷口に汗が染みる。今は少しでも魔力を節約するために治癒魔法すら封印しなくてはいけない。
「カルロス様、カルロス様、カルロス様……!」
扉が見えてきた。あの向こうには愛しくてしょうがない、ずっと会いたかった思い人がいる。彼と会えると思うだけで足が軽く地面が遠くなる。
浮かれて心が緩みかけるがここでも彼女の勘は冴えわたる。
(あまりにもできすぎている……! 直前の空間に護衛を置かないはずがない……!)
すると右側柱の影から只ならぬ殺気を感じた。近づくまでまるで感じ取れなかった。
「緊急回避ですわ!」
悍ましい死の気配に全力で左に跳躍する。
……シュン!
ハエが耳元を掠めるような風切り音。
「いっってえですわね!?」
ドレスを割いて脇腹に薄く切り傷が浮かぶ。
「おや、外しちまったか。いけねえなあ、年甲斐もなく久々の獲物を前にして殺気を抑えられなかったか」
柱の影から現れたのは小柄の老人。頭髪は真っ白になっているが顔立ちから東洋の生まれだとわかる。
「お初にお目にかかります、元新婦のアレクシス嬢。親衛隊獅子部隊隊長、キリアキ・スズキと申します。東洋の生まれではありますがその生涯をほとんど過ごしたはここ、カスターニャ王国。先代国王に拾われ早四十年。命を救われた恩は片時も忘れたことはございません」
背筋を伸ばしてお辞儀をする。腰には極東の武器、刀を差していた。
「おやおや、礼儀の正しいのか正しくないのかですわ。不意打ちをしてきたと思ったら今度はきちんと名乗られるのですね。それが東洋の挨拶ですの?」
「なっはっは。まさかそんなはずがありますまい」
キリアキは自分の額をぺちんと叩いた。
(いつの間にか刀を抜き、いつの間にか刀を戻している……私の目をもってしても動きを追えないなんて、とんだ強者が残されてましたわ……)
親衛隊獅子部隊は親衛隊の中で最も戦闘に特化している。実力主義で武闘派の獅子部隊を十年以上束ね続ける衰え知らずの武人がキリアキ・スズキである。また魔法を使わずとも魔法使いと渡り合える親衛隊最強の一角であり魔法を封じられた教会内でまさに最終防衛ラインにうってつけの人物。
「麗しい女性を斬るのは趣味ではないがあなたは別だ。不意打ちは趣味じゃねえがこうでもしねえとあなたに刃は届きませんのでね」
「……嘘はよしなさいな、キリアキ・スズキ。あなたの実力ならさっきの一瞬で臓器まで届いていたでしょうに。あえて殺気を漏らし避けさせたのでしょう。あなたのような武人は何度も見てきましたわ。どうせ本気でぶつかりたいとかそういうのでしょう。まったく男の人ってのはいくつになっても真剣勝負がお好きなのですね」
「かーっ! 男心のわかる淑女であられましたか! ますます斬るのが惜しくなってまいりましたな!」
「それでしたら見逃してくださります? お相手でしたら後でいくらでもお付き合いして差し上げますので」
「あぁ? そりゃできねえ相談だ。護衛任務の放棄は恩義に反する。そんなことしたら腹切って首を差し出しても詫び足りねえよ」
「仕事熱心なのやらそうでないのやら……これも催眠が絡んでるのでしょうか」
アレクシスは観念して拳を構える。背中を見せたら一瞬でやられる。たとえ礼拝堂に逃げ切ったとしてもマリアンヌ・フォンテーヌと同時に相手取らなくてはいけない。
それならば各個撃破すべき。ここでキリアキ・スズキを倒さなくてはいけない。
「話が早くて助かります。それでは早速……尋常に勝負」
キリアキ・スズキは刀に手を添えた。次の瞬間、鯉口に閃光が走る。