作成途中の力作
絶世、傾国を体現したような美女が俺を見下ろして微笑む。
その妖艶な笑みは見惚れるほど美しく、恐怖さえも忘れてしまうだろう。
だがしかし、獲物を見つめる二対の金の瞳は生物の根元的な恐怖を掻き立て、今すぐにでも逃げ出したい。
逃げ道もない袋小路。腰を抜かし、必死に逃げる手立てを考える俺に美女は歓喜の声で告げる。
「これからお主は妾の娘じゃ」
意味不明な宣告。恐怖も忘れ思わず「は?」と声を漏らす。
美女は何が可笑しいのかクスクスと笑うと、とても愉しげな様子で語り掛ける。
「お主を妾の娘にすると言うとるんじゃ。初めて出来る娘じゃ。どう可愛がってやろうか……」
「なんでそうなるんだ!?そもそも娘にって!俺!!男だぞ!!?無理に決まっているだろ!!」
「出来ぬとでも?」
俺の反論に美女は薄く笑い問い掛けてくる。
有無を言わせぬ口調に思わず口を閉ざす。
現実的に考えてありえない。
しかし、そもそもこの状況からして非現実的なのだ。
非現実の塊である美女であるなら可能かも知れない。
思わず唾を呑み込む。このまま何もしなければ美女の娘にされてしまう。
一部の層なら喜ぶだろうが、俺にそんな癖はない。
「このまま帰してくれたり……なんて?」
「何を言うとるんじゃ。ここに来た時点で帰す訳ない。お主も分かっているであろう」
「くそっ!」
思わず舌打ちしてしまう。
こんなヤバい奴に遭遇するって分かっていたらこんな所に来なかったのに。
そんな後悔や愚痴ばかりが心を埋め尽くす。
「そろそろ始めようかの。早く幼子になったお主の姿が見てみたくて堪らないのじゃ」
恍惚とした表情で笑いかけてくる姿は美しいの一言に尽きる。
が、今は恐怖を煽る笑みにしか見えない。
必死に活路を探すが、三方を壁で囲まれた袋小路のここでは美女の背後しか道はなく絶対絶命。
もはや一か八かの賭けに出るしかない。
そう思ったタイミングで今さっきまで目の前に居た美女の姿は消え、何故か背中に柔らかい感触を感じる。
何が起こった、その疑問に答えるように耳元で声が聞こえた。
「捕まえた」
心臓が鷲掴みにされた感覚。
力の籠められた手からは決して逃がすまいとする意志が感じられる。
体を覆う柔らかい感触は枕のように気持ち良く、美女に感じていた恐怖は漂ってくる匂いで薄らいで行く。
ホッと安堵したくなる心地好さに心の片隅で恐怖しながら、心地好い眠気に抗えず俺の意識は落ちて行く。
喪失寸前に思い浮かべたのは、数刻前の愚かな俺の姿だった。
~始まり~
「――っと、ここか」
心霊スポットとして有名な廃神社へと俺はやって来ていた。
鬱蒼とした森の中に佇むその神社はかつて人々の憩いの場だったという。
それに翳りが差したのは昭和の頃。
当時、高度経済成長期で人手は幾らあっても足りず、若人は都会暮らしを夢を見て村を離れていったと言う。
このままでは村が潰れてしまう。
焦った村人達は村の働き手である若人が戻って来てくれないかと思案した。
無理矢理に連れ戻す方法も思い付いたが、非道になれるほど村人は悪人ではなかった。
行き着いた先は神に願い、手紙などで戻って来て欲しいとお願いする事だけ。
その努力により幾人かは戻って来たが、村の衰退は止まらず平成に入る頃には廃村になったとのこと。
廃村になった事で神社を管理する者がいなくなり、寂れてしまったそうだ。
よくある話のように感じるが、実は世に知られていない恐ろしい事実が隠されているとネットでは噂されている。
その噂を確かめるべく、廃神社へとやって来た訳だ。
夜も遅く、人っ子1人もいない森は予想以上に不気味で1人で来るんじゃなかったと後悔した。
だが、ここで怖じ気付くなんてアイツらに言ったら笑われる。
と、奮い立たせてなんとか廃神社へやって来たのだが――
「思った以上に綺麗だな。管理している人がいるのか?」
廃と付く以上、辛うじて原形を保っているかと思っていたが、実際に来てみると朽ちてなんておらず、逆に綺麗でさえある。
廃神社を管理する人もいると知ってはいたが、それにしたって綺麗だ。
他の神社を管理しながらこんな山奥の神社も綺麗に管理するのかと疑問に思う。
「う~~ん、考えてもわかんねぇ。綺麗な分には何の問題もねぇし」
逆に恐怖心が薄れて入りやすいまである。
難しい事を考えるのは止め、噂の真相を確かめるべく境内へと入った。
「ッ!?」
最初に感じたのは空気の変化。
体に重しが乗っかっているんじゃないかと錯覚するほど空気が重く。
言い知れぬ恐怖が体全体を襲う。
不味い。そう気付くと同時に、鈴の音が聞こえて来る。
音の聞こえた方に顔を向け、絶句した。
そこにいたのは妙齢の女性。
長い黒髪と優しげな笑み、スタイル抜群な四肢を隠すように巫女服を纏い、頭の天辺から二対の長い耳が生えていた。
驚愕に目を見開く俺を前に、美女は声を発する。
「ようこそ、我が社へ。妾は稲荷の神ナヨ。お主を歓迎するぞ」
「……カ、ミ?」
「そうじゃ。八百万の神の1柱じゃ。元、と付くがの」
何が愉しいのかクスクスと笑いながら教えてくれる。
だが、それは俺を絶望の底に叩き落とす。
怖いもの見たさでやって来た廃神社で神と遭遇するとか誰が思うだろうか。
それも明らかに荒神や邪神に堕ちてそうな神に。
すぐにでも逃げ出したいが、体がピクリとも動かない。
「人と出会うのは久しぶりじゃ。今の人は何をしとるんじゃ?妾に教えとくれ」
世間話をするように話し掛けて来る。
声だけ聞けばただ疑問に思った事を聞いているように聞こえるが、そんな訳がない。
話し掛けた後から圧力が強まり、言外に逃がす気はないと告げてくる。
逃げようと思っていた事がバレているらしい。
ここは一度話しながら、打開策を練るしかない。
「か、科学技師が進んで、遠くの人と画面越しに話せるようになったり、昔では治せなかった病を治せるようになったりと色々と変化しました」
「画面越しというのはあれか、テレビの画面の向こうにいる人と話せるようになるのかのぅ?」
「まぁ、概ねその通りです」
神様ってテレビ知ってるんだ。
様子を見るに普通に驚いてるらしい。
今なら逃げられるかと考えていると、ふと神の視線が手に持ったスマホに向く。
「それはなんじゃ?」
「これはスマホと言いまして、これ一台で写真を撮ったりゲームが出来ます」
「ほぅ、その小さい物でか……ちぃと貸してはくれんかのぅ?」
「ッ!!!」
ここだ!!
交換条件として帰すよう交渉するか、スマホに夢中になっている間に逃げ出すか。
この選択次第で俺の運命が決まる。
交渉するのが安牌っぽいが、失敗すれば逃げる事は不可能だろう。
それだったら夢中になっている間に逃げ出すのが良いと思うが、気が付かれた殺されそうな気がする。
いや、確実にそうなるだろう。
であれば、交渉するのが一番死ぬ危険性がない。
「どうしたのじゃ?妾に貸すのは嫌か?」
「嫌じゃないです!!!ただ悩んでおりまして……」
(こっっっわ!!「嫌か?」と言った瞬間、殺気を放って来やがった!!拒否するならどうなるか分かっているよな?って言ってるようなもんだよ!!)
「ほぅ、悩みとな?」
「はい。スマホを貸すのではなく奉納するので帰していただく事は可能でしょうか?」
「お主はそのスマホを代価に帰して欲しいと?」
「はい……」
慣れない丁寧語にミスってないか不安になりながら返答を待つ。
暫く悩む様子を見せていた神だが、結論が出たのか此方へと顔を向ける。
「良かろう。だがしかし、妾の領域に勝手に入った罪は償ってもらうぞ。帰すのはそれからじゃ」
「まじ!? ッ!?っん!っん!罪を償えば帰していただけるのですね?」
「無理に謙る必要はない。罪を償えばちゃんと帰してやるゆえ、安心せい」
「良いですか?―――ッ!?それで俺は何をすれば……?」
不安になって丁寧語を崩さないで問うと、威圧の込められた目に睨まれた。
慌てて言葉を崩すとそれで良いとばかりに神様は頷く。
「お主、ゲームは好きかの?」
「ゲーム?それゃ好きですけど……」
話の内容が見えて来ず、頭の上に疑問符を浮かべる。
そんな俺に対し、神は嬉しそうに提案してくる。
「妾と鬼ごっこをしようぞ。一定時間お主が逃げ切れたらお主の勝ち。約束通りお主を無事に帰してやろう」
「……負けた場合は?」
「負けた時の事を考えるとはお主はそれでも男かのぅ?そんなに負けた時の事が不安なら特別にハンデをやろう。最初の10分は妾は1歩も動かぬ。その間にお主は遠くまで逃げるが良い」
「時間は?」
「そうじゃのぅ…………1時間でどうじゃ?」
「30分とかじゃ――――なんでもないです!1時間でお願いします!!」
「決まりじゃ。今すぐにでも始めようかの」
嬉々とした様子で準備を始めるその姿に嫌な予感がする。
負けた時の内容を聞かされていない時点で嫌な予感がするのに、その様子も合わさって最悪としか言いようがない。
ハンデありでも俺は勝てるのだろうか?
「そうそう、範囲に制限はなしじゃ。何処までも逃げるが良い。質問はあるかのぅ?」
「本当に何処までも逃げて良いんだよな?」
「無論じゃ。好きなように逃げて構わぬぞ。他に質問がなければ始めたいのじゃが良いかの?」
「…………あぁ」
あまりにも好条件過ぎて怖い。
だが、ここまで来た以上は腹を括るしかない。
断腸の思いで頷けば、神は笑みを浮かべて告げる。
「では、スタートじゃ」
~鬼ごっこ~
「はっ、はっ、はっ、はっ」
スタートしてからずっと死に物狂いで俺は坂を駆け下りていた。
10分経ったなんか気にする事も出来ないぐらい必死に逃げている筈なのに、どうしてだろうかこのままでは捕まる予感が消えてくれない。
何処まで逃げたら予感が消えるのか、このまま同じ道を逃げ続けて良いのか。
そんな思いが頭の中をずっと回り続ける。
それでも今は逃げ続けるしかないと幾度目かの決意をしていると、ふと背後から声が聞こえてきた。
「今からお主を探すので、頑張って逃げるのじゃぞ~」
「ッ!?」
もう10分経過したのか!?
このまままっすぐ下りて来られたらすぐに捕まってしまう。
何が潜んでいるか分からない森の中に入るのは恐ろしいがそうも言ってられない。
「くそっ!」
覚悟を決めて鬱蒼とした森の中に突っ込む。
枝を折り、草木を踏みしながら突入した森は外から見る以上に不気味で、一寸先も見通せない光景は恐怖を駆り立てる。
思わず後退ってしまうが、背後から神が近づいてると思うと尻込みしてる場合でない。
深く息を吐き、覚悟を決めて森の中を走る。
時に、壁の如く生い茂る草木を怪我覚悟で突っ切り、クモの巣に引っ掛かろうとも物ともせずに下へ下へと向かう。
その先にふと、黒い影を見た。
気のせいで済ますには姿形がハッキリとしているのだ。
(もうここまで追い付いた!?いや!!それでも俺の居場所はわかないはず!!)
いかに神でも広い森の中から俺を見つけ出すのは不可能だろう。
いや、不可能だと思いたい。
あの影が本物だろうが、偽物だろうが、待ち構えている可能性がある以上、ルートは変更した方が良い。
「はっ、はっ、はっ、くっ、そ!!」
影から迂回する形で下りて行くが、行く先々で影を見つける度に迂回しなければならず中々下まで行くことが出来ない。
(ほんとどうなっているんだよ!!どこ行っても影がいる!!いったい何時になったら逃げられるんだ!!!)
行き先を誘導されている気がして不気味だ。
このまま逃げ続けて良いのだろうか。
そんな悪い予感は当たることになってしまう。
幾度目かの迂回。その先に広がっていた光景に絶句してしまう。
「はっ!?」
そこは三方を山の壁に覆われた袋小路だったのだ。
思わず足を止めてその光景を見つめてしまう。
そんな俺の背後から足音が響いてくる。
「もう逃げなくて良いのかのぅ?」
「ひっ!?」
最初に会った頃と変わらず、神は笑みを浮かべて此方を見る。
優しげな笑みの奥から覗く捕食者の視線に思わず悲鳴を上げ、腰を抜かす。
「良いぞ、その表情。妾は人の絶望顔が好きなのじゃ」
神はとても嬉しそうに暴露してくる。
こんな嬉しくない暴露は嫌だと思いながら、少しでも生き延びる手立てを考える俺を嘲笑うように神は言う。
「そうじゃそうじゃ、お主が負けた時の事を話していなかったのぅ」
あんたが教えてくれなかったんだろ、と言いたいが何されるか分からないので口を噤む。
そんな俺に気づいていないのか、気にしていないのか神はとんでもない発言をした。
「これからお主は妾の娘じゃ」
「は?」
短編もしくは数話で完結させる連載しようか悩んでる作品。
作成途中の読んで欲しくて投稿しました!
【ここに来てくれた方限定で少しネタばらし】
この後の展開で獣を喰らう描写を入れる予定です。所謂、心を壊す作業ですね。
主人公の言っていたアイツらに関してもやる予定です。




