【短編】影と勇気
トコトコトコ、トコトコトコ
夕暮れの街を小さな足で走る音が聞こえて来る。
気になった私が後ろを振り向くと、男の子は自分の影を見ながら逃げるように走っていた。
それを見て“危ないな”と思いつつも、小さい頃、自分も同じ事をしたなと思う。
あの時は影に夢中になる余り転び、痛みから泣いて、親に叱られた。
“このぐらい怪我でそんなに叱る事ないじゃん”と同時は思ったけど、子を心配する親の気持ちが分かると悪い事をしたと思う。
昔の事なので両親は覚えていないかも知れないけど、小さい頃の思い出の一つだ。
そんな昔の思い出に浸っていると男の子が私の横を通り過ぎて行く。
“影ばかり見てると危ないよ”と声を掛けた方が良いと思い声を発したいが、見知らぬ大人に声を掛けられたら不審者と間違えられないか、怖がられないかと考えてしまい中々声が発せなかった。
その間にも男の子は私との距離を空けて行く。
“怪我するのが目に見えているのにこのまま何も言わなくて良いのか?”そんな思いが私の中で渦巻く。
男の子が離れれば離れて行くほど声を掛けるタイミングを失い、折れかけた心が口を重たくさせる。
言葉にもならない小さな声を漏らしていると、ずっと向けられる視線が気になったのか男の子が此方を振り向いた。
「おじさん!ずっと見てるけど何か言いたい事あるの?」
男の子の問い掛けに「あ……いや、それは……」と言葉を返そうとするが言葉が出てこない。
「何言ってるのか聞こえない!もっと大きな声で話して!」
モゴついてたら男の子から催促が来た。
早く言わないとは思いながらも、思いとは裏腹に声が出なくなって行く。
近くを通り掛かった人からも視線が向けられ始め、殊更に声を発しづらくなる。
心なしか胃も痛くなってる気がして来た。
「何もないなら僕は行くよ!」
「!!」
覚悟を決めなければ、勇気を持って言うんだ!
「待ってくれ!」
「なに?」
「だから、その……」
ゴクリ。唾を飲む音がやけに大きく聞こえる。
早鐘を打つ心臓を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、覚悟を決めるために一度目を閉じて開く。
「―――影ばかり見てると怪我をするから注意して帰った方が良い!!」
一息で伝えたい事を全て伝えた。
だが、場が静かで私がおかしな事を言ってしまったのではないかと考えてしまう。
“言わなければよかった”そんな思いに駆られる私の耳に、明るい声が聞こえて来た。
「おじさんありがとう!影に注意して帰るね!」
屈託のない笑みを浮かべてお礼を言う男の子に、私は救われる思いがした。
ただお礼を言われただけではあるが、ネガティブになっていた私にとってはそれだけでも“言って良かった”と思わせてくれる。
だから自然と「此方こそありがとう」と走り去って行く男の子に言葉を返す事が出来たのだ。




