第33話 羽の生えた蛇
快晴の海上にて。
海から飛び出してきた、謎の蛇。
羽がついているが、空を飛べるわけではないようだ。
それは、海からぷかぷかと顔を出してこっちを窺っている。
というか、私に熱心な視線を送っている。
声を発することはできないようで、口をパクパクさせて何かを訴えて来ている。
「蛇のようだが、力を纏っているな」
ユタが近づくと、蛇は牙をむき出す。
蛇の威嚇を気にも止めず、ユタは手を伸ばし捕まえる。
蛇は逃げることもせずに、海から引きずり出されてしまった。
蛇の太さはユタの腕ぐらい、長さはユタの身長ぐらいはありそうだ。
「自然の生きものではないな。ティア、何か分かるか?」
ユタの腕に絡みつこうと、うねうねと悶えている蛇を見せてくる。
全く心当たりはないが、私と何か関わりがある生きものだと確信のような予感がある。
まるで家族のような絆を感じるのだ。
蛇も同じような感覚を抱いているのだろう。
ティアには助けを求める目をしている気がする。
「なんでだかは分からないけど、近しい関係? か、家族? みたいな感覚を感じるのです」
「そうか。こいつはティアの眷属のようだな。ということは、ティアが創造した可能性が高いのだが」
「まだティアには教えていない分野だよ。ま、ティアは前例がない目覚め方をしてるから、何が起こっても不思議じゃないけど。まさか生きものまで創造してるなんてね」
ユタとマリーが神妙な顔をしている。
何かまずいことでもしてしまったのだろうか。
思い当たることもないから、悪気がないことだけは知っておいてほしい。
ユタが捕まえた蛇をティアの前に向ける。
蛇と目が合う。
蛇は喜んでいるように見える。
何に喜んでいるのです?
私と出会えたことに?
短期間とはいえ、一人で生きてきたのだろうか?
だとすると、寂しかったのかもしれない。
蛇の心境を推測すると、なんだか申し訳ない気分になったが、マリーに初めて出会った時のことを思い出して、にっこりと微笑んでみた。
すると、蛇は暴れるのをやめて、ゆっくりと目を閉じて頭を下げた。
「少しは知恵がありそうだな」
ユタは蛇をつかむ手を離すと、蛇は羽を広げて、その場に浮遊する。
蛇はティアをじっと見つめている。
「ティアなのです! よろしくなのです!」
元気よく挨拶をする。
蛇は口をぱくぱくさせて、かすれた声を発する。
『マァーマ』
声を発してくれれば伝えたい言葉は分かる。まだ上手くは声を出せないみたいだが。
そして、声からは愛情を感じる。
「マーマ? 私がママ? 母親なのです?」
「ティアの初めての子みたいだよ? ちゃんと認知してあげないとね」
マリーがニヤけながらなんか言ってるのはほっておくとして、そんなことを言われても、初めてのことでどうしたらいいのか分からない。
戸惑ってしまう。
「茶化してごめんね。難しく考えなくていいんだよ。自分のやりたいようにやってみるのがいいよ。生きものの命は短いって教えたでしょ? 後悔しないように正面から向き合うんだよ」
一転して、今度は真面目な顔でマリーが教えてくれた。
それを聞いて、少し安心をする。
空に浮かぶ蛇に近づいてみる。
蛇も緊張しているようだ。
私の不安が伝わってしまったのかもしれない。
よく見ると、かわいい目をしている。
手を伸ばし、顔に触れる。
蛇の目から涙がこぼれてきた。それを見て感情が昂る。
この子を守らなくては!
この子は私の子供なのです!
無意識に体が動き、蛇を抱きしめる。
『マァーマ! マァーマ!』
蛇も身体をよじっている。抱きしめ返したいようだが、上手くいかないようだ。
「ーーっ、大袈裟だよね」
なぜか声を詰まらせたマリーの目にも涙が浮かんでいた。
「いや、これが星と生きものの在るべき関係なのかも知れないな。そうだな、いつしか忘れてしまっていたな」
ユタも神妙な面持ちだ。
そのまま、ティアと蛇はしばらく寄り添ったのであった。
いくつか話しかけると、こちらの言葉は少しは理解できるようだ。
蛇の使う水の魔力を感じる。
周囲の水の操り上昇する細微な水流を生み出し、それに乗ることで空に浮かべるようだ。羽をパタパタと動かして、バランスを取っている。
面白い飛び方だ。
魔力の使い方にセンスを感じる。
頭を撫でてあげると、蛇は目を細めてとても嬉しそうだ。
「名付けをするといいよ」
名付けは、生きものに名前を与えること。
星は最初から名前を持っている。
しかし、生きものはそうではない。
他者から名付けられることもあるし、自身で名乗ることもあるが、星からの名付けはまた別の意味を持つ。
正式に星の眷属になるということだ。
生きものにとっては、特別なことだという。
ただ名前を与えるだけでなく、新しい種族には種族としての名前や、さらに特別なものには二つ名を与えることもあるらしい。
「ま、自分の星のことは好きにしていいんだけどね。いろいろ体験してみるのがいいよ」
マリーはそうまとめたが、命をぞんざいに扱ってはいけないと思う。
マリーの星では、マリーは生きものに平等に優しかった。
私もそうあるべきだ。
蛇の目を見つめる。
澄んだ青い目が愛くるしい。
身体の水色の鱗も綺麗だ。
名前かぁ。
初めてのことだから、どうしよう。
立派な名前をつけてあげたいのです。
最初だから言葉のあ行、アから始まる名前がいいかな?
アイ、アウ、アエ、アオ。
ーーアオ!
青い目だし、水の魔力も使えるし、いいかも!
「アオ。アオって名前はどう?」
蛇は頭を揺らして目を細める。
気に入ったようだ。
「お前はアオなのです! 私の初めての子! よろしくなのです!」
これが羽の生えた蛇、アオとの出会いであった。
久しぶりに水の小島を生み出し、アオを連れての一休みをとることに。
マリーの気配感知を頼りに、よく晴れた海上を水の小島が進んでいく。
「アオは食事はどうしてたのです?」
アオは首を傾げる。どこまでが首なのかは分からないが。
この星には植物も生きものもいない。
ということは、食べるものがないはずだ。
口の中を見せてもらうと牙はない。
「アオからは、ティアの力を感じるから、まだ生まれて間もないのかもね。しばらくは何も食べなくても大丈夫なのかもしれないよ」
休んでいるマリーがそんなことを言う。
生きものの生態は単純に見えて複雑だ。
私も数日ぐらいなら食事をしなくても動けるが、食べ物の味を知ってしまった今は耐えられる気がしない。
アオに何か食べ物を与えたい。
ティアは小さな鞄から、とっておきの赤い果実を取り出した。
ベリーの実だ。
ベリーの実を差し出すと、アオは舌を出して器用に受け取り、それを食べてくれた。
アオは目を丸くして身体を揺らす。
美味しかったようだ。
アオの体格からすると、きっと物足りないところではないだろう。
「少し早いが、食事にするか」
ユタが気を利かしてくれた。
ユタの大きな鞄には、たくさんのベリーの実が入っている。
お願いして持って来てもらったのだ。
アオはベリーの実を美味しそうに食べてくれた。
時々、身体を震わせている。
「間違いないよ。ティアの子だね」
アオの食事を見て、マリーが笑っている。
なんだか恥ずかしいのです。
顔を赤くするティアを見て、アオはキョトンとしている。
今日も賑やかな時間が過ぎていく。
笑うティアを見て、アオは優しい目をして頭を揺らすのであった。




