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第38話 マリーとクマ




「ほら! あれも空気を生み出してるんだよ」



 海底の植物を指差して嬉しそうなマリー。


 どういう仕組みかは分からないが、植物たちは太陽の光を浴びると、そのエネルギーを空気に変えてくれる。


 

「新しい種を創造する時には、願いを込めるんだよ。どんな存在になってほしいとかをね。それでね、生きものや植物たちは、その願いに応えるように進化を繰り返していくんだよ」



 マリーの話では、星が新たな種を創造する際は、その種に願いを込めるという。


 願いは現実的なものが好ましく、幸せになってほしいなどの漠然とした願いを与えた種はすぐに滅びてしまうらしい。


 実際に生を受けた種は、生まれてすぐに過酷な生存競争に巻き込まれてしまう。


 穏やかな気質を持つ生きものなどは、すぐに淘汰されてしまい進化の階段にすら到達できない。


 お気に入りの種には、ある程度の能力を与えないと、生き残って進化の段階へ進むのは難しいらしい。


 また、一度創造してしまえば、生存競争に勝ち残ることができた種たちは、後は勝手に増えていくらしい。


 最初は生きものに愛着を持ち干渉してしまうのは普通のことらしいが、数が増えるにつれ管理は難しくなり、それどころではなくなるのも星の通過儀礼のようなものだそうだ。


 そこで生きものたちの勝手な行動に失望し、星の管理を放り出してしまうものも多いという。


 

「でも、それも星の自由だよ。星は星のもの。煩わしい思いをするぐらいなら、最低限の環境で星の力を確保する方法ならいくらでもあるんだよ」



 星を育てる目的は、星の力を集めることだ。


 純粋に星の力が多ければ、星としての能力は高まり力のある星になれる。


 しかし、力を望まなければ生きていけるだけの星の力があればいい。


 星の環境は一度整えてしまえば生きものたちは勝手に増えていく。


 どんなに過酷な環境であろうと適応して生き延びる種も多いらしい。


 むしろ、いかに生きものを増やさずに、効率よく星の力を集めるかに熱心になる星も多いという。


 しかし、生きものたちが繁栄する星になると利点も多い。


 まず、なんといっても食事だ。


 星が豊かになれば、相対的に美味しい食事が増える。

 

 美味しい食事は、幸福で充実した生活を送るのに大切な要素だ。


 大抵の嫌なことは、美味しいものがあれば乗り越えられる。


 それに、健康的に過ごすには食事が一番大事である。


 私もここに来て、食事の大切さは十二分に理解したつもりだ。それに、みんなで食べる食事は楽しい。


 マリーのとこのオルローフの作る食事はすごい。

 

 最近は、私が食べる姿が嬉しいらしく新メニューの開発に熱心なんだそうだ。


 思い出したら涎が出てくる。



「ティア〜? また食べ物のこと考えてるでしょ? しっかりしてよね!」



 マリーはエスパーかな?


 さて、マリーの話をしっかり聞かないと!



 ここ最近は原始の星の環境を整える内容が中心だ。


 陸に上がり、授業を受けていると、林を抜けた先の丘で倒れている生きものを見つけた。


 どでかい四足歩行の獣、動物という生きもの。


 マリーは確か、クマと呼んでいたはずだ。


 そのクマは息も絶え絶えで、かなり弱っているようだ。


 

「寿命だね。この子はもう長くないよ」



 マリーが側によると、クマは力を振り絞って威嚇をしてきた。もう身体を起こすこともできないようだ。


 なんだか怖くて、思わずマリーの影に隠れてしまった。


 

「大丈夫だよ。私が見送ってあげるよ」



 マリーはクマに話しかけている。クマは大人しくなり、か細い声で鳴いた。



『神なのか? 最期に会えて良かった』


「私も会えて良かったよ」



 クマは目を細める。嬉しそうな顔だ。



『我が子たちは、これから大丈夫だろうか?』


「それは、君の子たち次第だよ」


『やはり神は当てにはならんな』


 

 クマは声を上げて笑う。


 揺れる身体、年季の感じる毛並みの隙間から至る所に古傷が見えた。


 

『時間が来たようだ。神よ、我の生き様はどうであったか?』



 マリーはさらにクマに近寄る。


 そして、背筋を伸ばし、手をクマの額に。



「君は立派だったよ。よく頑張ったね」



 クマは、言葉にならない声をあげる。


 とても幸せそうな顔だ。


 クマの身体が少し震える。


 そして、クマの目から光が消えていった。


 

 しばらくして、ゆっくりと振り返ったマリー。


 マリーの顔が歪んで見える。



「ティア? 大丈夫?」



 いつの間にか泣いていたみたいだ。


 マリーの優しい声を聞いて、さらに涙が溢れる。


 

「全く知らない生きものの死で、涙を流せるんだね。……ティアは優しいよ。みんなティアと同じ気持ちを持っていたら、この世界はどんなに素晴らしいか……」



 生命はこんなにも簡単に終わりを迎えるのです?

 永い暗闇の中で、かつては死を望んだことがあったのです。

 でも、今は死にたくない。

 生きていたいのです。

 

 クマの死に際を目の当たりにして、感情がぐるぐると頭の中を回っている。


 でも、クマの最期は幸せそうだった。

 

 悲しみの中で最期を迎えなくて良かったと、自分自身に言い聞かすことにした。

 

 

「ティア。この後もしっかりと見ておくんだよ。私たちは生きものたちによって生かされている。目を背けてはいけないよ」


 

 マリーの目にも涙が浮かんでいた。


 動かなくなったクマを見つめるマリー。

 

 クマの亡骸から、力が解き放たれるのを感じる。


 

「えっ」



 魔力を視ると、クマの亡骸から魔力のような力が飛び出して空に上がっていく。


 あれは、永い暗闇の中で見た光だ。


 あの時の光とは比べられないほど弱い力だが、間違いなくあの光と同じ力だ。



「あれが、私の星の力だよ」



 とても綺麗な光は、空に溶けて消えてしまった。



「あれが、星の力ーー」



 急に胸が苦しくなる。


 私たちが生きものの生命を糧にして生きているということを、実感してしまった。

 

 なんて残酷な運命なのだろう。


 こんなことがくり返されて、生き続ける星とは一体何なのだろう。


 こんなことがくり返されて、私の心は持つのだろうか。


 見ず知らずの生きものでさえ、これほど感情を揺さぶられている。


 疑問ばかりが浮かぶが、答えは見つからない。


 頭の中を、あの永い暗闇を過ごした頃の黒い感情が通り過ぎていく。


 アオの顔が思い浮かぶ。


 どうしようもなく、アオに会いたい。


 

「アオに会いたい」



 涙があふれる。



「……アオに会いたいのです」



 気持ちを抑えられない私を、マリーは優しく両手で包み込んでくれた。





「力を持った生きものは、ああやって星の力を私たちに還してくれるんだよ。実際に見てどうだった?」


「哀しいって思ったのです」


「そう……だね」



 マリーは、鼻をすする私の頭を撫でてくれる。


 

「私たちには、どうしても逆らうことのできない定めだよ。私たちの罪はどれだけ重いんだろうね」



 そう言うマリーは、とても寂しい目をしていた。


 落ち着いた私に、さらに残酷な話が続く。


 星の力の効率良い回収方法だ。


 生きもので繁栄した星ができたら、ある程度の間隔で生命を刈り取る方法があるというのだ。


 それは、星を氷で埋め尽くし、生きものたちを一掃する方法だという。


 残念ながら、これが最も一般的で、ほとんどの星が実践している方法だという。


 

「なんでそんなひどいことを!」


「星にも色々あるんだよ。今のティアには分からないだろうけど、そういう方法があるというのだけ覚えていてほしいんだ」


「マリーもそうしているのです!?」


「私はやりたくなかったよ! でも、しょうがなかったの! どうしようもなかったんだから!」



 マリーが怒っている。


 こんなに怒っているマリーを初めて見た。


 マリーの迫力に負けて、私はそれ以上何も言うことはできなかった。



 しばらくの無言の後、マリーはクマの亡骸の元へ。


 

「生きものは大地に還るんだよ。自然の一部なんだ。この身体はこのままにしてもいいし、土に埋めてもいい。生きものによっていろんな弔い方があるよ」



 マリーの寂しい声に、どう反応していいのか分からない。



「でもね。こんな方法もあるんだよ」



 マリーはそう言ってクマに手をかざした。


 

「星に帰りなさい。……ありがとう」



 詠唱とともに、クマの亡骸が青白い炎に包まれる。


 周囲の魔力たちが騒いでいるのが分かる。


 なんて幻想的な光景だろう。


 光になって消えていくクマの亡骸。


 手を下ろして、立ちすくむマリー。


 とても寂しそうな背中だ。


 見ていられない。


 翼を広げ飛び立ち、マリーの肩に飛び乗る。


 

「あの子は旅立ったよ」



 マリーの顔を見ると、涙が流れていた。


 それを見て、マリーを責めたことを反省する。


 きっと私の知らないことがあるんだ。

 知らないことを責めるのは良くなかったのです。

 


「ごめんなさい」


「なんで謝るのよ」


「分かんないのです」


「……」


「分かんないのに責めてしまったのです。ごめんなさい」



 突然、身体を掴まれ、頬を指で挟まれる。


 むぎゅう。


 

「何その顔! あはははっ!」



 マリーは笑ってくれた。


 マリーは優しい!

 悲しいマリーは見たくないのです!


 私とマリーの間に、また何か絆が生まれた気がした。


 マリーとなら、どんな困難も乗り越えて行けそうだ。


 走るマリーを追いかけて、ティアは翼を羽ばたかせ飛び立つのであった。




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