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憂鬱な朝、うるさい坊主、元気なアホ

 午前八時。

 空は快晴。

 朝の教室には心地の良い朝日が入り込んでいる。

 五月ということもあり、昼は少し暑くなりそうだ。


 しかし、そんな空の様子とは対照に陰鬱な雰囲気を漂わせ一人机に突っ伏している男がいた。

 その名は一条祐樹。

 生殺与奪の権を他人に握られている哀れな男だ。


「はぁ……」


 無意識に口から漏れ出るため息。

 原因は明白。

 昨日突如部屋に現れた、ステラと名乗る女だ。


 勇者、魔王、契約、代償


 思い出すだけで頭が痛くなってきた。

 気晴らしも兼ねて学校へとやって来たわけだが、一人の時間が増えると余計に考え事をしてしまう。


 ステラはというと、


「学校? 行ってきなさいよ。確かにユーキの力を目覚めさせることが最優先だけれど、朝からつきっきりでやったからといってどうにかなる問題でもないわ。気を張り続けるなんて馬鹿のすることよ。私の方もこの世界について情報収集したいから、あなたの学校が終わり次第続きをしましょう」


 そう言って、俺の部屋の窓から颯爽と飛び降りていったのだった。


 うーん、異世界!


 止める暇もなかった。


 「お前みたいな奴が街をうろついていたら騒ぎになる」、とか。

 「交通ルール知ってる? 車に轢かれたりしないよな?」、とか。


 懸念は尽きない。

 ただまあ、ステラなら上手くやるのだろう。


 昨晩だって、我がステラ姫はどうやって手に入れたのか知らないコンビニのチキンやおにぎり、菓子パンを


「んっ!! これおいしいわね。流石私、ものを見る目も一流よ」


とかなんとか言いながら、おいしそうに召し上がっていた。


 俺の部屋で。

 五十個くらい。


 何から突っ込んでいいか分からなくなった俺は、ただただその光景を眺めていた。

 コンビニ飯のはずなのに、ステラの食べ方の節々からは気品が感じられ、それがなんだか悔しかった。


 悔しいと言えば、寝るときもそうだ。


 突然、


「じゃあ私、寝るから。流石に疲れたわ。おやすみなさい、ユーキ」

 

 そしてためらいもなく、俺のベッドで横になりやがった。


 まじでなんなんだよあの女。

 しかも、そんな理不尽を受けてなおステラの寝顔と、女子が自分の部屋で寝ているという状況に緊張してしまった自分が情けない。


 無駄にいい顔しやがって。


 鬼畜悪魔食いしん坊女のくせに……。


「はあ……」


 止まらないため息。


 解決すべき課題は山積みだ。


 と、


「おーい、なに朝からしけた面してんだよ。このさぼり野郎めっ!」


 バシッ。


 勢いよく背中を叩かれる。


「いてっ! なんだよ朝からうるさいな」


 俺は机から顔を上げる。

 俺の様子を見ながらニヤニヤとしている、高身長の坊主頭。


 やっぱりこいつか。


 高校で友達になった、小木正道だ。


「ったく、朝からテンション高いんだよ正道。というか、昨日の休みはさぼりじゃないからな。のっぴきならない、それはそれは凄い事情があったんだ」


「なんだそりゃ? 別に誤魔化さなくていいって。先生にチクったりなんかしないからよ」


 まったく信じていないようだ。


「だーかーら、さぼりじゃねぇっていってんだろ。てか、休み明けの友達にかける第一声がそれか?」


「ほう。言うじゃないか。じゃあ、その凄い事情ってのを聞かせてもらおうじゃないの」


「事情か、それは――」


 あー、どうしようかな。

 普通ならこういうことは黙っておくべきなんだろうけど――、正道だしいいか。

 案外人に話すことで解決策が見えることもあるし。


「なんだ? やっぱりさぼりか?」


 正道はニヤニヤと楽しそうにしている。


 うん。

 なんだかこのまま黙って揶揄されるのもムカつくし、思い切って話してやろう。


「いいぜ、教えてやるよ。昨日、鬼畜異世界美少女に腹パンされて『私を守りなさい!』と言われた話なんだが――」


「おおい! まてまてまて」


 まだ何も話していないのに正道からストップがかかる。


「なんだその頭の悪そうな語り出しは! 新作のライトノベルかなんかか?」


 案の定という感じのツッコミ。


「だったらどれほどよかったことか……」


 俺だって、こうして学校にきて友達と話していると昨日のことが全部嘘のように思えてくる。 


「じゃないとすれば、本格的に頭がおかしくなったのか? 可哀そうに。俺が悪かった。まさか、俺ほどではないが身長も高く、顔もいいし運動もできるのに、まったくと言っていいほどモテないという現実が、祐樹をここまで苦しめていたとは……」


 しみじみと語る正道。


「おいおいおいっ!! なに人が気にしてること全部ぶちまけちゃってくれてんの!? はぁ? 違うが? 別にモテないからっておかしくなったわけじゃないんですけど!!」


 俺は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐の坊主に抗議せねばならんぬと決意した。


「分かってるよ。もう、いいんだ。これはお前が悪いんじゃない。社会が悪いんだ。だから、泣いたっていいんだよ」


 正道は慈愛に満ちた表情を向けている。


「――いいぜ。そっちがその気ならやってやるよ。喧嘩じゃぼけい!」


 俺は、先ほどまでの悩みも忘れて立ち上がる。


 その時、ドタドタドタと聞こえてくる足音。

 俺が振り向く前に、再び背中を叩かれる。


「おはよー! さぼり君みーっけ!」


「ぐはっ!」


 痛い、なんなら正道のときより痛い。


「手加減しろよ、このバカ。ああもう……、俺の周りにはどうしてこんなやつらしかいないんだ」


 オレンジの髪をポニーテールにまとめた、運動全振りの幼馴染(アホの子)

 香坂陽葵が元気よく俺たちの決闘に割り込んできた。


「香坂! おはようさん。今日も元気いっぱいだな」


「おうともよ! おはよう小木君! 小木君は今日朝練なかったの?」


 陽葵がバットを振る真似をしながら正道に聞く。


「ああ、今日は休みだ。こいつに聞きたいこともあったし、丁度よかったぜ」


 そう言って、正道は俺を指さす。


「そうそう! 朝から二人で何を盛り上がっていたの? 私にもおしえてよー」


 陽葵は俺の両肩をつかみ、ガクガクと前後に揺さぶる。


「やめ、のうが、ゆれ――」


 ガクンガクンガクン。


「香坂。その辺にしといてやれ。じゃないと、俺たちが祐樹の朝ごはんともおはようしなくちゃいけなくなる」


「うわわ、ごめんごめん。いくら幼馴染でもゲロは見たくないや」


 陽葵はぱっと手を放す。


「う、うぇ……」


 えずく俺。


「ゆ、ゆー君。大丈夫? トイレ行く?」


 やさしく俺の背中をさする陽葵。


「ああ、ありがとな――って、お前のせいだよ!」


 無防備な陽葵にデコピンをおみまいしてやる。


「なっ!? いたーい! なにするんだよぅ。暴力反対暴力反対!」


 うがー、と威嚇してくる陽葵。


「言ってろ言ってろ」


 全部に付き合っていたらきりがない。


「うー。で、結局なんの話だったの?」


「ああ、それな。祐樹ってどうしてモテないんだろうという話だ」


「おい。正道おい」


「あー、なるほどね。うーん、ゆう君がバカだからじゃないかな? 私の友達にもバカな男子は嫌だって子いるよ」


「陽葵にだけは言われたくねーよ。というか、え? 俺がモテない理由って本当に成績の問題なのか?」


 だとしたら、かなり絶望的なのだが。


「どうだろー……。私も気になって友達とか知り合いの女子に聞いたことあるんだけどねー」


 なに!?

 ちゃっかりとんでもないこと聞いてんじゃねーか!


「おお! それで結果は?」


 正道が続きを促す。


「いや、それが変なんだよね。祐樹の話題をふると皆目を逸らして気まずそうでさー。祐樹が嫌いってわけじゃなくて、まるでなにかを怖がってるみたいで……」


「は? どういうことだよ」


 女子が何かを恐れている?

 まるで意味が分からんぞ。


「それが分からないから私も不思議だなーって」


 すると、正道が真剣な顔つきをしだした。


「最初は冗談だったんだが、なんだかマジで気になりだしたな……。なあ祐樹、お前この学校の一年生に妹いたよな。妹には聞いたことないのか?」


「詩織のことだろ? 冗談はよしてくれ。詩織にそんなこと聞いたら、不純だーとかまず勉強を頑張れーとか、お説教コースだぞ。しかも、気になる女子がいるのかとか根掘り葉掘りしぼりあげられるおまけつきだ」


「おう……、それはなんというか、強烈だな」


 若干引き気味の正道。


「あはは、しーちゃんは昔からゆー君のことが大切だからね。愛ってやつかな? 本人に言ったら怒られるけど」


「まあ、詩織はそういうところも可愛いんだけどな!」


 あはは、と笑う。

 詩織のことを考えていたら、なんだか心が穏やかになってきた。


「詩織――って、ああ!」


 正道が突然思い出したかのように叫ぶ。


「な、なんだよ」


「いや、どこかで聞いたことある名前だと思ったら、美人ってことで有名な今話題の生徒じゃないか! しかも頭いいんだろ? 入試で一番だったって」


「おお、よく知ってるな。そんなに有名なのか?」


「そりゃもう。うちの部活でも頻繁に話題にあがるくらいには。今度会わせてくれよ」


「はぁ? なんだてめぇ、詩織狙ってんのか? 殺すぞ」


 反射的にでた殺害予告。


「うわ、こわ! シスコンが過ぎるだろ。安心しろよ、俺は年上の美人女優にしか興味ねーから」


「ああ、知ってる。だからお前と友達やってんだ」


「ええ……、リアクションに困るぅ」


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが校内に鳴り響く。


「ありゃ、もう時間? またあとでね、ゆー君」


「グッバイ、祐樹」


 二人は各々の席へと向かっていった。


 俺は再び自分の席につく。


「あ゛ー、なにも解決してねー」


 先生が来るまでの間、俺は再び机に突っ伏すのだった。

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