第42話 争う人間
白い煙の上がる方へ駆けていく二人がいた。
同じ方向に走る大人たちを、二人は軽々と追い越していく。
「なんだあの子たちは!?」
「ものすげえ速さだぁ!」
追い抜かれた大人たちが驚き、声をあげるのを置き去りにしていく。
煙が上がっていたのは、街に入ってすぐだった。
そこには人間たちが集まっており、遠巻きに見ていた人の群れが散り散りに逃げ出し始めている。
走る速度が少し緩まった。
「お、おい! 子供は来るんじゃない! 逃げろ!」
「聞いているか! 早く逃げろって言ってんだよ!」
「待て! それ以上行くな! 殺されるぞっ!」
私たちを見て、顔を赤くした人間たちが声を荒げている。
マリーとリオンは、その声に目を配るだけで、息を荒げることもなくそのまま進む。
ポケットに隠れながら、こっそりと周りを見る。
そして、街に入るとすぐに燃えさかる建物が見え、足を止める。
私は、そこで人間たちの争い合う光景を目にした。
すでに、薄汚れた服を着た人間が何人も血まみれで倒れている。
「ふはははっ! 抵抗すると、どうなるか分かっただろう!」
ひときわ目立つ身なりの良い男が、下卑た笑い声を上げている。
どうやら、この男が率いる群れと、貧しそうな人間の群れで争っているようだ。
貧しそうな人間側が不利なのが一目で分かる。
そんな貧しそうな群れの中から、一人の男が歩み出た。
「私たちは話を聞いてほしかっただけだ! このままでは、みな飢え死にしてしまう! なぜこんなことをーー」
身なりの良い男はスッと手を振り下ろすと、すぐさま前に出た兵士が剣を振るう。
歩み出た男は話も途中で、その兵士に斬られて倒れてしまった。
「食べ物が足りないんだろ? 俺が解決策を考えてやった! お前たちを間引いてやるんだ! 感謝するんだな!」
身なりの良い男は嬉しそうに笑った。
貧しそうな人間たちは、絶望の表情を浮かべている。
一人の女性が飛び出して、倒れた男に覆い被さった。
一言を交わし、男は息絶えたようだ。
女性は涙を流し、指を組み、何かを呟いている。
その声が、かすかに聞こえた。
「……神様」
身なりの良い男は女性を鼻で笑い、腕を振り上げる。
「やれ!」
その言葉で、後ろにいた兵士たちが一斉に剣を構え動き出す。
女性は空を見上げて祈り続けている。
「……どうか神様」
胸の奥が熱くなるのを感じる。
初めて感じる感情だ。
あの人たちを守らなくてならない。
飛び出そうと動いた私を、マリーの手が止めた。
「リオン。助けてあげてよ」
マリーの言葉と共に、リオンが消えた。
次の瞬間、剣を振り下ろそうとした兵士たちが、次々に倒れていく。
高速で動くリオンを目で捉えることができた。
素手だけで兵士たちを薙ぎ倒している。
殴り、蹴り、掴み、投げる。
次々と吹き飛ばされていく兵士たち。
圧倒的な力の差だ。
兵士たちは少しの抵抗もできず倒れてしまった。身なりの良い男と一人の兵士を残して。
リオンは足を止め、身なりの良い男に視線を移す。
動きの止まったリオンの表情が見えた。
息ひとつも乱すことなく、無表情だ。
少し恐ろしい感じもする。
「な、なな、なんだ!? 子供? どうなっている!?」
明らかな動揺を見せる身なりの良い男。
「ティア、ここは私たちに任せて。……よく見ておくんだよ」
いつもとは違う、悲しそうなマリーの時の声だ。
マリーはリオンのもとへ歩き出す。
「また子供か! お前たちは何なんだっ!? なぜ邪魔をする!?」
騒ぐ身なりの良い男のもとへ、また兵士たちが集まり始めている。
もっとも、この惨状を見た兵士たちの顔は青ざめており戦意は低そうだ。
「マリー、いいのか? こんなやつら相手にしたって意味ないぜ?」
周りを見渡すリオン。この悪そうな人間側だけでなく、貧しそうな人たちも含まれているような言い方だ。
「今日は特別なの。私は大丈夫だよ」
マリーにそう言われ、私を見るリオン。
たぶん、私に人間を見せるためにマリーは動いてくれている。
リオンもそう思ったのだろう。
「マリーに従うよ」
リオンは口を閉ざすことにしたようだ。
そして、マリーが人間たちに話しかける。
「君たち、何やってるの?」
身なりの良い男の顔が赤くなっていく。
「何だとっ! 俺を誰だと思っている! 子供ごときが偉そうな口を聞くなどっ!」
「君、うるさいよ」
マリーから威圧感が発せられる。
身なりの良い男の顔に汗が吹き出す。足も震え出し、立っていられないようだ。
周りにいた人間たちも、次々に腰を抜かして座り込んでいく。
いつの間にか、人だかりができ始めていたようだ。
「何をやっていたの? 何でこの人たちを殺したの?」
マリーの質問に答える者はいない。
静寂とした空気の中、燃えていた建物が崩れ落ちる音が響く。
マリーは無表情で、その顔からは感情を読み取るのは難しい。
怒っているのか悲しんでるのか、でも、なんだか切ない感じだ。
「そ、その服装……王族か? だとしたら、俺の仲間だろう? なぜ邪魔をする?」
身なりの良い男は、震えながら声を絞り出している。
「君の仲間になんてなった覚えはないよ。もういいや。壊れてちょうだい」
「は?」
マリーの魔力が集まり、魔法陣が編み込まれていく。
見たことのない魔力の使い方だ。
生きものを創造する時の力に似ている。
「罪を償え」
詠唱とともに、マリーの魔力が身なりの良い男を包み、男は口から泡を吹き倒れてしまった。
その男の率いた兵士たちは、呆然とその光景を眺めているだけであった。
マリーが威圧を解くと、貧しそうな人たちから喜びの声が上がり始めた。
「あ、あの! まだあそこに残された者がいるのです!」
燃え落ちていく建物を指差して声を上げる人がいた。
街の人たちに動揺が走る。
「ティア、助けたい?」
「当たり前なのです!」
マリーの質問に、間髪入れず答える。
マリーは微笑むと、また魔力を操り始める。
魔法陣から察するに、風を呼び雨を降らすようだ。
マリーが空に向かって手を挙げて詠唱を済ますと、風が強く吹き、雨が降り始め、あっという間に建物を消火してしまう。
周りから、驚きの歓声があがる。
それからは、火事場の救出、怪我人の救護が始まった。
人間たちは、お互いに声を掛け合って動いている。
救護には、敵対していたはずの兵士も混ざっていた。
涙する声が、そこらじゅうから聞こえてくる。
死者も多く出たようだ。
私たちは、ただその光景を眺めていた。
「星の神でございますか?」
「そうだよ」
一人の女性がおそるおそる話しかけてきて、それにマリーは淡々と答える。
おぉぉ! と、感嘆の声が上がる。
人間たちは、感謝を述べる者、ひれ伏す者、祈りを捧げる者、立ちつくす者、離れていく者と多様な反応を見せてくれた。
マリーとリオン。人間たちの行動に大きな反応を返すことはなく、時々頷き返す程度だ。
しばらくすると、その中から私たちに一人の少年が近づいてきた。
血で濡れた服に、泥だらけの足。
涙を流し、私たちを睨みつけている。
「神様なら……神様なら、何でもっと早く助けてくれなかったんだよ!」
私たちは、少年に悲鳴のような声で糾弾されてしまった。
マリーは一瞬悲しい顔をしたが、すぐに無表情に戻る。
黙っていたリオンがマリーの肩に手を置いた。
「もう行こう」
マリーは俯き、翼を出して空に飛び立つ。
リオンは翼に驚きながらも、マリーの後を追うように空へ。
私は、マリーの鞄のポケットの中でうずくまる。
いろんな感情が頭を巡る。
一日で消化できる内容ではなかった。
しかし、今日の視察はここまでのようだ。
大人しく帰ろう。
残された人間たちの足元を、静かな雨が濡らしていたのであった。




