第37話 星の絆の歌
「文字? 私たち生きものにとっては習得はなかなか難しいものですよ」
ケイローはいつも優しい表情で答えてくれる。
今日は、シロモナリエのいつもの一室で、ケイローの座学の日だ。
言葉や文字についての話を聞いた。
星は、目覚めてすぐに言葉が分かる。
どういう仕組みかは分からないが、私もそうだった。
たぶん、言葉の音や組み合わせで意味が分かるわけではないと思う。
思いを声に出すと、意味が分かるのだ。
なので、全く違う生きものたちの言葉も何を言っているのかが分かってしまう。
きっと生きものたちは、星を騙したり欺いたりすることはできないだろう。
どんなに言葉で綺麗に着飾っても、私たちには分かってしまうから。
文字は、強い思いの込められた文字なら読めてしまう。
しかし、あまり思いのこもっていない文字は全然読めない。
「文字を読めるようになりたいですか?」
ケイローによると、文字は時代によって変化するという。
星たちの永い時間のなかでは、あっという間に文字は変化をしてしまうので、覚えてもキリがないという。
ケイローたちが使う太陽語というのが、今の時点で最も繁栄している言葉と文字だそうだが、そんな太陽語でさえ千年も経てばかなり言葉の意味は変わるという。
星たちだけが読める文字というのがあるらしいが、文字自体に意味があるわけではなく、これは文字のような模様を強い思いを込めて書くものであって、思いが込められているから星たちは読めるというだけだ。
星の規律などの大切なことを記録する時に使うそうだ。
「私もユタ様からたくさんの加護を授かっておりますが、言葉の壁で苦労をしたことは何度もありますよ。正直に言いますと、星の神々のその力は羨ましく思っていますよ」
星とは違い、生きものたちは言葉も文字も学習して身につけなければ、他者と正確な情報交換は難しいようだ。
ケイローでさえ、言葉の壁で苦労しているという。
マリーが言っていたが、ケイローは全ての生きものの中でも最高位と言っていいほど能力の高い存在だそうだ。
ちなみに、ユタの創造した生きものの中でもかなりの古株であり、人族という種族だったはず。
星たちの降臨した姿、ユタやマリーのような姿を真似て生み出したものを人族と呼ぶと聞いた。
星たちでさえ、ケイローの教えで育っていったものも多いという。
星たちからも尊敬を得るほどの人物だが、中には所詮は生きものだと軽んじる星もいるという。
しかし、マリーは、ケイローぐらいの実力者になると小さな星となら互角の力を持っていると言っていた。
しかも、ユタのお気に入りの人物だ。ケイローと敵対するということはユタを敵に回すということになる。だから、下手に手出しをする星はいないらしい。
ケイロー自身は自慢などしないが、ユタはよくケイローのことを自慢している。きっとその関係性は合っているのだろう。
私も、生きものたちとそういう良い関係性を築きたいと思う。
「ティア様はお優しいですね。ですが、私は星は生きものたちを管理する義務があると思っています。時には、辛い決断を迫られることもあるでしょう。良い星をお作りになられることを願っております」
ユタとケイローの関係性を褒めると、ケイローは少し寂しげな表情で答える。
知恵を与えた生きものは、愚かな所業を繰り返すことも多いという。
それから、ケイローは生きものたちの悲しい話を聞かせてくれた。
繁栄した種族は、星の神を差し置いて、星の主のように振る舞ってしまうことはよくあるそうだ。
星と生きものの争いの話などは、聞くに耐えない。
私は、生きものたちと敵対するようなことはしたくないものだ。
「マリー様をお手本にされると、生きものたちはとても幸せでしょう。それでも、マリー様も、生きものたちの自分勝手な愚かな行いで傷ついてしまうこともあるのですよ。ティア様がマリー様を支えてくださるなら、どれほど心強いことでしょうか」
ケイローの真剣な目に、大きく頷く。
マリーが傷ついたとしたら、私が力になる。
そのためにも、もっと知識と力をつけなくては。
アオのこともある。
顔を上げると、ケイローと目が合った。
「今、やらなければならないことを分かっているようですね。ティア様は、随分と理解が早いようで……」
ケイローはにこりと笑い、話を続けるのであった。
基礎学習の範囲は概ね習得した。
次の過程は、歴史と法律に加えて計算や科学が増えるという。
星たちの歴史は膨大で私が覚えたことなどは、長い道の始まりに一歩踏み出した程度だ。
法律は、解釈の難しい星の規律だけでなく、マナー程度の常識から重大な暗黙のルールまで幅広く、生きものたちの世界の法なども加えると覚えることは山ほどある。
それに、計算や科学と一口に言っても、そこから枝分かれした専門的な分野が星の数ほどあるという。
興味を持てたのならば、数百年は退屈な時間はないでしょうとケイローは笑っていた。
今のところ、それほど理解に苦しむ話は少ない。
それは、覚えていられるかどうかは別として、ケイローの話が理路整然であるおかげだ。
学問の中では、刺激的で人気のある分野があるという。
思想や信仰、武術や軍事学、芸術や娯楽など、ケイローの口から言葉が次々に出てくる。
これらは、ケイローよりも先に進んでいる専門家たちがいるという。
「いずれ紹介できるようになるでしょう。そのためにも、最低限の……いいえ。優秀と判断されるような、知識と振る舞いを身につけておかなければならないでしょう」
魅力ある刺激的な分野を教わるには、星の儀で私の存在をお披露目してからになるという。
「それは、四年後なのです? 先が長い話なのです」
「星の神にとっては、瞬きさえ必要ないほどの短い時間ですよ」
それしか道がないのなら、しょうがない。
ため息をついていると、ケイローはどこからか楽器というものを持ってきた。
ケイローは椅子に座り、楽器の弦を鳴らして調律を済ます。
綺麗な音がする。
「これは音楽というものですよ」
そう言うと、楽器を鳴らした音に合わせてケイローは歌い出した。
綺麗な音色に透き通る歌声が、部屋中に響き渡る。
星たちの絆についての曲のようだ。
とても優しい歌。
私だけのために歌ってくれている。
少し寂し気な余韻を残して、ケイローは歌い終える。
「す、すごいのです! 感動したのです!」
精一杯の拍手をすると、ケイローは少し照れながら楽器を置いた。
「喜んでいただけたなら、私も嬉しいですよ」
音楽は素晴らしい。
マリーにも聞かせたかったし、マリーにも歌ってほしい。
「マリー様は歌うことは恥ずかしがると思いますよ」
ケイローの反応を見るからに、マリーは歌うのは下手なのだろう。
いい情報を知れてよかった。
ケイローがしまったという顔をしていたので、マリーにいたずらするのは、しばらくは勘弁しておこう。
小休憩の後は、授業に戻る。
優秀と判断されるレベルはどれくらいなんだろう。
音楽を教わるためにも、知識をたくさん身につけなきゃなのです!
集中して話を聞くティアを見て、ケイローは微笑む。
ケイローは、とても教え上手なのであった。




