恋するお嬢様 改訂版その三 修正版
どんどんサブタイトルが長くなって行く……。
一応、これでこの改訂は終わりにしたいと思います。
足音が聞こえる。
この時間に、この部屋に来る者は限られている中で、果たしてその音はいったい誰の物か。
サリアの物ではないわ。
サリアならノックをする筈だもの。
なら、後は誰か。
考えるまでもなかった。
疼く歓喜を噛み殺して顔を上げる。
「よぉ、今日も会いに来たぜ」
「えぇ、待っていたわ」
ずっと。
声には出さず、心の中で付け足す。
昨日ぶりに見たハリーはとても輝いて見えたわ。
ハリーの周りだけ一層輝いて、鮮やかに見えるの。
ドクンと一層早く鳴る鼓動。
嬉しいと、会いたかったと叫ぶ心。
心が歓喜に染まり、ポカポカと温かくなる。
これが恋。
誰かを好きになる気持ち。
私はその音に耳を傾けながら、ハリーを見上げる。
「昨日の返事をしても良いかしら?」
「良いぜ。聞かせてくれよ、ノーアの答えを」
ニヒルに笑う。
それだけでカッコいいと思ってしまうのだから、恋とは厄介ね。
自然と浮かべる笑み。
フワリと優しい笑みをきっと私は浮かべている。
見えなくても分かるの。
それに、ほら。
目を開き、顔を僅かに赤く染めるハリーを見たら魅入られているのがバレバレよ。
ハリーのそんな表情は初めて見たけれど、色気が増して此方の方が赤くなっちゃいそう。
そうしたらお揃いね。
思わずクスリと笑う。
「私は貴女と行きたいわ、ハリー。どうか私を外に連れ出して」
「今、俺の名前を……」
初めてちゃんと名を呼んだ。
ハリーは大きく目を見開く。
先程までの羞恥は何処かに行ってしまったみたい。
少しばかり残念ね。
もう少し後に言えば良かったと後悔する。
「それで、ハリーの返事はどうかしら?」
分かっているのに私は問い掛ける。
次に答えるのは貴女の番。
言外に私はハリーに伝える。
貴女の声で聞きたかった。
貴女の声で言って欲しかった。
さぁ、早くその答えを聞かせて。
「決まっているだろう。俺ぁ約束を果たす男だ。良いぜ、ここから連れ出してやるよ」
「女なのに何を言ってるのかしら?」
「おい!せっかく俺が連れ出してやるって言ってんだぞ!?茶々を入れるんじゃねぇ!」
可笑しい。
あぁ、可笑しい。
嬉しくて嬉しくて堪らない。
私が望んだ答えをハリー、貴女は言ってくれる。
それだけでとても嬉しかったの。
何もかも自由に行かない人生でそれがどれだけ嬉しいことなのか、ハリーは分からないかも知れない。
けれど、それで良いの。
ハリーには打算で付き合って欲しくないの。
私の茶々に文句を溢すハリーに私は近付く。
私よりも身長の高いハリーを見上げて言うの。
「ありがとう。私を助けようとしてくれて」
「……気にすんな。俺は俺のためにノーアを救う。ただそれだけだ」
「そう、優しいのね」
たったそれだけの為に、果たしてどれだけの人が行動できるというのかしら。
ハリーはその凄さを理解していない。
これでも私、公爵令嬢よ?
それも厳重に守られたお姫様を救おうなんて、それこそ勇者だけ。
かつて望み、諦めた存在が目の前に居る。
立派な鎧も剣も、ましてや性別すら違うけれど、間違いなくハリーは私にとっての勇者だ。
手を伸ばす。
檻に囚われた姫様が鉄格子越しに勇者に触れるように、私はハリーに触れた。
「ねぇ、私を――」
「お嬢様。どちらに行かれるつもりですか」
サリアの声だ。
私とハリーは咄嗟に声のした方に振り向く。
聞き間違えであって欲しいと願う私に反して、そこに居たのは予想通りの人物。
サリアは無表情で私達を見ていた。
「ど、どうして……」
「サリアは何年もお嬢様を見ておりました。お嬢様の変化など、どれだけ隠そうと分かりますよ。それで、状況を教えていただけますね?」
何もかもがお見通し。
いつもなら嬉しくも恥ずかしい台詞に、今だけは青白い顔を浮かべる。
そんな私をハリーは抱き締めてくれた。
まるで1人ではないから安心しろ、そう言っているように感じたの。
それだけのことでホッと安堵する。
ハリーの体温を、鼓動を感じるだけで落ち着くの。
「で、あれは誰だ。ノーア」
「彼女はサリア。私のメイドよ。まさか、バレるとは思っていなかったけれど」
「随分と親しそうですね、お嬢様?」
ニコリともしないサリアが怖い。
普段怒らないサリアだけど、怒った時は凄く怖いの。
今回は間違いなく切れている。
サリアの与り知らぬ所で密会しているのもそうだけれど、家出しようとしているんですもの。
サリアは私の世話係であると同時に、監視役でもあった。
私が不審な動きをしないよう、おかしな事を考えないように見張っているのだ。
それでも、いつもであれば見逃してくれるのだけれど、これは流石に許容範囲外。
かと言って何も言わずに逃げ出そうにも、叫ばれてしまえば一貫の終わり。
私は許してくれることに賭けて事情を離す。
ハリーの出会いから今までを。
聞き終えたサリアは深い溜め息を吐く。
体が震える。
何を言われるのか怖かったの。
「事情は分かりました。本音を言えばお嬢様の脱出に私は賛成です」
「サリア……」
「お嬢様の辛さは一番見て来た私が理解しております。その点だけは貴女に感謝しましょう」
サリアはハリーを見て、頭を下げる。
思ってもいなかった反応にハリーは驚くけれど、私は違う。
こんな状況でも、職務ではなく個人を優先するのがサリアらしいと思ったの。
ハリーとはまた異なる感情で心が温かくなる。
気が付けば笑みを浮かべていた。
私にとってサリアは母親だった。
肉親に見捨てられた私を代わりに育ててくれた恩人。
一番の理解者にそう言ってもらえて私は嬉しかったの。
「ですが、賊を見逃す訳には行きません」
「へぇ、俺を捕まえるってか?」
「はい、それがお嬢様の守りを請け負う私の役目ですので」
構えを取るサリア。
それに対するように私から離れ、ナイフを取り出すハリー。
まさしく、一触即発。
このままでは大事な人達が傷つけ合ってしまう。
その事実に私は耐えきれなくて声を上げる。
「止めて!!私は2人の争う姿なんて見たくないの!!」
「お嬢様……」
「2人が傷つくぐらいなら私はこの家を出ない!!それなら良いでしょう!?」
こんなに声を荒げたのは初めてかも知れない。
本音ではハリーと一緒に行きたかったけれど、それで2人が傷つくことに比べたらマシだ。
私にとって2人はこの人生で無くてはならない存在で、私が心を許せる数少ない相手。
下手をすればその大事な2人を失くすかも知れない。
その可能性だけで私は涙を流してしまう。
涙を流して訴える私は気が付けば抱き締められていた。
「感情的にならずとも、私は元々その予定はありませんよ」
「で、でも!それじゃあ、さっきの言葉は……!」
「賊、確かハリーと言いましたね?」
「あぁ」
「私はそこのハリーとやらの覚悟を試したのです」
どうして、そんなことを。
なんて口にするまでもなかった。
サリアは不安だったのだろう。
ハリーに私を守れるかどうか。
私を誑かして売るつもりがあるかどうか。
それに対して、ハリーは私を守るべく立ち向かった。
それだけで十分だったのだろう。
先程までの無表情は消え失せ、柔らかい笑みを浮かべるサリア。
私は涙を溢し、何度も何度もサリアの名を呼ぶ。
ここまで育ててくれてありがとう、一緒に居てくれてありがとうと、何度も言うの。
溢れ出す涙を拭くサリア。
「子供っぽくなられましたね」
「う〝ぅ〝!わひゃるかしら!」
「いいえ、逆に嬉しいのです。お嬢様が失くした物を取り戻せて」
「ひゃりあ!!」
もう限界だった。
涙が止まらない。
抱き付いて子供のように泣く私をサリアは服が汚れるのも気にしないで抱き締めてくれる。
それが嬉しくて嬉しくて堪らない。
こんなに泣いたのは初めて。
こんなに嬉しさで泣いたのも初めて。
思えばサリアにも色々な初めてを教えてもらったわ。
親の愛を知らない私に愛を、悲しい時には泣くことを、かつては知っていた筈のことをサリアが改めて教えてくれた。
そこに血の繋がりも、主従の関係もない。
ただ私を想うサリアの愛があった。
涙が枯れ、啜り泣く私。
サリアはその頭を優しく撫でる。
「お嬢様――いいえ、ノーア。貴女は決して1人ではありません。私が居ます、ハリーが居ます。たとえ、どれだけ離れていようとそれは変わらない。寂しくなったら甘えて良いんです。だから、笑ってください。ノーアに悲しい顔は似合いませんよ」
「さ〝り〝あ〝!」
また泣きそうになる私の目をサリアは拭う。
寂しげに笑うその姿に、私は悲しさを抱く。
別れの時は近い。
それが分かるだけに離れたくない気持ちが一層強くなる。
ねぇ、一緒に行かない?
そう問う私にサリアは首を振る。
逃げる時間を稼ぐためだと、そう言って笑うサリアに何も言えなかった。言葉がでなかった。
立ち上がり、離れて行くサリアの手。
私はその手を掴もうと手を伸ばす。
もう少しサリアの体温を感じていたかった。
けれど、その手は空を切る。
このままウジウジしてて良いの?
サリアの覚悟を聞いて、私はただ泣くだけ?
本当にそれで良いの?
良いわけない。
許せるわけないじゃない!
まだ少し流れる涙を手で拭う。
掠れる声で息を深く吸い、吐き出す。
気持ちを落ち着けるためだ。
冷静になった私は脚に力を籠めて立ち上がる。
毅然とした態度でサリアを見れば笑みを浮かべていた。
それで良いと、そう表情で語るサリアに私は力強く言葉を発する。
「サリア、私達を無事に連れ出しなさい」
最後の命令。
主人として下す最後の命令にサリアはカーテシーを持って受諾する。
「承知致しました。このサリア、必ずや外へとご案内致します」




