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異世界で弟ができたようです

 「兄ちゃん、兄ちゃん」と、いつも後ろをついてくる彼が好きだった。

 高校生にもなって、いい加減その呼び方をやめたらと周りに指摘されても、「でも、兄ちゃんは兄ちゃんだし」とはにかむ笑顔が愛しかった。

 三つ下の、大事な大事な俺の弟。

 引っ込み思案で、いつも俺の背中から顔を覗かせて世界を伺っていた彼を一生傍で守ろうと決意したのは、十代にもなる前のことだ。

 だから最後に見た記憶がその背中だったことが、どうしようもなく悲しいと思う。



 * * *


「――にうえ、兄上。兄上!」

(なんだ、お前。そんな時代錯誤な呼び方して。兄ちゃんが恥ずかしいなら、せめて兄さんとか)

「返事をしてください! 兄上!」

(ちょ、そんな引っ張るなって。なんだか無性に眠いんだ)

「兄う……しょうがない、かくなる上は。おい、そこの。水を持ってこい、顔にかけてやれ」

(は? いやいくらなんでも冗談がすぎ……)

「冷たっ!?」

 バシャン! という音とともに、文字通り冷水を浴びせられた俺は微睡から一気に覚醒した。

 目に入ったのは、柔らかな栗色の髪を揺らして心配そうにこちらを覗き込む弟の顔――ではなかった。

「え? あの、貴方、誰ですか……?」

 俺の言葉に切羽詰まった表情でこちらを見つめていた黒髪の青年の顔がみるみるうちに赤くなり、憤怒の形相で睨みつけられた。へえ、イケメンって怒っても綺麗なんだなと状況もわからないままぼんやりしていると、ぐいと胸ぐらを捕まれ無理矢理上体を起こされる。

「この期に及んで冗談ですか?」

「いや冗談とかじゃなくて、本当に」

 続けようとした言葉は、腕を離された拍子に喉で詰まる。支えを失った身体がドサリと背中から後ろに落ち、衝撃のなさに今居る場所がベッドの上だと気づいた。目に入って来た天井には、いつかフランスの宮殿で見たような、天使の絵が描かれている。

 おかしい、俺はさっきまで夜のキャンプ場近くの山道に居たはずだ。珍しく自分より前をあるく弟を追いかけたところに、スリップした車が突っ込んできたから突き飛ばして……それで、どうなったんだっけ。最後に身体に感じた衝撃は紛れもなく命の終わりを告げていたように思うが。

「はあ」

 思い出そうとしている記憶を上書きする様に盛大なため息が落ちてきて、視線が自然とそちらへ向く。

 生まれてこの方見たこともない深緑の色をした瞳が冷たく俺を射抜いた。 

「このような状況だからと、貴方に情けをかけようとした私が間違っていました。まさかとは思いますが、ご自身で毒を口にしたわけではないですよね? 無事に目も覚めたようですので、これで失礼します」

「いや、ちょっと待っ……」

 毒だのなんだの気になるセリフだけを残し、青年はベッドを離れて去っていく。俺は慌てて起き上がろうとして、そこでようやく身体が満足に動かせないことに気づいた。

 しかしここでいつまでも寝ているわけにはいかない。まるで骨を抜かれたようにぐにゃぐにゃとした身体に必死で力を入れようとしていると、視界の隅からゆったりとしたローブを纏う初老の男性が近づいてくる。

「まだ毒が抜けてないんでしょう。あと一日は安静にお過ごしください」

「あの、さっきから何言ってるか全然。それよりここは」

「記憶の混乱も薬の影響と思われます故、あまりお気になさらず。エメ、後は頼んだぞ」

「はい。お任せください」

 青年と同じくこちらの言葉を聞く気のない男性が去り、今度はエメと呼ばれた女性が視界に入ってくる。

「本当にお目覚めになって良かった。さあ、もうお休みください。顔は拭いておきますからね。こちらは良く寝られる薬湯です」

 優しい口調とは裏腹に強引に水差しの先を口内に突っ込まれ、苦みと甘さの混ざった液体が喉に流し込まれる。反射的に咽てはいけないと思い、入ってくるまま飲み込んだ。直後、目覚める前に感じていた強烈な眠気が襲ってくる。

 途切れつつある意識の片隅で、先ほど自分を見つめていた青年の顔が浮かぶ。弟には微塵も似ていないのに、妙に心がざわついた。


 神海(こうみ)奏斗(かなと)、ブラコン。享年ニ十歳。

 今わかっているのは、見知らぬ青年がどうやら自分の弟ということだけです。

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