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プロローグII 朝永美波との出会い

 水沢さんが死んだ……?

 あまりにその考えは現実離れしていた。でも、ピクリとも動かないことがそれを証明している。

「きゃーっ!」

 乗客の誰かが死体に気付いたのか、甲高い悲鳴をあげた。それを聞いてようやく()()が現実で起きていることだと認識できた。途端に恐怖と動揺が体を支配した。

「田嶋!どうしたんだ!」

 異変に気づいた山下さんが田嶋さんに訊ねた。パニックになっている田嶋さんは何も言えないでいた。ここは私が、私が説明するしかない。

「水沢さんが急に倒れたんです!本当に突然」

「冗談だろ…」

 山下さんはすぐさま水沢さんのところへ駆けつけた。触らないように気をつけながらも、水沢さんの様子を確認した。

「どうなんだ!?山下!」

 本田さんが焦った口調で訊ねた。数秒のタイムロスがあってから、言いたくなそうに山下さんは告げた。

「水沢さんが…亡くなった」


 新幹線車内は騒然としていたが、車掌さんや乗務員さんのお陰でとりあえず落ち着いた。

 水沢さんの遺体は多目的室に運ばれて、私たち5人は車掌さんの事情聴取を受けていた。

「水沢さん、山下さん、田嶋さん、本田さんはサークル活動で、大河内さんと朝永さんは大学受験のために当新幹線をご利用されたということですね」

 車掌に訊ねられて、全員頷いた。

「警察と病院には私から連絡させて頂きました。この新幹線が東京駅に到着次第改めて皆様に事情聴取を行うそうです」

 もしかしたら、大学受験に遅れてしまうかも。まぁ、そうなったら警察から事情を大学に説明してくれるはず。

 そんなことより、水沢さんは何で死んだんだろう?

 まさか、急に心臓が止まったとか?でも、このタイミングで?全く意味不明だ。

「すみません、ちょっといいですか?」

 山下さんが手を挙げた。何か意見でもあるのかな。よく分からないけど、嫌な予感がする。

 車掌さんが促した。

「どうぞ」

「俺は〇〇大学の医学部です。それで先程水沢さんの遺体を見たんですが、死因について少し話したいことがあって」

「死因について何か分かったのですか?」

 驚いた。パッと見ただけでわかるんだ。いや、感心してる場合じゃなくて。どうして亡くなったのかこれで分かるかもしれない。

「水沢さんの死体に近づいたときに、アーモンド臭がしました。ちゃんとした検査を行ったわけではありませんが、おそらく死因は青酸カリの摂取によるものだと」

「青酸カリ?」

 車掌さんが聞き返した。私も唖然となってしまった。青酸カリだって?そんなの推理小説でしか聞いたことがない。

「はい。どういった経路で摂取したのかはわかりませんが、おそらく間違いないかと」

「そういったことも警察に報告しないといけませんね…」

 私はどことなく気になって、美波の方を見てみた。ほとんど会話に加わらなかったが、一応関係者だ。彼女はこの状況をどう見ているんだろう。

 美波はスマホをいじっていた。呆れた。この人はこの状況でも我関せずの精神なんだろうか。本当、すごいな。

「自殺だ…」

「えっ?」

 本田さんの呟きに田嶋さんが反応する。今、自殺って…?

「だって考えてみろよ。青酸カリ飲んだ人間が死んだんだ。自ら飲んで命を絶ったに違いない」

「服毒自殺ってこと?」

 本田さんが静かに頷く。まるでそう思い込みたいような様子だ。

「確かに状況からみても、服毒自殺が1番妥当だろうな」

 これに山下さんも同意した。ただ、私は少し引っかかる部分があった。

 水沢さんは横柄な人だった。それはもう、出会って少ししか経ってないのに、関わりたくないと思うぐらいに。

 果たしてそんな人が自殺などするのだろうか?

 それに自殺するなら、新幹線とかではなくて家でもできたと思う。不謹慎だけど、私だったら家で自殺する。

「そこいった事は警察に任せましょう。我々にできる事は現場を適切に保存する事です」

 車掌さんがそう取りまとめる。これ以上議論の余地はないと判断したんだ。

「あの、すみません」

 そのとき、これまで一言も喋らなかった美波が初めて声を出した。本田さんが、お前喋れたのかって顔をしている。当然の反応だ。もっと美波は喋るべきだ。

 そんな美波が口を挟むくらいなら、何か重要な事でも分かったのかもしれない。

ほんの少し期待した。

「トイレ行ってもいいですか?」

 しかし、美波が発したのはなんとも間の抜けた台詞だった。私はかなりガクッとした。小学生か、あなたは。

「え、えぇ構わないですけど」

 車掌さんが困惑した表情を浮かべた。本田さんに至っては明らかに苛立っていた。心の中でため息をついた。駄目だよ、この場でのんきな発言は。ダメ、ゼッタイ。

 美波はありがとうございますと礼を言うと、私に耳打ちをしてきた。

「お前も来てくれ、雅火」

「へ?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。今、聞き間違えじゃなければ、トイレに誘われたよね?まさか、そんな…。

「とにかく、雅火もついて来い」

「えっ、いやっ、ちょっと…」

 間違いない、トイレに誘われてるんだ。私、これを何て言うか知ってる。連れションってやつだ。同級生の男の子がよくやるやつ。え、正気?

「いいから来てくれ。変なことしないから」

 いやいや、連れションに誘ってること自体変なんだよ!ものすごく危ういんだよ、それは。

「連れションぐらいいいだろ。文句を言わずにお前も来い」

 美波が真剣な眼差しを送ってきた。その綺麗な瞳を見て私は悟った。

 これ、選択権ないやつだ。


「雅火はどう見る、水沢さんの死」

 狭いトイレで2人きりになって、美波はそう切り出してきた。私は考えたことを口にする。

「状況からみたら自殺だと思うんだけど、自殺にしてはいくつか気になる点があるんだよ」

「気になる点?」

「私、どう考えても水沢さんが自殺するような人とは思えないんだ。むしろ、そういったことは絶対にしなさそうな人だと思う」

「なるほどな。他には?」

「あとは自殺するなら、新幹線じゃなくて家でやった方がいいのにって思った」

 考えを口にすればするほど、自殺じゃない気がしてきた。しかし、そうすると可能性は一つしかない。目を背けていた最悪の可能性。

「私も同感だ。水沢さんが自殺したとは思えない。水沢さんのようなプライドが高い人は、人に見られないように自殺する気がする」

 確かに水沢さんなら、そっちの方が想像しやすい。だとしても、自殺するような人とは思えない。

「となると、これって…」

「あぁ、あの3人の誰かが殺しただろうな」

 自殺じゃない以上誰かに盛られたとしか考えられない。そして、そんなことができそうなのは水沢さんの近くにいた私たち5人だけ。でも…

「私、どうしてもあの3人が人を殺すような人とは思えない…」

 全員優しい人だし、殺人をするような人たちには見えない。水沢さんがいくら酷い人だったとしても。

 しかし、美波は私と違って客観的に物事を考えていた。

「だけど、実際に人が殺されたのは事実だ。どんな善人だって怒ったり恨んだりすることはある。それが何らかのきっかけで殺意に変わることもあるだろう」

 そういうものなのかな。私も完全な善人がいるとは思わないけど、それはそれで何か悲しい。

「だから、私は全てにおいて動機とか原因、理由が重要だと考えている。それは知る事でもあり、理解する事に繋がるからな」

 もし、本当にあの3人の中に殺した人がいるなら私も知りたい。

 なぜ、水沢さんを殺したのか。

「というわけで、誰が殺したのかというよりもなぜ殺されたのかを私は先に考えてみよう……と思ったが、少し気になったことがあるから先にそちらを調べようと思う」

「気になったこと?」

()()()()()()()()()()()()()()()()

 水沢さんが死ぬ間際に口にしたのは、ドーナツとペットボトルの水。どちらかに青酸カリが混入してたのは間違いないと思う。

「ドーナツだったら、本田さんが買ったものだから毒を混入させやすかったと思うけど」

「そうだとしたら、いつ本田さんは毒を混入させたんだ?隣で山下さんが見てるかもしれない中で、それは無謀な気がする」

 その通りだ。でも、私はまだ食い下がることにした。

「山下さんが共犯だった場合は?あえて、黙認していたとか」

「その可能性は否定できない。しかし、ドーナツを食べるところは私も雅火も見ていたんだ。仮にドーナツに毒が入っていたとしたら、疑われるのは間違いなく本田さんはで、それを黙認していた山下さんも疑われる。明らかに警察が捜査すると分かっているのに、その方法はリスクが大きすぎる」

「確かに…そうかも」

「それに水沢さんはドーナツを完食してない。死因が毒によるものなら、警察はもちろんドーナツの成分を調べるはずだ。それで毒が入っていたらすぐに本田さんだと分かってしまう」

 共犯は0ではないけど可能性は低いか…。だとすると

「じゃあ、毒が入っていたのはペットボトルの水ってこと?」

「私はそう考えている」

 ペットボトルなんて、もっと入れる機会がないと思う。ドーナツと違って水沢さんはずっと持っていたし。ペットボトル貸してって頼んでも、水沢さんは100億%貸さないはずだ。

「ペットボトルの方が毒を混入できないと思うけど」

 私が反論すると、美波はそれを無視してトイレの中をウロウロした。完全に今スルーされた。そんな的外れなこと言ったつもりじゃないいだけどなぁ。

 着眼点を変えた方がいいのかも。私は話を変えることにした。

「動機の方で探ってみたら?案外、そっちの方が近かったりして」

 これもまた綺麗にスルーされた。少しイラッとしてしまった。落ち着こう、雅火。美波はこういう人でしょ。

「動機はこれなんじゃないかって推測してるのはある」

「えっ、そうなの?」

 犯人も分かっていないのに動機なんて推測できるのだろうか。もし、仮にそれができたとしたら、美波は変態な気がする。いや、完全な変態だ。

「だが、この動機が正しかったとして、この人が犯人だった場合、どうやって毒を盛ったかが分からない」

「ねぇ、その人って誰?」

 私にはかけらも想像できない。早く聞きたかった。

「いや、これは犯人がその人だと確定してからじゃないと、その人を不用意に傷つけるだけになる。まだ言わないでおく」

「そんなこと言って、本当は検討もついてないんじゃ…」

 軽く煽ろうとすると、美波に無言で中指を突き立てられた。うん。美波を煽るのはもう少し後にしよう。

「顔でも洗うか」

 美波は洗面台で水を出そうとした。が、何を思ったのか水が出る部分を人差し指でなぞった。

「どうしたの?」

「雅火、これが何だかわかるか?」

 そう言って、人差し指を見せてくる。美波の人差し指には白い粉のようなものが薄っすらと付いていた。何だろう、これ。

「ううん、分かんない」

「そうか。私は大体目星がついている。悪いけど、雅火。私のポケットからスマホを出して、これを撮影してくれ」

 頼まれた通りに、私は美波のスカーレットのポケットからスマホを取り出し、それをカメラで撮った。

「ちゃんと、撮ってくれたか?」

 うんと返事をすると、美波は念入りに手を洗った。その様子を見て、私も何なのか大体察した。でも、なんでこんなところに。

「美波……、もしかして……」

「雅火も気づいたか。多分当たってるはずだ」

 美波は私からスマホを受け取ると、いくつか操作をした。そして、納得がいく結果が出たのか、「これ見てみろ」と言いスマホの画面を見せてきた。

 そこには先ほどの白い粉と写真の検索機能で調べた似たような白い粉が映ってていた。美波と私の予想が的中していた。

「やっぱり、この白い粉青酸カリだったんだ。でも、なんでそんなところに付いていたんだろう」

 勝手に青酸カリが発生したわけではないし。とても不可解だ。

 対照的に美波はそこから何かを掴んだらしく、水が出る付近の部分を同じようになぞっていった。

「また何か見つけた?」

「雅火、ここらへん指でなぞってみろ」

 美波の指したあたりを私はなぞった。なんか、かすかにだが少しネバネバしているのを感じた。気持ち悪いけど、どこかで触ったことのある感触だった。

「このネバネバは何?」

 訊ねてみるが、美波は排水管を覗いていて私の話は聞こえてないようだった。本日3度目のスルーでございます。

「くっそ、ちゃんと調べないと分からないか。これは警察の仕事だな」

 美波は覗きを終了して、ようやく顔を洗った。持っているハンカチで顔を洗うと、トイレのドアを開けた。

「もうすぐ東京駅だ。降りる準備を始めないと」

 そう言うと、そそくさと元の席へと戻っていった。

「結局、おしっこしなかったんだ…」


 東京駅に着いたら、プラットフォームに警察と思われる人が2人いた。2人の刑事は警視庁捜査一課と所属を告げると、そのまま私たち5人を駅前の交番へと連れて行った。

 人生初の事情聴取はとても緊張してしまった。根掘り葉掘り個人情報を聞かれ、なんで上京したのか水沢さん達とはどういった関係なのかを丁寧に説明した。

 事情聴取の中で1つ安心したことは英明大学には説明してくれるので受験は心配しなくていいということ。それは警察を信用しているから、問題はないんだけど…。

 それよりも、私は美波がどんな推察をしたのかが気になっていた。新幹線を出た時の様子だと、この事件の真相が分かったのかもしれない。

 私は美波の事情聴取が終わるまで待っていた。同じ大学を受験するし、真相は知りたいしで、先に行くのは嫌だった。

 20分くらい待って、美波が交番から出てきた。私は美波に駆け寄った。

「美波、事情聴取どうだった?」

 聞かない方がいいのかもしてないが、私は尋ねた。私もこの事件に関して無関係じゃないんだ。どうなったのか知っておきたい。

 美波はあぁと返事をすると、少し面倒くさそうに答えた。

「警察には自分の考えを伝えておいた。多分、解決するんじゃないか」

 ということは犯人はもう逮捕されたのだろうか。あの3人の誰かが捕まったことを想像するだけで、気分が憂鬱になった。

「誰だったの、犯人は?」

 英明大学へ向かいながら、訊いてみた。

「そんなことより、今は試験に集中しろ。人生の大事な場面なんだ」

 上手い具合にはぐらかされた。だが、このまま引き下がるわけにもいかなくて、私は詰めた。

「いいから、教えて。推察通りなのなら余計知りたくなっちゃう」

 しつこく頼むと、美波はあからさまなため息をついた。

「歩きながら説明すんのは面倒だし、受験もあるから終わってから説明する。試験が終わったら、大学内にある“エイメイ食堂”に来てくれ。とにかく今は話さない」

 それだけ言うと、美波は歩きスマホを始めた。どうやら、今は話す気がないみたいだ。

「人が死んだのに、試験に集中できるわけないじゃん……」

 美波には聞かれないように、私は小さな声でつぶやいた。

 






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