盗賊退治をするアレクシス嬢
浅い眠りについていたアレクシスは深夜の物音に目を覚ます。
(今のは……アナベルの家の玄関の音ですわ)
こっそりと物陰から外の様子を伺う。
家の中から誰かが出てきた。
(あの背格好は村長ですわね。手に弓、背中に矢筒、明かりも持って行かないなんて)
馬小屋で聞いたアナベルの話と盗賊の話を照らし合わせ、彼が何をしようとしているのか容易に想像できた。
(……んもう、どうして男の人は勝手に一人で危険なことをしようとするのかしら。そんなに女は頼りないですか?)
予定変更。アレクシスは立ち上がり、衣服に付着していた藁をせっせと落とす。
「ぶるる」
一緒に寝ていたペラージョが起きる。
「あら、ごめんなさい。気を配ったつもりでしたが起こしてしまいましたわね。あなたは朝まで休んでくださいまし」
「ねるる」
頭をなでると気持ちよさそうに目を細め、二度寝に入る。
「さてと一宿一飯の恩義を返しに行きますわよ」
アレクシスは肩を回しながら馬小屋を出た。
盗賊たちは北の街道のすぐ側で呑気に宴を開いていた。今日得たであろう戦利品を身に纏い、たき火を囲んでダンスしている。
それを村長は物陰より恨めし気に睨みつけていた。妹家族の敵。ここで恨みを晴らそうと弓矢を番う。
「……っ」
ぶるりぶるりと腕が震え、狙いが定まらない。ええいままよとそのまま射ようとした時、
「そんなへっぴり腰では届きませんわよ」
いつの間にか隣にはアレクシス嬢がいた。
「わっ」
驚いて声を出しそうになるがハンカチで口を押さえつけられる。
「しぃーですわ。大声は厳禁ですわ」
手首を掴んでハンカチを口から離す。
「お、おまえ、どうしてここに。とっとと帰りやがれ」
「一宿一飯の恩義ですわ」
「一宿一飯の恩義だぁ? これは男の戦いだ。女はすっこんでろ」
「見たところ、人を射るのは初めてのご様子ですが?」
「お前には関係ない。これは村長の、俺の問題なのだ。俺の親父はな、先の龍覇帝の侵略で、村を守るために勇敢に戦って死んだんだ。俺も親父のように勇敢に戦って死ぬって決めてんだよ」
「まあ、まるで村を守るためでなく、死ぬために死地に赴くようですわね……このご様子ですと勝算も何もないのでしょう?」
「うるさい、お前に何がわかる」
「ええ、わかりませんわ。わからないからこそ、介入させていただきますわ」
アレクシスは立ち上がり、隠れもせずに盗賊のもとへと悠々と歩いていく。
「ば、ばか、なにしてやがるっ、もどってこいっ」
彼女は村長の制止を聞かずに盗賊の前へと姿を見せた。
「見つけましたわよ、盗賊ども! あなたたちの悪事は今日ここまで! カスターニャ王国に悪が栄えた試しなし! 神妙にお縄に着きなさい!」
「……バカ女が!」
村長は岩陰で禿げ頭を叩いて嘆く。
「……なんだぁ」
「……女か……」
「おいおい、よく見たら若くてかわいい子じゃねえか!」
最初は呆然としてた盗賊たちだったが、アレクシスの姿を確かめると賑わいを取り戻す。
「ドレス姿ってことは貴族様じゃねーか! どうしました、迷子ですか? 俺でよければそこの草場までエスコートしますぜ!」
「ばーか! 独り占めしようとしてるんじゃねーよ! 山分けだ、山分け! 三つの穴をな!」
噂通りの下種の集まり。顔にも醜悪さがにじみ出ていた。
アレクシスは醜悪な盗賊たちを左から指さしていく。
「……ブサイク、ブサイク、ブサイク、一個飛ばさずにブサイク」
一人ずつ丁寧にブサイク認定。こういう作業が面食いにとって一番つらい作業であり苦痛の時間だった。
「計13ブサイク……はあ、やっぱだめですわ……いくつになってもブサイクには慣れませんわ。見ているだけで頭が頭痛しますわ」
盗賊の一人の出っ歯が額に青筋を浮かべて前に出る。
「お嬢ちゃん……家庭教師に護身術を教えてもらって腕に覚えがあるのかも知れんが無勢に多勢……家庭教師が教えてくれなかった身の程ってやつ、俺らが教えてやるぜ……おい、ゴリアテを起こせ!」
「おいおい、あいつを起こしたら俺たちの楽しみが減っちまうじゃねーか!」
「うるせえ、さっさと起こせ!」
しぶしぶといった様子で横たわっていた男の頭を蹴飛ばす。
「起きろ、ゴリアテ! 仕事の時間だ!」
「んー……あと五分だけ……」
「起きろ! 女がいるぞ、女!」
「おおお女ー!!??」
女と聞いた途端、男は立ち上がる。
横たわっていてわかりづらかったが男はかなりの巨体。周りに生えていた広葉樹と同じ高さ。
「うおお、うおお、女だー! おお、おにんぎょさんみたいなー!」
しゃべるたびに唾が飛ぶ。どぶ臭い匂いが辺りに広がる。
「訂正しますわ……計100ブサイク……」
アレクシスは鼻が曲がる前につまむ。
「お嬢ちゃん、いいことを教えてやるよ! このゴリアテ、ナニがとは言わないがすごくでけえ! ナニがとは言わないが肺に届くほどでけえ! せいぜいくたばらねえよにな!」
「ゴーリアテ! ゴーリアテ! ゴーリアテ!」
アウェーの空気の中、リングが鳴る。
「おにんぎょさああああんあそびいいましょおお」
ゴリアテはとびかかってくる。
アレクシスはそれを、
「ふん」
好みじゃない人形を扱うように、ぽいっと投げた。
「えあ?」
ゴン!!!
ゴリアテは岩に頭をぶつけて動かなくなる。
「……は?」
「……え?」
「……あぁ?」
誰もがこの世の物とは思えない光景を目の当たりにし思考停止する。
「ふぅ……ばっちぃばっちぃですわ……」
アレクシスはハンカチで汚れを拭う。
「さて皆様方。これで実力の差がはっきりとしましたわね。降参する気になられましたか?」
笑顔を浮かべるアレクシス。
出っ歯は血相を変えて叫ぶ。
「お前らー!! 今すぐ武器を持てー!! こいつは人間じゃない、魔物の類だー!!!」
「んもぅ、失礼な! 淑女に向かって魔物だなんて!」
「耳を貸すな! 巨人を投げる淑女がどこにいる!」
「ここにいますわよ」
「殺せー! じゃなきゃ、殺されるぞー!!」
「もう! いくら実力差がかけ離れているからって殺すわけがないでしょうに!」
一人が弓を放つ。アレクシスの足を狙うがすんでで開いてこれを躱す。
「このわからず屋! せっかく平和的に解決しようと思ったのに! もっとブサイクなお顔になっても知りませんわよ!」
それからはアレクシスのワンサイドゲーム。1ブサイクをワンパンチで仕留めていく。
(あと半分! これしきの相手なら十秒で片づけられますわ!)
そのうち盗賊の一人が目を引いた。
「く、くるな! 化物め!」
出っ歯だった。会話の様子から司令塔に違いない。
「あなたを倒せば壊滅ですわー!」
「く、くるなと言ってるだろー!」
剣をぶんぶん振り回す出っ歯。
剣を蹴り飛ばし、出っ歯をすきっ歯にしようと突き出した拳だったがピタリと止んだ。
決して情がわいたわけじゃない。全く違う理由。
「う、うごくな! こいつがどうなってもいいのか!」
盗賊の一人が、
「……すまねえ、嬢ちゃん」
村長を人質に取っていた。




