マリアの罠とアレクシス嬢
地下水道から這い上がったアレクシスはハンカチで汗を拭く。
「あっぶねえですわ……〇ラモスを倒しに行こうとしたらゾー〇が向こうから襲い掛かってきたもんですわ……」
拭いても拭いても汗が止まらない。
「……作り物で助かりましたわ……本人だったら……いくら私でも太刀打ちできなかったでしょうね……」
まさに運に助けられ九死に一生を得た。
「……ふう……はあ……」
自分の身体を抱きながら深呼吸。なかなか収まらない震えを止めようとする。
「怯えてないで行くのですよ、アレクシス……あなたは淑女の中の淑女……やればできる子……」
寒さを誤魔化すようにドレスの上から腕をさする。
ゴオン! ゴオン! ゴオン!
大聖堂の鐘が三回鳴る。巨大な鐘の音は王都中に響き渡る。普段であればこの時間帯に鐘が鳴ることはない。
「行かないとですわ……もう大聖堂に移動してしまいましたのね……」
結婚式が始まった合図だった。
「今度は迂回せずに一直線に行きますわよ!」
アレクシスはクラウチングスタートの構えから走り出す。
大聖堂へ急ぐために衛兵に見つかる覚悟で人通りの多い道を選ぶ。
彼女の体力なら屋根の上を跳びはねてショートカットもできるが街の上には箒に乗った親衛隊所属の魔術師が見張っている。そちらを相手取るほうが面倒で厄介だ。
マスカラを塗っていたがさすがは厳戒態勢を敷いた王都。魔法に心得のある衛兵がすぐさまアレクシスを発見した。
「いたぞ!! 国賊アレクシス・バトレだ!! 傾国の魔女だ!!!」
「ま、魔女ですって!? もう、人聞きが悪いですわね!?」
魔女という言葉はかつてほど侮蔑的なニュアンスは含まれていないが依然として不吉な対象を忌み嫌う言葉として用いられている。
「魔女だあああ! 魔女が出たぞおおおお! 女子供はすぐに屋内へ避難しろ!!!」
祝賀ムードの街は一転パニックに陥り緊迫した空気となった。
「このあいだは一日中雨が降った! 不吉だ、この世の終わりだー!」
「あぁ、ワイバーンが飛来してきた時のことを思い出す……」
「ママー!? どこー!?」
阿鼻叫喚。あまりの豹変ぶりにアレクシスは驚かずにはいられなかった。
「なんですの、これは……!? なんなんですの、これは!!??」
アレクシスを見る目が三日前とまるで違った。歓迎されていたはずなのに令状を出しただけでこんなにもあっさり人は変わってしまうのか。
「もしやマリア、あなたはカルロス様にもそうしたように国民にまで催眠魔法をかけたのですか!?」
通りがかりに一日中雨が降ったと聞こえた。もしもその雨があの水と同じ性質だったとしたら……。
「なんてこと!? 国民全員に催眠をかけたのですか!? エリック・ベルンシュタインが関わっていたのなら不可能とは考えられませんわね! マリアンヌ・フォンテーヌ!! なんて陰湿なやり口ですの!!? 陰湿すぎてあなたの頭にはカビやキノコが生えてそうですわ!!」
つい三日前は温かく出迎えてくれた国民たちは今では畏怖や侮蔑の眼差しを向けてくる。
「待てー! 魔女ー! 止まらぬかー!!」
それは衛兵たちの怒号よりも深く心を乱した。
(ごめんなさい、国民の皆様方……今は、愛する人の救出を急がせていただきます……)
呼吸も乱れるがそれでも足は止めなかった。
「おーっほっほ! 止まれと言って止まる淑女はおりませんわー!」
人混みのパニックに便乗し、衛兵の追跡から姿をくらまし別の道へと移動する。