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番の鎖 ルートH

作者: HAL


同名タイトルの別ルートです。

こちらから読んでも、こちらのみ読んでも問題ありません。

心の強い方はルートBからチャレンジされるとより楽しめるかと思います。

Bから来たよ!っていう方、ご安心ください。鬱展開はありません。




「※※※※※※※※※!!」


 大きな歓声と聞き慣れない話し声。

 眩しい光が収まって目を開けば、見たことない場所と知らない人達に囲まれて。


 ここは、どこ?

 さっきまで私は部屋にいて、誰かの声が、呼ばれた気がして、テラスに出たはず。知ってる人はいないの?

 怖い。

 そう思ってたら、一人の男の人が近付いてきた。

 プラチラブロンドに緑の瞳。服も顔も如何にも王子様っぽい。私と同じか少し年上くらいの。


「※※※※※※―――ファーム」


 え?

 何て言った?

 (ファーム)って言った?私を?

 でも、何かあまり好きになれない表情を向けられてる。

 人を見下してるような感じの。目も笑ってないし。

 自慢じゃないけど、自分の見た目が他人にどう思われるのか知ってる。こんな風に親切そうに笑ってる顔の裏で碌でもない事を考えてるのよね、男って。ねえさまもよく言ってたし。

 

 ここは逃げの一手だ。

 伸ばされた手を叩き落として、さっき出口とあたりをつけた方へ走る。後ろでなんか騒いでるけど、そんなの知らない。

 何話してるかわかんないし!


「きゃあっ!!」


 相手の油断を狙ったけど、当然ながら私は捕まった。

 さっきの王子みたいな人の前に引っ張られる。

 あー、なんか怒ってるな。

 そりゃまぁそうだろうけど、仕方無いじゃない。

 こっちだっていきなり知らないとこに飛ばされて(?)、聞いたことない言葉で話されて、やらしい顔されたら身の危険を感じて逃げたくもなる。

 そんな事考えてたら、王子は剣の柄に手をかけて引き抜いた。

 え?

 こんな事で、私、殺されちゃうの?

 勝手に連れてきておいて、説明もなしに、この王子のお誘い(?)を断ったからって殺されるの?理不尽通り越して頭おかしいんじゃないのこいつら!!

 怖い! ねえさま! 助けて!!


「…※、※※…」

「※※※※※、※※※※※※※※※※※※※。※※※※※※※※※※※※※※※」


 誰…?

 怖い王子との間に、私を守ってくれるように立ちはだかってくれる人。

 後ろ姿しか見えないけど、王子みたいな人に何か言ってくれてる。騎士みたいな服装してるから、部下なのかも。大丈夫かな、不敬だ、とか言ってこの人が斬られたりしないかな。

 あ、あのおっかない王子、面白くない顔して行っちゃった。

 良かった、この人が何もされなくて。

 うーん。お礼を言おうと思ったけど、腰が抜けて立てない。

 あ、こっち向いた。

 え?え?

 うそ、凄い格好いい!

 私も立場上色んな美男子に会ってきたけど、こんな神がかった容姿の美形見たことない。

 金髪碧眼で、こっちの人の方が断然王子様っぽい。

 金髪王子様は私の前に膝を付いて、胸に手を当てた、よく見る騎士の礼をとった。わぁ、騎士様かぁ。なんかキラキラしてるよ。


「※※※※※※※※※※※?」

「えと、助けてくれて有難うございます」


 相変わらず相手の言葉は分からなかったけど、こっちの言う事は伝わるかもしれないからお礼を言ってみる。

 

「あの、ここはどこですか?」

「私、自分の部屋にいたはずなんだけど、気が付いたらここにいたんです」

「泥棒じゃないです」

「家に帰れますか?」


 私が何を言っても騎士様は表情を変えない。

 膝を付いたまま動かなかったし、優しそうな顔も変わらなかった。

 途中で指をクルクルして何かキラキラさせてたのは、魔法を使ったのかな。やっぱり言葉、通じないみたい。

 どうしよう、会話が出来ないと帰るとかそういう問題より、ここで生きていけるのかすら怪しくなるよね…


「※※※※※※。※※※※、ぶ ろ ぅ でゅ―――※※※※」


 私を見て心配そうな顔をした騎士様は、指を自分に向けてとてもゆっくりと、1音ずつ話した。

 あ、これってこの騎士様の名前?

 ぶ、ろうでゅ?

 いや、違うな。

 ぶ、ろ、ええと、お?


「ぶ、ろ…お……ど……ぶろ、ど」

「※※、※※」


 私の名前も教えた方がいいよね?

 えっと、騎士様がぶろーど、ね。

 指を差して名前を呼んであげてから、次は自分を差して名前を告げる。


「ぶろーど。……ハ ル シェ」


 伝わったかな?

 ぶろーど(呼び捨てしちゃう)は指を唇にあてて考え込むような様子。沈黙。何か考えてるのかな?それにしても、美形がそんな仕草すると恐ろしい破壊力ね…。


「※※※※※※ヘルシャ※※※※※※※?」


 お。

 どうやら通じたみたい。

 ちょっと発音違うけど、この際細かいとこは置いとく。

 嬉しくなってもう一度名前を呼んでみる。


「ハルシェ!ぶろーど!」


 わたし、と、あなた。

 えへへ。名前、呼んでもらえた。

 嬉しくってついニコニコしちゃってたら、ぶろーどがこっちを見たまま固まってた。

 どうしたんだろ?

 心配になって近付こうとしたら青い眼の、騎士様にちょっとだけ似た父様くらいの年齢の男の人が、彼に近付いて何か話しだした。あのおっかない王子にも似てるな、と思ったけど、そもそもぶろーどとさっきの王子が似てるのかも。

 私が怖がってるの知ってて離れたままでいてくれてる。

 見た目ちょっとおっかないけど、いい人なのかも。

 二人は暫く会話して、言葉の通じない私は蚊帳の外。


「※※、※※※※※※※※※※※。※、※※※※※」


 ぼんやりしてたらぶろーどから声をかけられた。


「え?え?」


 二人の話はいつの間にか終わってて、気付いたらぶろーどが近くまで来て手を取ってゆっくり立ち上がらせてくれた。

 私が見ると、ニコって笑ってくれて。

 やだもう、なにこの王子様〜〜〜!

 必死に顔に出さないようにしつつ、手を引かれて歩く。

 歩く速度は早すぎず遅すぎず、私の歩幅に合わせてくれる。

 こんな風にエスコートされた事なんて無かった。

 私のこと、大事にしてくれてるのが分かって、嬉しくてちょっと悲しい事を思い出す。

 力の弱い私はいつだってねえさまのオマケだったから。

 家族仲は良かったし、大事にされてたけど、周りの人はそうじゃなかった。


 ねえさまは、神の声を聞いて民に届ける神子だった。

 歴代の中でも最強、って言われる位、神力が強くて。

 父様も母様も王で王妃だったから忙しくて、私はいつもねえさまについて歩いて。ねえさまの仕事を見て、自分もいつかそんな風に出来るのだと、ねえさまのお手伝いをするんだと、馬鹿みたいに信じてて。でも成長してもそんな力に目覚める訳じゃなく、どんなに頑張っても、神様の声なんてちっとも聞こえてこなかった。王族の出来損ないだと、心無い陰口に何度も心を痛めた。

 だからあの日も―――寂しくて。

 神様に見放された私を、私だけを見てくれるたった一人の人が世界に一人くらいいてもいいんじゃないか、って思って。

 そんな事願ったから、神罰が下ったんだ。

 神様ごめんなさい。

 もうそんな願い事しないから、私を還してください。

 家族の元に帰りたい。

 そんな事を考えてたら、ぶろーどの足がどこかの部屋の前で止まる。声をかけられ、中へと手を引かれて誘導された。


「ここは?」

「※※※※※※※※」


 うん、何言ってるのか分かんない。

 私は頭をブンブン振って、分からないのジェスチャーをする。

 でもぶろーどは気を悪くすることもなく、水回りの場所とか使い方とか、実際に使って見せながら教えてくれた。

 今までは侍女を呼んでやってもらってたから、何だか新鮮だ。 

 あ、侍女にやってもらってた、って言っても準備とか特別な日とかだけで、基本的に自分で出来てたけど。ここでは式典の衣装とか着ないだろうし問題ないない。

 一通り実地が終わったとこで、ノックと声と共に4、5人の人が部屋に入ってきた。丈の長い黒のローブを着ている魔道士っぽい人達と、白を基調とした如何にも神職っぽいローブを着てる人達。女性も一人混じってる。

 ぶろーどがその人達に何か言って、それから私の方を見て優しく笑いかけてくれた。多分、怖くないよ、って事なんだろうな。その人達は代わる代わる、私に何か呪文みたいのを唱えたり、祈ってキラキラさせてくれたりしたんだけど、私と言葉が通じないのが分かってみんなガックリ肩を落とした。


 うう、頑張ってくれたのにごめんなさい。

 私もしょんぼりしちゃう。

 見捨てられたらどうしよう。


 しょんぼりしてぶろーどを見上げると、彼は怒ったりもガッカリもしてなくて。ねえさまが私を見る目とおんなじで。

 ぶろーどはローブの人達に何か言うと、私にジャスチャーで何か伝えようとする。指で『小さい』と『地面』かな?

 ええと…『小さい』『ちょっと』『少し』……『地面』『ここ』だとすると―――ちょっとここで―――『待ってて』だ!

 うんうんうん!わかった!

 コクコクと頷くと、ぶろーどは伝わった事に安心したようなホッとしたような顔をして、またね、みたいに手を振ってローブの人達と部屋を出ていった。

 ふう。

 何だか分からないけど、折角一人になったし、ここはゆっくり状況を整理しようじゃないの。


 私はハルシェ・リル・ランドスターク。17歳。

 ランドスターク王国の第二王女。

 神の声を聞く一族と言われる国王の父様、王妃の母様がいて、今の神子は第一王女のねえさまで。私はまだ神様の声も聞いた事ない出来損ないの姫…。だけど!これから覚醒する予定だし!ええと、ここまでの記憶は大丈夫。忘れてない。

 そんな私が自分の部屋のバルコニーから、なんでここに運ばれたんだろう。拉致ではないよね…ピカってして一瞬だったし。

 とりあえず、あの怖い王子以外は優しそうだし、酷いことされなさそう。ぶろーどは凄く…優しいし。

 何だろ、会ったばっかりなのに、ドキドキする…

 び、美形すぎるのが悪いんだ!ぶろーどめ!

 いや、ぶろーどは別に悪くないんだけど…

 とりあえず、この部屋の使い方の説明をしてくれたって事は、自由に使っていいって事みたいだし、少し休ませてもらおうかな。着てるのは部屋着だけど、まぁドレスじゃないし問題ないでしょう。


「よいしょ」


 天蓋付きのベッドは、自室のより小さかったけど十分広いし、マットもふかふかだ。

 ふー、っと深呼吸して溜息みたいに吐き出して。

 目を閉じればねえさまや父様、母様の声が聞こえてくるようで、目頭が熱くなる。


 怖い。帰りたい。

 寝て起きたら夢だったらいいのに。

 知らない場所で一人ぼっちなんて。どうして。

 ねえさまみたいに神様の声が聞けてたら、こんな風にならなかったのかな。


 結局。

 ぶろーどが戻って来るのを待たず、情報過多とか諸々の心労(?)が一気にきて、私はそのまま意識を失ってしまって。

 ねえさまに頭を撫でられる夢を見ていた気がしてふと目が覚めたら、目の前にびっくりした顔のぶろーどがいた。


「※…」


 え?え?

 ここ、寝室よ?

 乙女の寝室。

 というか、頭を撫でてくれたの夢じゃなくて、ぶろーどが実際にしてたって事?!いやー!恥ずかしい!!目尻が涙の痕でカサカサしてるから、泣き顔でもみたんだろうな。

 恥ずかしさにフカフカの布団を頭からすっぽりかぶると、ぶろーどは笑ったりせずに、布団の上からポンポンと頭を撫でてくれた。それが余計に家族を思い出させる。

 またじんわり滲む涙を我慢してたら、突然頭の中に声が響く。


『大丈夫ですか?姫』


 耳元で直接囁かれてるような、そんな声に体が一瞬で熱くなった。な、な、なにこの声。びっくりして布団から飛び起きる。


『今、私の以心という術を使って直接言葉を姫に伝えています。脳内ならば疎通が図れると思ったのですが、私の言っている事は分かりますか?』

『わ、わかる!ぶろーども私の声、分かる?』

『ええ、勿論。可愛らしい声が聞こえてますよ』


 うっ…こ、こ、この人、真面目そうで実は女ったらし?なんでこんな甘い言葉を吐くんだろ。


『女ったらし……ですか?』

『えっ』

『特に世辞を言ったつもりはありませんよ。事実のみです』


 ま、ま、待って待って。

 頭の中で考えた事、そのまま伝わっちゃうの?!

 や、やだぁ!恥ずかしすぎる!!


『いえ、伝えよう(・・・・)という意思をもって伝えなければ本来問題ないのですが……姫様が素直すぎて、思ったことがそのまま流れてきたようですね。次からは気を付ければ良いかと』


 ぶろーどのそんな言葉が頭に響いてきたけど、現実の方でクックッって笑いを堪えるような音がしてたの、気づいてるんだからね!

 とりあえず、注意深く思念?を送るようにしたら、心の中の独り言が伝わるのは避けられた。良かった。


『まずは姫様。どうか謝罪させていただきたい。言葉が通じぬ事で後回しにしていましたが、本来それはあってはならない事。この度は我が国の問題に巻き込んでしまい、深くお詫び申し上げます。言葉だけの謝罪など無意味と分かってはいますが、本当に、本当に取り返しの付かない事を我々は貴女にしてしまった』


 ぶろーどが膝を付いて、頭を下げる。


『あの、それって私がここにいる理由は、ぶろーど達が何かしたから、って事?事故、ではないよね?だって、皆盛り上がってたし、あのおっかない王子様は私に手を伸ばしてきてた』

『異世界から乙女―――聖女を、召喚する目的であの場が設けられました。聖女は存在するだけで国の護りを強化するのです』

『聖女、って……私が、ですか?私はみそっかすで、そんな力なんてありません。ねえさまとは違う』

 

 私にそんな特別な力なんて無い。

 今も何の力も感じない。


『……私は、ハズレ神子、だから……』


 ぶろーどの顔は見れなかった。

 この人に失望の目を向けられたら。

 俯いて両手を握りしめる私の手に、そっと手が重なる。


『姫様はハズレじゃありません。間違いなく聖女です』

『ウソ…』

『―――いいえ。私の命を賭けて。姫様、貴女は聖女だからこの国に喚ばれた』

『い、命、って、そんな重いもの賭けないで!』


 焦って顔を上げれば、ぶろーどの真剣な眼差しと目があった。その言葉が嘘じゃない、って分かる。分かるけど。


『一臣下の私の力では召喚を止めることは叶いませんでした。王太子―――フリッツ様は貴女を聖女に据えるつもりですが、私は貴女を元の世界へ還したい。貴女の人生は貴女が決めるべきだ』

『ぶろーど……』

『今すぐは無理ですが、必ず、必ず姫様をご家族の、愛する人達の元へ送り届けます。ですから、決して自棄にならず、希望を捨てないで下さい。私を信じて頂けますか?』


 拳に重ねられた手が温かい。

 どうしてかな、知らない世界に、知らない国にいて、言葉が通じないのに。この人には安心できるんだろう。

 私がゆっくり頷いたのを見て、ホッと息を漏らすぶろーど。

 

『元の世界へ還る為に、こちらの言語をある程度理解する必要があります。唱えなくてはならない文言があるので。姫様には申し訳ありませんが、明日から以心を使って語学を学んで頂けますか?』

『は、はい!頑張ります!!』


 お勉強は苦手だけど、なんて心の中で呟いたのがぶろーどに聞こえたみたいで、彼は目を丸くして、そして笑った。

 



 翌日。

 泣き腫らした目を心配してくれたのか、ぶろーどは癒しの魔法で瞼の腫れを元通りにしてくれた。

 癒しの魔法は私も使えるのだけど、ここ(・・)の空気が合わないのか思うように力が出せない。

 まぁ、元々みそっかすみたいなもんだけど…


 語学の勉強は考えていたよりもずっと楽に進んだ。

 私が特別出来る子とかじゃなく、先生が―――ブロードの教え方が上手だからかな。

 以心のおかげで、カタコトの会話は1ヶ月位で出来たし、絵本も読めるようになって侍女さんやローブの先生達も驚いてた。3ヶ月後には所謂『貴族令嬢』と云われる上品な作法も身に付いてきた。まぁ、元が王女だっていうのもあるわよ、勿論。

 向こうでもその手の教育は受けてきたんだし。ふふん。

 あと、何故かみんな私の事『ヘルシャ』って間違った発音しちゃってるんだけど、よく物語とかで『真名(まな)』を知られるとよくない、って言うじゃない?だからそこはあえて修正しなかった。名前を知られた為に隷属の魔法をかけられたりしたら怖いし。


 早く帰りたい、って焦りは無くはない。

 向こうの皆が心配してくれてるだろう、って分かるんだけど。

 でも、3ヶ月ここで過ごして。

 一番長く一緒にいたのはブロードで。

 離れ違い気持ちが私の中に確かにあって。

 最近は情緒不安定気味なんだよね…


「ヘルシャ様、最近お元気が無いように見受けられますが、何か心配事でも?」


 専属侍女のカルラさんが蜂蜜入りのハーブティーとお菓子をセットする。さり気ない優しさにホロッときちゃう。

 本来ならさん付けで呼ぶのは禁止なんだけど、私はこの世界じゃただの人(・・・・)だし、敬語というか、丁寧語で許してもらってる。勿論、それはブロードとカルラさんにだけ。

 カルラさんは元々お城の務めではなく、ガルディン公爵家から派遣されてきた侍女。ガルディン公爵はブロードの伯父さんらしい。顔、似てるわけだ。ブロードも実はこの国の第一王子、っていう肩書をもっているらしいんだけど、王太子は第二王子だし、ブロード自身は騎士の格好してるから、何だか複雑な事情があるんだろうな、と、そこら辺は聞かない事にしてる。

 そんな複雑なお家事情のせいか、ブロードは子供時代を公爵家で過ごしてて、カルラさんにもお世話になってたんだって。カルラさん、若そうに見えて実はいくつなんだろう……女性に年齢を聞くのはマナー違反だから、口を閉ざして貝になるけど。


「今日はブロード様がまだお見えではないからお寂しいですね」

「!!な、な、な、カルラさん、何を!」


 フフフ、って上品に笑うカルラさんと、慌てまくって顔が赤くなる私。からかわれてる、って分かってるけど、どうしても意識しちゃう……ブロードの事。

 

 私はいずれ居なくなる人間だから、特別(・・)を作らないよう感情をセーブして過ごしてきた。

 でも、無理なのよ。

 だって、あんな素敵な人と毎日ずっと一緒にいて、心が動かない訳ない。好きにならない訳がなかった。こんな、こんな恋、叶うわけないのに。神様はホント、意地悪だ。


「ブロード様とヘルシャ様は、まるで『ファーム』のようですね。王太子殿下よりも、ずっと』


 ん?

 星?私とブロードが?

 なんでそこで王太子がでてくるんだろ。

 私達王太子よりキラキラ星のよう、って事?

 あれ、待って。

 でもあの怖い王太子、私に向かって『ファーム』って言ってたっけ。んー??


「あの、『ファーム』って」

「ヘルシャ様は元々王太子殿下の聖女として召喚されたのに、実際に目をかけて下さるのはブロード様ですもの。ブロード様の聖女がヘルシャ様なのでは、と、囁かれておりますのに…王太子殿下はどういうおつもりなのでしょう」


 私が王太子の聖女?

 聖女って国に仕える者じゃないの??

 しかも、ブロードの聖女が私って、どういう事??

 聖女がファームなら、ブロードとか王太子も星=聖女にはならないはず。

 ―――待って。

 そういえば最初の頃、絵本を見ながら勉強してて、私が星を見て『ファーム』って言った時、ブロードの様子が少し変だった事があった。私の世界でも元々『ファーム』って特別な言い方だから、ここでもそういうんだってびっくりしてたけど、それって本当は。


「……ね、カルラさん。夜空に浮かぶキラキラ光るアレは何ていうんでしたっけ」

「キラキラ?ええと、(ルビ)の事でしょうか?」

「ルビ……じゃあ、ファームは……」

「ファームは唯一の人、運命の相手ですよ。ロマンチックですが、今では王族だけがその血で相手を探す事が出来る、と言われています」


 カルラさんに不審に思われないよう平気な振りをしてカップのお茶を啜った。震える手を根性でどうにか抑えて、さっきの言葉の意味を考える。

 唯一。運命。

 そんなのまるで、『(ツガイ)』を指す言葉だ。

 番。言われてみれば腑に落ちる。

 王太子が怒って剣を向けたのは、お互いに運命を感じなかったからだ。だって私の心が揺れるのはいつもたった一人の人。


 そっか。

 だからなんだ。

 意識してるのに、線を引いて、心を乱さないよう無意識にしていたんだ。

 

 ブロードが、きっと私の番。


 でも。

 彼は私を元の世界に還してくれると約束したから。

 彼が番だと分からない私の為に、彼は知らないフリをし続けてくれたんだ。

 気付くと同時に失恋するなんて、やっぱり神様は残酷だ。

 

 


「ブロード、おかえりなさい」


 その日の夜遅く、彼はやってきた。

 でも、いつもならニコって笑って返事をしてくれるのに、今日は何か様子が変。

 私は思わずブロードの手を取る。


「ブロード、大丈夫?何かあった…?」


 私を見て歪めた表情は、今にも泣きそうで。

 ブロードはゆっくりと、繊細な物に触れるみたいに優しく私を抱きしめた。


『―――君を還す時が来た』

『え……?』

『長く待たせてすまなかった。三日後、国境に出陣する事が決まった。その有事に乗じて君を送還しよう』

『出陣、って……戦争するの?貴方が戦うの?!』


 突然打ち明けられた内容に、私はブロードの胸を掴む勢いで彼に迫る。私を還す為にブロードが危険な任務にあたらなきゃならないなんて。


『……国境の結界を調べに行くだけだよ。戦争にはならないさ』

『わたしはまだ待てるよ?落ち着いてからでも……』

『それは出来ない。弟が―――王太子が三ヶ月後に君を自分の花嫁にするつもりだ』

『!!』


 あの、王太子が私を?

 番でもないのに、なんで……

 

 初対面のあの一度しかあの人には会ってない。

 その第一印象にして全ての印象は、はっきり言って最悪だ。

 あの時の事を思い出して体が震える。

 思ったより平気ではなかったみたい。


『式まで君に手を出さないとも限らない。君の安全を考えたら一刻も早い方がいい。私がいる限り、絶対、君に手出しをさせない…!』


 ブロードの腕が強く、私を包む。

 この人の側はこんなにも安心するのに、どうして私達は離れなくちゃならないんだろう。

 どうして一緒に居られないんだろう。


「大丈夫、約束は必ず果たす―――」


 ブロードに抱きしめられている私には、彼がその言葉をどんな表情(かお)で言ったのか分かっていなかった。



 


 準備の為の三日間はあっという間だった。

 ブロードは諸々の手続きで忙しく、まともに食事も取れないほど走り回っていたらしい。カルラさんがボヤいていた。

 出陣してから国境へ向かう旅の方が彼と一緒に過ごす時間が長かったし、触れ合いも多かったと思う。

 でも、伝えられない気持ちが辛すぎて、私はギクシャクしていたかも知れない。ブロードはそれを元の世界に還る緊張感からだと思っているっぽいけど。

 数日かけて目的地の国境へ着いた時、私は覚悟を決めた。

 ブロードがそう決めたのなら、彼の思う通りにしよう、って。

 何も知らないフリをして、笑顔で別れよう。

 一番可愛い顔を覚えてもらおう。

 私の事、忘れさせない。

 いい思い出としてずっと、ずっと残してやる、って。


「では聖女様、参りましょう」

「……はい」


 一緒に来た軍の人達には、お仕事は明日からって伝えて森の手前で待機してもらった。

 森を越えたら国境の高い塀と砦があるらしい。

 ブロードに連れられて、森の奥へと入る。

 幌馬車の御者台に二人で乗って、幌の中には召喚に関わった魔術師とかがいるみたい。ブロードは『保険の為』って言ってたけど、正直中を見るのが怖いからそれ以上質問しなかった。


 ブロードが馬車を停めたのは、湖の前。

 手前が少し開けた所で、こんな時でなければ景色を楽しめたのにと残念に思う程度には美しい場所だった。

 ブロードは紐のついた鞄から瓶を取り出して、キラキラ光る粉で地面に魔法陣を描いた。大きさはブロードの両手を広げた位の円陣。私が習った言葉じゃない文字を使って描いているから、古語とかそういう類かな。模様も文字も、とても綺麗だった。

 

「完成だ」


 さぁ、とブロードに手を引かれて魔法陣の中に立つ。

 どういう原理なのか、魔法陣は踏んでも線が消えたりとかしなかった。

 これで、私は家族の元へ戻れる。

 やっとという思いと、ブロードへの気持ちで心は晴れない。

 覚悟、決めたはずなのに。


「私の後に続いて呪を唱えて。祝詞のようなものだから。君達の信じる神へと祈るように、願って。『帰りたい』と」

「………」


 言葉が出ない。

 なんで、なんでブロードは平気なの?

 私はこんなにも辛いのに、あなたは。


「?どうしたの、姫。大丈夫、私の言う通りに言えば失敗は」

「ブロードはわたしの『運命の番』だって聞いた。どうして隠してたの?わたしが番だと迷惑?わたしが嫌い?」


 ああ、やっぱり駄目。

 知ってしまえば我慢なんて出来ない。

 ブロードの方を見れなくて、彼がどんな顔してるか怖くて、私は俯いたままそう言った。

 ポタポタ落ちる涙が雨みたい。


「……迷惑でもないし、嫌ってもない。君が大事だから、大切だから、君の大切なものを捨てさせたくないんだ」

 

 絞り出すような声。

 私が番だと知っても否定も動揺しない事にホッとした。

 でも。でもね。


「君を愛する人達、君が今まで培ってきたもの、君の努力も全て、我々の事情で奪ってはいけないんだ。だから君に還す。君の愛するものを」

「ブロード!」


 そうじゃない。

 違うんだよ、ブロード。

 私が大切なものは。


 私はブロードの言葉を遮って言う。

 伝えないといけない。


「…わたしが、わたしが愛するものの中には、貴方もいるのよ…?その気持ちはどうなるの…っ!置いていけというの!?」

 

 ブロードの目をしっかりと見て言った。

 顔を上げても涙は止まらない。

 彼は少し驚いて、そして、まるで愛しい人を見るみたいに、嬉しそうに微笑む。


「……貴女の手を取り、逃げ出そうと思った事もある。でも、それではきっと君の本当の笑顔(・・・・・)は失われてしまう。だから、この世界では駄目だ」

「じゃあ、わたしと一緒にいて!一緒に向こうへ…」


 そうだよ。

 一緒に渡れば……

 でも私の提案はすぐに否定された。


「異界への扉が開いたままでは危険なんだ。閉じなければ、君の世界にこの世界の人間が雪崩込んでしまう。だから、君が渡ったら私が扉を閉じなくては。それが私の運命(さだめ)だから。君を安全に送り届ける為に、きっと私は生まれた」


 優しく、言い聞かせるようにブロードは言った。

 小さい子をあやすように頭を撫でられる。

 

 神様。

 どうして別れるのに私達を出会わせたの。

 あなたの声を聞けない落ちこぼれの私への試練なの?

 知らなければ、愛なんて知らずに生きていられたのに。


 きっとこの人もずっと悩んできたんだろう。

 だって、ブロードの目は全て諦めてる。

 私より賢いこの人が調べ尽くした結果なんだとしたら、それでこの結論なんだとしたら、納得するしかないじゃない。

 この胸をジリジリと焼くような痛みも、ブロードは一緒に耐えてくれるんでしょう?


 でも、でもね。

 わかってても涙が止まらない。

 泣いて叫んでもブロードの決心は揺らがない。


 私はゆっくり顔を上げた。

 ブロードはそれを確認して術の続きを始める。


「では、私の後に続いて―――我、運命の扉を開く者。我の道を照らせ、綴れ。繋がりし彼の地へ続く道を示し給え」


 ブロードの言葉を追うように唱えたら、魔法陣の上に扉が浮かんだ。


「さ、開けてごらん」

「う、うん」


 ノブを回して扉を開く。


「あ……」


 扉の向こうには懐かしい景色が、空が広がっていた。

 煌めく星空と、その下にあるテラス。

 数ヶ月前、誰かに呼ばれた気がして部屋からテラスに出て、そしてこちらの世界に召喚されてしまった、その場所。

 ドアノブから手を離し、一歩、一歩中へと歩き始める。


 これで帰れる。温かい場所に。

 大切な家族の元に。

 忘れられる。

 怖い思いをした事。

 この世界で会った優しい人達を。

 

 ―――本当に?


 私は足を止めて振り返った。


「……ね、ブロード。一つだけ、お願いがあるの」


 勇気を出せ。

 これで最後なんだから。

 最高の顔を見せるんだって決めたんだから。


「…私が叶えられるものなら」


 その返答にホッとした。


「……あのね、ブロードがわたしの事、ずっと『姫』とか『聖女』って呼んでたの、それって、情が移らないようにするため、でしょ?」

「…っ」


 知っていて知らないフリをしてきたのは、私も情を移さないように気をつけていたから。でも、それももう。


「だから、ね。最後だから。最後くらい、名前で呼んでほしいの。駄目、かな…?」


 ブロードは私の願いを聞いて、眩しそうに笑った。


「―――ああ、そうだな。呼ぼう、君の名を」

「……あのね。ブロードだけに言うけど、私の本当のなまえ『ハルシェ』っていうの」


 名前に関しては、真名(まな)を知られる事でこの世界に縛られる、という危険性を心配して訂正しなかった、って説明する。


「そうか、君の名はハルシェ、というんだな」

「……うん……」

「ハルシェ」

「……っ、うん…!」

「ハルシェ、君に逢えて良かった」

「…わた、しも、ブロードに逢えて良かった。いっぱい、いっぱい優しくしてくれてありがとう…!!…っ、大好きよ、ブロード!!」


 ほんとに、ほんとに大好きだから。

 だからさよならしてあげる。

 精一杯の笑顔でそう言った。

 貴方がずっと私を忘れないように。

 この決断を後悔しないように。

 貴方のために、私は笑うから。


「―――世界の番人よ、異界を繋ぐ扉を秩序を以ってその力で閉ざし給え」


 そうして、啜り泣きがバレないようブロードに背中を向けて歩き始めた。後ろ髪を惹かれる思いで、鉛のように重くなった足を前に出す。一歩一歩。

 この世界の思い出には全部、ブロードがいるから。

 ずっとずっと、私も覚えていよう。


「〜〜〜っ、ハルシェ…っ!!」


 ―――え?


「?!ブロード?」


 名前を呼ばれて振り向けば、ブロードが私を真っ直ぐ見つめていた。


「―――愛してる、ハルシェ」

「!!」


 なんで、どうして…


「初めて会った日からずっと、君を―――君だけが、私の愛。私の希望。どうか、どうか幸せに」


 だめだ、この人は。

 きっと―――死ぬつもりだ。


 走れ、走れ!!

 もっと早く動いて私の足!!

 ブロードを止めなきゃ!間に合って!!

 

 扉は段々薄くなっていく。

 世界の繋がりが消えようとしている。

 ブロードの姿も。


「っ、いやっ!やだっ!!ブロー、ドっ!わたし、ここに残る…!やっ、おねがい…!!神様、ねえ、いやだ!つれていかないで、ブロード、しんじゃだめ!!だめ、やめて!かみさま!かみさま!!たすけて!いやああああ…っ!!!」


 ブロードに向かって必死に手を伸ばすと、それに気付いて彼も同じように手を伸ばしてくれた。

 あともう少し。指先が触れる。


「あ……」


 間に合った、と思ったその瞬間。ブロードは光の粒子みたいに弾けて、溶けるように消えた。

 いや、違う。

 私が彼の世界から、消えたんだ。


「……なんで、っ、なんでよぉっ!!私は、わたしはあっちに残るって、ブロードのそばでいいって、そう思ったのに…!!だいっきらい、かみさまなんて、神様なんてだいきらい!!戻して!私を彼の世界にかえせ―――っ!!!」


 




 

 静かな世界。

 真っ暗な中から眩しさで目を細めたら、涙でいっぱいなねえさまと、父様と母様がいた。


「……私……ここは……」

「ここは貴女の部屋よ。気分はどう?」

「………」


 私の部屋。

 うん、確かに見覚えがある。

 でも何か、そう、みんななんだか…


「みんな、痩せた…?」


 私の知る家族に間違いはないけど、笑顔だけど、私の記憶の家族よりほんの少しだけ細くなってる気がする。


「少し、ダイエットになったわね。父様はちょっとお腹周りがアレだったから丁度良かったのよ。貴女は……健康そうで良かった」


 そう言って母様は私を優しく抱きしめた。


 ああ、そうか。

 私は帰ってきたのね。

 3ヶ月も行方不明になってたんだもの、心配してない訳ない。大切に思ってくれている。


「お帰りなさい、ハルシェ」

「うん。ただいま―――」


 あのね、と私が続けようとすると、ねえさまは「大丈夫よ」と笑った。


「星渡りで貴女が違う世界に連れ去られたのは分かっている。そしてそこでハルシェのたった一人の人に出逢ったのも」


「……ねえさま、ねえさま、どうしよう。ブロードが、あの人が死んじゃう……お願い、彼を助けて…!ハズレ神子の私じゃ何も出来ない、助けられないの…!お願いします……っ」


 寝ていた身体を起こして、ねえさまに縋り付く。

 神様の声を聞けるねえさまなら、神子のねえさまならきっと。


「……大丈夫よ。落ち着きなさい、ハルシェ。貴女はハズレなんかじゃない。貴女は星の巫女。星の嘆きを聞く者、星の憂いを癒やす者。そして、星の願いを聞く者。さぁ、貴女は誰の声を聞いた?」


 私が、星の―――巫女?

 神様の声が聞こえないのはそのせいなの?

 私が聞いた声は……

 そうだ、あの時呼ばれたのは、てっきり召喚の為だと思っていたけど、違う。だって、あの声は。


『―――お願いします、あの子を、私の息子をお救い下さい』


 声が、した。

 声の方に視線を向ければ、そこに綺麗な女の人が立っていた。その顔に親近感を覚えるくらい、私はその人を知っている。


『カルラさん……の?』


 女性は頷付く。儚げな笑顔。

 笑顔もカルラさんにそっくりだけど、もう一人、その笑顔に似た人がいる事に気付いた。だって、何度も見てきたから。


『ブロード…のお母さん、なんですね』


 私を呼んだのはこの人だったんだ。

 この人の願いを星が届けてくれたのね。

 お母さんがいるって事は、まだ間に合うって事だよね。

 だって、彼女の願いは。


「ねえさま、力を貸して下さい。私は、あの人(ブロード)を助けたい。だって、運命の―――(ひと)だから」


 ねえさまにしっかりと向き合ってそう言うと、「それでこそ私の妹だわ!」と笑った。




 それから3週間ほど、神力―――ううん、私の場合は星力?というのかな、それを安定させるために修行をしなければならなかった。ねえさまの指導の元とはいえ、相当キツかったけど、泣き言も言わないでくらいつく私に、ねえさまだけじゃなく、周りの人も驚いていて。

 そして、星力だけでなく、治癒力も上がった私のそれは、ねえさまをも凌ぐ力となっていた。


 1分1秒でも早く、ブロードに会いたい。 


 彼は命を懸けて私を逃してくれたけど、私は彼と共にいる未来を選びたいから。


「さあ、始めましょう」


 ねえさまが神子の力で異界の門を開ける。


「―――私だけじゃ貴女のいる世界と繫げることが出来なくて……それで貴女を助けられなかった。でも、今はハルシェ、貴女が共にいてくれるから、今度は出来るわ。さ、貴女の力で星と星を繋ぐのよ」

「はい!」


 目の前に大きくそびえる重厚な扉。

 私はそれをゆっくりと押す。

 

 どうか、どうか。

 私の大切な人の元へ繋いで下さい。


 開かれた扉の向こうには闇が広がっていたけど、一つだけ、はっきりと光が見えた。あの先に、ブロードがいる。

 駆け出した。

 早く、早く―――

 でも光の先にあったのは、左腕を失くし、血溜まりの中に倒れていた彼の姿。


「……そ、んな……うそ…」


 周囲を確認する余裕もなく、そのまま彼に走り寄った。


「ブロード!!しっかりして!ねえ、目を開けて!!」


 声をかけながらありったけの治癒をかける。

 どうかどうか、間に合って。

 命の灯を消さないで。


「ハルシェ…?」


 治癒が効いたのか、少しだけブロードの瞼が開く。

 

「ブロード、あなた、目が、……」


 彼の綺麗な青い瞳が、片方、失われていた。

 腕と瞳。

 どれだけの死線を潜ったんだろう。

 涙が止まらない。それでも治癒をかけ続ける。


「……良かっ、た、最期に、君を、思いだ、せて」

「最期、なんて、言わないでっ…!」

「……すま、ない。もうよく、聞こえない、んだ。ほら、泣かないで、…最期に、見る、のは、笑った、顔が……」

「笑った顔くらい、いくらでも見せてあげるから、っ、生きて。私と一緒にいこう?」


 ブロードはうん、と言ってそのまま目を閉じてしまう。

 気持ちよさそうに眠る顔に思わず笑って、私は星の力でねえさまの元へと戻った。

 私達が消える直前、あの綺麗な人が『ありがとう』って手を振っているのが見えた。








 そうして。

 ねえさまの開いた扉から戻ってきた私達だけど、連れ帰ったブロードに父様と母様は泡を吹く勢いで倒れた。

 私が言う事を聞かない彼にこんな酷い事をして拉致してきたのかと思ったらしい。「だって見るからに美形なんですもの…お母さん、貴女が恋焦がれるあまり道を踏み外したのかと…」なんて、失礼すぎない?!

 

 ブロードの裸を見られるのは嫌なので、侍女達に頼まずにシーツだけ引き直して私のベッドへ乗せる。さすがにそこは男手が必要なので兵士の皆さんにお願いしたけど。

 昏昏と眠るブロードが目を開けたのはそれから10時間ほど過ぎた翌朝で。私はというと、耳元でおはよう、とか、背後からの熱い抱擁で、とかじゃなく、彼の言葉にならない絶叫が目覚ましとなって覚醒した。


「な、な、な、な………!?きみ、ハル、シェ?何故、ここに」

「ふわああぁ、おはよ、ブロード」

「あ、ああ。おはよう」


 混乱してるのに挨拶をちゃんと返してくれる律儀さ。好き。


「何故か、ってここは私の部屋で私のベッドだからでーす!ちなみに一緒に寝てたよ」

「!!?」


 ブロードはババっと、私と自分の衣服の乱れがないか交互に見て、そしてほっと息を吐いた。いや、何もないですって。


「流石にあの怪我治した後だから、私も疲れちゃって。ブロードの様子を見るつもりでそのまま寝ちゃった」

「怪我…?―――な……っ!?腕が、目も……一体これは……」

「私の治癒の力で治したよ。あんな、無茶して……死に急ぐような戦い方してたんでしょ」


 じとっと睨み付けるとブロードは困ったように目を逸らす。


「……君を失って、生きる意味など無かったから……」

「だから一緒にいる、って言ったのに。私はブロードと逃げても良かったんだからね?」


 ぷんぷん鼻息荒く怒る私を見て、ブロードはふっ、と、柔らかく微笑んだ。なにこれキラースマイル?うっわぁ…眼福。


「……有難う。ハルシェ」


 そう言ったブロードに抱き寄せられて、その壮絶な色気にキャパオーバーな私は気を失った。その後ねえさまに叩き起こされるまで、私はブロードを掴んで離さなかったらしい。我ながら凄い根性だわ。





 その後の話はというと。

 ブロードはあんなに大怪我をしてたと思えない程、普通に過ごしている。日々の鍛錬も欠かさないので、それを眺めてはドキドキする私の日常。向こうで3ヶ月も一緒に過ごしたのに、思いを伝えあった今とじゃ気持ちの有り様が違うのかな。


 私を向こうに喚んだのはブロードのお母さんだった事は彼に伝えた。その時にブロードの生い立ちとか、本当は公爵様の息子だった事とか。あとカルラさんはお母さんの妹さんだった!そんな高貴な人がなぜ私の侍女に…って言ったら、信用できる人がいなかったから、だそうな。なるほど。


 私達は今『婚約者』という形で側にいる。

 私は向こうで言語習得にたいそう苦労したのに、ブロードはというと、何やら魔法を使って一瞬で解決してしまった。ええ…

 今の所、ブロードは私の専属護衛騎士というお仕事だけど、時々難解なお仕事を任されたりしていて、父様や大臣達の信頼もいつの間にか得ていた。元々この国の人は信仰心が高いから、王族には特に敬意を払ってはいたんだけど…よその世界から来たブロードにまで、何かおじさん達が目をキラキラさせて仕える気がするのよね。気の所為?

 まぁブロードって元々王族だから、彼の纏う空気がそうさせてるのかしら…カリスマ…?

 ねえさまは自分は神の嫁だと早々に独身宣言をして、私の婚約はどこからも文句が出なかった。ねえさまが神の声を『神託』したというのもあるけど。


 あの国が、ブロード達を苦しめたあの人達がどうなったか。

 星詠みの力を使って映し出された虚像で知ったのは、王や王妃、そして王太子の誰にも尊厳など与えられなかった、という事だ。


「あの男のせいで色んな人の運命が狂わされたから、同情は出来ないし、死んだからといって許す事もないよ」


 そう言って遠くを見るブロード。

 復讐を果たしたのは彼のお父さんである公爵様だ。

 愛する人を失って、それでもその人との息子がいたから公爵は耐えていて、なのにその息子まで、ってなれば自棄になって行動を起こしても無理ないよね…人を害する事を推奨する訳じゃないけど。

 

「これで嫁を異世界から拉致しなくなったんだし、良かった良かった!ブロードを異世界から連れてきちゃった私が言うのもなんだけど……」


 そうだよ。

 私も『婿』を連れ出しちゃってる。

 ででででも!ブロードのお母さんに頼まれたんだし。

 大丈夫大丈夫。


「ハルシェは元々そんな風に話すんだな」

「うん。向こうでは洗練された?言葉を教わってたし、ちょっと猫をかぶってたから。おかしい?」

「いや、年相応で…可愛らしいよ?」

「っ!ま、またそうやってからかう…!」


 だって、仕方無いじゃない!

 いいトコ見せようって見栄張ってたんだもん…


 ハハハ、と笑うブロードの笑顔にあの頃の陰りはない。

 隠す必要のない愛情を惜しみなく私に与えてくれて、私もそんな彼に同じ気持ちを返してるつもりだけど、ブロードは自分の方が相当重いから自重しているんだと言う。

 自重しなくていいよー、なんて軽く言ったら初めてなのに腰が砕けるようなキスをされたので、結婚式が済むまで自重して下さいってお願いした。いやほんと、ブロードの方が猫かぶってたわ。猫かぶり狼。なにそれかわいい。


「番なんて、まるでおとぎ話みたいだなーって思ってた。乙女の夢みたいなとこあるよね」

「……執着はそんな生優しいものじゃないけど、ハルシェが嬉しいならいいよ」

「いいのいいの!だっておとぎ話の終わりはいつも『めでたしめでたし』だもの!」

「そうだね、ハッピーエンドだ」

「でしょう!」


 そう言ってブロードに勢いよく抱き着く。

 ブロードは難なく私を受け止めて、優しいキスを落とした。


 私達の指には同じデザインのリングが光っている。

 それは永遠を謳うもの。

 番の、鎖。




・・・・・HAPPY END ルート






こちらはハルシェルートではなく、ハッピーエンドルートです。



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