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底辺へようこそ!【旧:頑張れ!毎日投稿!!】  作者: 冬空
鬱なる世界にお別れを(作者イチオシ)
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完結版7

私は拾われた。

追手ではなく、老婆に。

最初は呆気に取られたわ。

どうしてこんな森の中に居るのかって。

それと同時、追手ではないことに私は安堵したの。

ハリーの犠牲は無駄にならなかった。

無意味にならなくて良かったって。

けれど、胸に空いた穴は埋まらない。

ハリー、貴女を亡くしたことで生まれた穴は貴女じゃないと埋まらないの。


「大丈夫かい?」

「……えぇ、平気よ。少し考え事をしていただけだから」


声を掛けられて手が止まっていたことに気付く。

これで何度目だろうか。

ふとした拍子にハリーのことを思い出してしまう。

何度もハリーのことを考えてしまうの。

それがどれだけ無駄なことなのか分かりながら止められない。

痛む心にソッと蓋をし、何でもないといった風に笑う。

なのに、どうしてお婆さんは苦い顔をするの。


「辛いのなら辛いと言いなさい。ノーアはまだ子供だからね」

「そん、なことはないわ。私は辛くなんてないもの」


そっぽを向いて答える。

問題ないと、そんなことはないと、ただそう言えば良いだけなのにお婆さんの顔を見て言えなかった。

どうしてバレるの。

私、そんなに辛そうな顔をしていた?

自らの口に触れるけれど、ちゃんと笑っている。

なら、どうして。


「はぁ、そんな泣きそうな顔をしていたら分かるよ。自覚がなかったようだけどね」

「………ほんとだ」


濡れる指先。

目元に触れた人差し指だ。

気が付かなかった。

言われるまでまったくよ?

これじゃあ、否定できないじゃない。

まったく、こんなにも感情に心を乱されるなんてハリーのせいよ。

貴女が私をこんなにも感情的にさせたの。

責任を取って欲しいわ。

プリプリと心の中で怒る。

けれど、すぐに悲しみが襲う。

あぁ……まただわ。また、ハリーのことを考えてしまうの。

考えないようにするのに、止められない。

堂々巡り。

何をしようとこの悲しみは消えないし、ハリーのことを考え続けてしまう。

苦しかった。

誰かにこの想いを吐露したかった。


「ねぇ、聞いてくれるかしら?」


気が付けば口にしていた。

お婆さんに顔を向け、私は問うていた。

お婆さんは笑う。

待っていたと、素直に言いなさいと、そう言うの。

私はその言葉に甘えた。

お婆さんの言う通り、子供らしく素直に吐露させてもらうわ。

私は微かに笑い、語り始める。

ハリーとの出会いから別れまで、何時間にも渡って語ったの。

若干、惚気が混じるその話にお婆さんは静かに聞いてくれた。

疑問を挟むことなく、ただ頷くだけ。

時たま入る相づちに、私は気分良く話せた気がするわ。

話し終わった頃には空は夕焼けに染まり、世界がオレンジ色に染まっていた。


「長々と話を聞いてくれてありがとう」

「なに、気にせんでくれ。人の話を聞くのは私の趣味じゃからな。それより、気分はどうだい?」

「えぇ、話したお陰でスッキリしたわ」


誰かに話すだけでこんなにスッキリする。

初めての感覚だったわ。

曇天の如く覆う心の闇が晴らされ、心地の良い風が吹くの。

重かった体が軽くなり、ステップでも出来そうな気分よ。

かつても、この気持ちを知っていたのかしら?

所々穴のある記憶。

姿さえも朧気な前世の私も同じ気持ちを知っていたのかと疑問を抱く。

けれど、すぐに私は首を振った。

どちらでも良いじゃない。

私は私よ。

前世と比べて何になると言うのか。

私は初めてこの気持ちを知った。

それだけで充分よ。


「夕飯の支度するけど、手伝ってはくれるかい?」

「任せてちょうだい」


聞いてもらった分は、助けてもらった分は労力を持って返す。

それが今の私に出来ること。

嫌なんて思わないわ。

こうして誰かと一緒に作って食べるのが好きだから、嫌なんて思う筈ないじゃない。


「こんな感じで良いかしら?」

「上手く切れたね、上達が早くて私は冷や汗ものだよ」

「ふふ、なら私に任せてくれても良いのよ?」

「味付けがちゃんと出来るようになってから言うんだね」

「うっ!」


それを指摘されて私は喉を詰まらせる。

自覚があるだけに反論できない。

けれど、言い訳させて欲しいの。

私の知る調味料がこの世界少ないのよ。

醤油は当然、砂糖もないのよ?

唯一知っている塩でさえも白ではなく、水色をしているの。

なのに、知っている調味料と似た色や形をした物はあるのよ?

間違って使ってしまうのもおかしくないわ。

ね?私は悪くないでしょ?

私は決して料理音痴じゃないわ。

誰とも知れぬ相手に言い訳を始める私。

ふと我に返り何やっているのだろうと、空しさに襲われる。

けれど、心とは反対に体はテキパキと働き続けて気が付けば目の前に並ぶは器に入った料理。

美味しそうな料理を前に腹の音がくぅ~と鳴る。

咄嗟にお腹を抑えるけれどお婆さんにはバッチリ聞かれてしまったみたいで笑われてしまった。


「ふふ!ノーアの腹の虫も鳴いたようだし、さっそく食べるとしようかね」

「うぅ~~!」


恥ずかしさで涙目で呻く私。

この恥ずかしさの中で食べるのは辛い。

けれど、食べないという選択肢はなかった。

人の手作りを無下に出来ないというのは無論のこと、美味しい料理を食べれないことの方が辛かった。

お婆さんの顔を見ないようにしながら料理を食べ始める。

いただくのは黒いスープ。

見た目では分かりづらいけれど、これはシチューよ。

牛乳を使うところも、具沢山なのも同じ。

違いと言えば見た目と味の差だけ。

お婆さんの作るシチューは少し味薄めで物足りなさはあるけれど、それは前世と比べたらよ。

この世界ではとても美味しい部類。

公爵令嬢として育った私が言うんだもの、間違いないわ。

お婆さんの腕前は一流よ。

その美味しさに舌鼓を打つ。

羞恥は美味しさの前に消えたわ。

白米代わりの黒パンを千切り、シチューに浸す。

そのまま食べると固いのだけれど、浸けてふやかすことで食べやすい柔らかさに大変身。

更にシチューの味を吸ってとても美味しくなるの。

まさに一石二鳥とはこの事ね。


「やっぱり、誰かと食べるのは楽しいねぇ」

「私もよ。お婆さんと一緒に食べる食事は楽しいわ」


屋敷に居た時はサリアが側に居て食べていた。

一緒は同じだけれど、一緒に食べたことはなかったわ。

誰かと一緒に食べるなんて、ハリーが初めてだったの。

その時初めて知ったその気持ちに嬉しさを感じたわ。

また、ハリーのお陰で知れたって。

その時のことを思い出して私は笑う。

あの時は楽しかったと、幸せだったと思い出して笑ったの。

寂しさはあったわ。悲しさはあったわ。

けれどね、お婆さんに話を聞いてもらったお陰で落ち込まずに済んだの。

過去は過去の事として受け入れる余裕が出来たのよ。

心の変化。

その変化に驚くと同時、私はお婆さんにとても感謝したわ。

落ち込むことをハリーは望んでいない。

楽しく、幸せに、自由に生きることこそがハリーの望みだと、そう思うから。

思い出すは最後の会話。

自由に生きて欲しいと語るハリーの姿よ。

ふと、静かになる食卓。

どうしたのかと思ってお婆さんを見れば、目元を触れる仕草。

何かついてるのかと思って自らの目元に触れれば濡れる指先。

どうやら、また涙を流してしまったみたい。

こんなに涙脆いなんて知らなかったわ。

思わず苦笑する。


「心配しないで、お婆さん。ただの思い出し泣きよ」

「なら、良いんだけどね……辛くなったら言うんだよ?」

「えぇ、ありがとう。その時はお願いするわ」


お婆さんの優しさに心が温かくなる。

この人が本当の祖母なら良かったのに。

そうすれば私はもっと自由に暮らせたかも知れない。

そんなタラレバを想像してしまう。

無駄なこと。

だけれど、そんな可能性を想像するぐらいなら問題はないはずよね?

この幸せに、少しだけ浸かっていたいの。

少しだけだから、お願い。

もう少しだけこの幸せに浸らせて。

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