第34話 アオ
空には真っ白な雲と太陽、海のさざめく音がのんびりとした時間を与えてくれている。
風を受け流しながら、水の小島が海上を進む。
蛇のアオの頭に乗り、今はマリーの講義を聞いている。
アオの頭の上でバランスを保つのはコツがいる。何度か落ちかけたりもした。あまり講義に身が入らないのは確かだ。
でも、離れるとアオが悲しがるので、しょうがない。
「酸の海を中和する方法だけど、雨が必要だっていったのを覚えてる? 他にも必要な要素があってね。大地には層というものがーー」
マリーの話では、長い年月を経て、大地には様々な要素の層ができるという。
その中の層に、酸を中和する層が出来ることがあるらしい。
大地を創造するのは、効率の良い酸の中和の方法だそうだ。
この広大な海を中和するには、大地の中和する要素を海へ流して、海をかき混ぜる。それには、雨の力が重要であるとのことだ。
他にも、酸を中和する生きものを創造する方法もあるという。
どちらにせよ、長い年月がかかるということだった。
「全部やっちゃうのです!」
「待ちなさい! 今日は、ある程度の環境の把握をして、これからどうしていくかを考えるぐらいにするんだよ。時には、思い切りも良いけど、慎重に決めるのも大切なことなんだよ」
マリーの言葉で、今すぐ行動しようとしたのをやめた。
「お、少しは大人しくできるようになったな?」
ユタが笑っている。
失礼な! 私だって、慎重に動けるのです。
ユタには視線で不服を訴える。
アオも真似してくれた。
しかし、ユタは気にもしてないようだ。
「星同士の干渉は、もう教えたのか?」
「あ、忘れてた。リオンのことなんか、考えるの嫌なんだよね」
マリーは話を始める。
星同士は干渉し合うという。
太陽ことポロンを中心に周り続ける私たち星。
それと、同じように私たち星の周りを周り続ける星たちがいる。衛星や準衛星などと呼ばれている星のことだ。
星同士はお互いに因果の絆で干渉し合い、それは星の環境にも影響があるらしい。
それは、植物や生きものたちの生態に関わってくる。大地や海の環境にも影響は大きいという。
酸の海の中和にも、役に立つかもしれないらしい。
星の環境というのは、様々な要因によって成り立っていく。
マリーによる、星同士の干渉の話は続く。
私の衛星は一人だけだという。
まだ目覚めていないらしい。
他にも小さな準衛星が数個いるらしいが、この準衛星たちは星の力が足りず、私たちのように目覚めることはないらしい。
ユタの星には、カリオペの他にもたくさんの衛星たちがいるらしい。
「で、私の衛星はどこなんです?」
マリーが空を見上げて指をさす。
そこには、昼なのに半分欠けた月が浮かんでいる。
「あれだよ」
私の衛星は月だったらしい。
少し驚いたが、直感で理解できてしまった。
どうしてか、私と月には特別な絆があると分かっていた。
なぜか分かってしまう言葉や概念たち。
これも星の記憶というやつなのだろうか。
「月はいつ目覚めるのです?」
「星の因果で繋がれた星、いわゆる衛星は主とする星と同時期に目覚めるものなんだけど、どうなのかしらね?」
「目覚めの時が近づくと、星から力が溢れ出して周りの星にも分かるようになる。今のところ、その兆候は見えないようだな。といっても、ティアに関しては未知の部分が多いから何とも言えんな」
気になって聞いてみたが、マリーとユタにも分からないようだ。
月には転移の陣はない。
転移の陣を作るためには、一度その星まで宇宙を移動して向かい、準備をしなくてはならないという。
宙域を転移する陣に関しては、星の規律が厳しく、私たちだけで簡単に決めれることではないらしい。
月の目覚めには、まだ時間がかかりそうだ。
「早く会いたいのです」
思わずポツリと口から出た言葉。
私の身体を、アオが尻尾を器用に動かしてさすってくれる。
心配しているのかな?
アオはいいやつなのです。
アオの頭を撫でかえすと、目を細めて嬉しそうだ。
さて、やることはたくさんある。
大地を創造して、酸の海を中和して、植物を育て、生きものが呼吸できる空気を作り、環境を整えて、生きものを進化させる。
月の目覚めも気になる。
優先順位を決めなくては。
アオの頭を撫でながら、考えごとをする。
『マァーマ』
アオから嬉しそうな声がする。
そういえば、アオのこともどうしたらいいのか。
私たちは、今日中にマリーの星へ帰る予定だ。
確か、生きものの星の転移は制限があるという話をしていたような。
「そういえば、アオはマリーの星へ行っていいのです?」
ユタとマリーは気まずい顔を返してきた。
「え! もしかして、アオは連れていけないのです?」
「アオに限らず、生きものの星の転移は星たちの承認が必要だ。今すぐにどうにかすることはできないな。すまない」
ユタが頭を下げた。
嘘でしょ! せっかく出会えたのに、また離れるのは嫌なのです!
アオは話を理解は出来なかったようだが、私が動揺したことで心配そうな顔をしている。
優先順位一位は、アオの今後のことに決まりだ。
何とかして、一緒に居られる方法を考えないと。
身体をよじらせて思案していると、マリーが困った顔で言う。
「ティアが自分で決めるんだよ。私たちは助言をするぐらいしかできないんだ」
「アオを放っておけないのです。マリーの星へ連れていく方法はないのです?」
「今日中には無理だよ。次の星の儀は四年後だもん。上手くいったとしても、最低でも四年はかかるよ」
アオの頭から飛び立ち、マリーの目の前へ。
四年!
アオと四年も離ればなれになるのは嫌だ。
「そんな……」
「他の方法を考えないといけないよ。この星でアオが安全に暮らせればいいんだよね? 会いに来ることはできるんだから」
マリーの優しい声、いつだって私に分かりやすいように言葉を選んでくれている。
頭が沸騰しかけていたが、おかげで冷静になることができる。
そうか、会いには来れるのだった。
数ヶ月とはいえ、アオは一人で生きてきたんだ。
でも、これからも一人で大丈夫だという保証なんかはない。
「アオには加護を与えておけば、大抵の問題は跳ね返してしまうよ。他に何か方法を思いついたら、それでもいいけどね」
マリーは優しい。
言いづらいことでも、きちんと伝えてくれるし、アオのことも真剣に考えてくれているようだ。
アオと離れるのは不安だけど、なんとかなるような気になってきた。
「加護っていうのは、何だっけ?」
「そうね、教えてなかったね。これはユタの方が専門かな?」
心配そうに私たちを見ていたユタが戸惑っていた。
「すごいな。もう落ち着いたのか。マリーは守り役として最上なんだろうな」
「違うよ! 私たちは家族なんだよ。助け合うのは当たり前なの!」
マリーの家族という言葉が、とても嬉しい。
それを聞いて、声を出して笑うユタ。
それから、ユタは加護の与え方を教えてくれた。
構成は少し難しかったが、簡単に言えば魔力を使って結界を張り、外敵からの危険を防いであげることだった。
星の魔力は、少し工夫するだけで長時間の保持を可能にする。
生きものにとっては、それで十分すぎるということだった。
食事の問題はどうなのだろう。
この星には食べものがない。
「アオは何を食べて生きてきたのです?」
アオは首を傾げ、水の小島の端へ。そして、海を見る。
海? この酸の海を飲んで生きてきたのです?
不思議に思っていると、アオは海に飛び込んだ。
アオは海水を飲んでいる。
私たちに分かりやすいように、顔を出して実演してくれている。
「酸の海を飲めるなど、変わった生きものだな」
ユタが驚いている。
もちろん、私も驚いた。
海面を蹴り、小島に飛び戻って来たアオ。
身体能力も高い。
少しの間、離れるぐらいなら問題ないのかもしれない。
となると、残りの問題は集合場所だ。
毎回、広大な海で出会えるとは限らない。
そんなことを相談すると、ユタが教えてくれた。
「加護の力に付加能力をつければいい。離れていても、何処にいるのか分かるようにな。危険が迫れば予見できる方法もあるぞ」
ユタは物知りだ。何でも知っている。
私の力に驚いてばかりだが、何度か見せれば原理をすぐに見抜いてしまう。
私にも優しくしてくれる。
日が傾くまで、ユタは加護の力の与え方を教えてくれた。
時間が足りず、応用編までは教わりきれなかったが、お互いの場所が分かる力は使いこなせそうだ。
水の小島にて。
ティアの身体の何倍もある羽の生えた蛇、アオ。
アオの目の前に立つと、アオは目を閉じて頭を下げた。
私が何をしようとしているのか理解してくれているのだろうか。
アオの頭に手を当て、加護の力を与えるため、魔力を編み込んでいく。
魔力が光り輝いていく。
「加護の力を与える」
そう言葉にすると、アオとの間に強い絆が生まれた気がした。
心が結ばれたような感覚だ。
アオが私を見ている。
とても嬉しそうだ。
アオは私が守る。
心の底からそう思えたのであった。




