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魔法使いは悪魔と踊る  作者: 青星明良
二章 黄金のリンゴ団
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第9話 救世主

「火あぶりだなんて、昔はそんな恐ろしいことをしていたんだ……」


 魔女狩りの話を聞いた卯月は、ソフィーたちがとても辛い目に遭っていたのだと思い、悲しい気持ちに襲われて涙ぐんだ。


「今の時代でも、人々が魔法使い(マジシャン)契約魔術師ソーサラーの存在を知れば、大騒ぎになるはずよ。だから、魔術をみだりに使い、自分の利益のために他人をおとしいれる『黒バラ十字団』のやり方を許すわけにはいかないの。それで、私たち『黄金のリンゴ団』は、彼らとずっと戦い続けて…………ふわぁ~」


 きりっとした表情で二つの魔術の歴史について語っていたソフィーが、急にあくびをして、空気がぬけてしぼんでいく風船のようにふにゃふにゃと倒れ、机に突っ伏してしまった。


「え? ソフィー学園長? だ、大丈夫ですか?」


「ごめんねぇ~。真面目モードは、五分しかもたないのよぉ~。五百年も生き続けていると、見た目はピチピチの肌の女の子でも、体力がなくなっちゃてねぇ~」


 どうやら、元ののほほんとした学園長に戻ってしまったようである。


「ソフィー会長。卯月にまだソロモンの指輪について話していないじゃないですか。あともうちょっとがんばってください」


 ナタリーが、水にハチミツを溶かした飲み物をコップに入れて持ってくると、ソフィーはおいしそうにコクコクと喉を鳴らして飲み干した。


 あのキラキラと輝く黄金のハチミツは、昨日、ソフィー学園長からもらったのと同じ物だと卯月は思った。


「うっかり説明するのを忘れるところだったわぁ。卯月ちゃん、よく聞いてねぇ? あなたが左手の人差し指にしている、その指輪はソロモンの指輪という名の神秘魔道具なのよぉ」


「神秘魔道具って何ですか? これ、三年前に金髪の美しい人からもらった物なんですけれど……」


 卯月がそう言うと、ナタリーが説明してくれた。


「魔術師が使う道具のことを魔道具と呼ぶんだ。魔道具は二種類あって、持ち主の能力をパワーアップさせたり、コントロールしたりするための魔道具を補助魔道具という。昨日、私が契約魔術師ソーサラーとの戦いで使っていた、この『魔女の黒き剣(アサイミー)』も補助魔道具のひとつだ」


 ナタリーがその剣の名前を口にすると、彼女の手のひらで小さな風が舞い始め、剣をにぎる柄の部分が黒くぬられた両刃の短剣が姿を現した。


「補助魔道具は、人間の力でつくることができる。この剣も私の祖母がつくってくれたものだ。しかし、魔道具のもう一種類、道具そのものにスゴイ能力を秘めている神秘魔道具は、人間が自力でつくることはできない。天使か悪魔から授かる神秘的な道具なんだよ」


「え? じ、じゃあ、このソロモンの指輪も……?」


 おどろいた卯月は、ソロモンの指輪をドキドキしながら見た。


 あの金髪のキレイな人、天使か悪魔だったの? もしも悪魔だったら、どうしよう! そんなふうに不安に思ったのである。


「ソロモンの指輪はねぇ、約三千年前に実在したソロモン王という王様が、大天使ミカエルからもらった奇跡の指輪なのよぉ~。指輪はソロモン王が死んだ後、行方不明になっていたんだけれど、きっと大天使ミカエルが天界に持ち帰っていたんだわぁ。そして、三千年後の今、卯月ちゃんに再び託されたのよぉ」


「あっ、そうなんだ! 良かったぁ! あの人、天使だったんだ! あんなに優しそうな人が悪魔のはずがないもん!」


「喜んでいる場合ではないよ、卯月。『黒バラ十字団』はそのソロモンの指輪を君から奪おうと狙っているのだからな。あいつらは、指輪を手に入れるためなら、どんな手段でも使うだろう」


 ナタリーにそう言われると、卯月は昨日の契約魔術師ソーサラーに「指輪をよこせ」とおどされ、恐ろしい目に遭った時のことを思い出し、顔を青ざめさせた。


(どんな手段でも使うって……私を殺してでも、ということ?)


 銃で撃たれたのだ。ナタリーのおかげで助かったが、今度あの男に襲われたら、本当に殺されてしまうかも知れない。


「で、でも、この指輪は動物や植物と会話できる力しかないんだよ? 『黒バラ十字団』の人たちは、どうしてそんな指輪を欲しがっているの?」


「それは、ソロモンの指輪のおまけの能力でしかないわぁ。その指輪の真の力は、この世に存在するありとあらゆる天使や悪魔たちを自分の思いのままに使うことができるようになることなのよぉ。ソロモン王は、指輪の力で七十二の悪魔を従わせて、自分の国を大きくしたんだからぁ~」


「て、天使や悪魔を思いのままに⁉」


 天使とは友だちになりたいと思うけれど、悪魔となんて関わり合いを持ちたくない! 卯月は思わずぞっとした。


契約魔術師ソーサラーは悪魔の下僕となる契約を結び、自分の寿命を悪魔にささげることで契約魔術ソーサリーを使うことができる。こんな命をけずる契約、契約魔術師ソーサラーたちも嫌に決まっている。そこで狙われたのが、卯月のソロモンの指輪なんだよ。その指輪さえあれば、魔力マナを持たない契約魔術師ソーサラーでも、悪魔との上下関係を逆転させて、思いのままに使役することができるんだ。もしも、『黒バラ十字団』の契約魔術師ソーサラーがソロモンの指輪を手に入れてしまったら、どんな悪さをするか分かったものではない」


「そうか……。だから、ナタリーちゃんとマシュー君はソロモンの指輪の持ち主の私を『黒バラ十字団』から守るために、ボディーガードとして日本にやって来たんだ……。でも、ミカエルという天使様は、私みたいな子どもにそんなとんでもない指輪をなぜ渡したのかしら? ソロモン王みたいに、国を治めている偉い人に渡せばいいのに……」


 自分が恐ろしい陰謀に巻き込まれている自覚を持ち始めた卯月は、今まで大切な宝物だと思っていた指輪のことを「こんなもの、もらわなければ良かった……」と初めて思った。この指輪を持っているかぎり、何度でも契約魔術師ソーサラーたちに命を狙われるのだから、そう考えてしまうのも当然のことである。


「あのねぇ、卯月ちゃん。大天使ミカエルがあなたの前に現れたのには、きっと理由があるんだと思うのぉ~」


「理由……ですか?」


「大天使ミカエルはねぇ、この世に奇跡をもたらし、人々を救う救世主メシアの前に姿を見せるのよぉ。ソロモン王だけではなく、フランスの農民の娘のジャンヌ・ダルクという少女に『イギリスとの百年に渡る戦争で苦しんでいるフランスを救いなさい』とお告げをしたのも大天使ミカエルよぉ。ジャンヌ・ダルクは戦場で戦い、フランスを救った聖女になったんだからぁ~」


救世主メシア……。そういえば、指輪をくれた時、大天使ミカエルもそんなことを言っていたような……。で、でも、私、救世主メシアだなんて言われても困ります。昨日まで普通の女の子だったのに、いきなり魔法使い(マジシャン)になっちゃって、ただでさえビックリしているのに……。両親が普通の人間でも、突然変異みたいに魔法使い(マジシャン)になることってあるんですか?」


 卯月がそう聞くと、ソフィーはウフフと笑い、「あなたの家は、本人たちが忘れてしまっているだけで、元々は魔法使い(マジシャン)の家系だったのよぉ」と答えた。


「ええ⁉ は、初耳です! どうして学園長がそんなことを知っているんですか?」


「あなたの五百年前の先祖は、ファン・ビュリダンという魔法使い(マジシャン)で、ファンがパリ大学の学生だった時に、私とファンは知り合ったのよぉ~。そ・し・て、ウフフ、ウフフ……。いや~ん、恥ずかしいわぁ~!」


「…………」


 顔を赤らめて腰をくねくねするソフィーを見て、卯月とナタリーは無言で顔を見合わせた。


 卯月の先祖とソフィーの間で何らかのロマンスがあったらしいが、それを聞くと話が長くなりそうなので、あえて無視しようと二人は目配せで意思疎通をし、うなずき合った。


「……そういえば、お父さんから聞いたことがあります。私の何代か前の先祖は、明治時代に日本にやって来たフランス人の男性と日本人の女性の間にできた子どもだって。そのフランス人男性が、ファン・ビュリダンという魔法使い(マジシャン)の子孫だったんですね」


「そうよぉ~。日本に渡ったファン・ビュリダンの子孫は魔法マジックが使えたけれど、妻や子に自分の正体を明かすことはなかったのぉ。それで、あなたの一族は自分の体の中に眠る魔法マジックの力に気づかず、いつしか普通の日本人になってしまったというわけなのよぉ。でもぉ、ソロモンの指輪の持ち主になってしまった卯月ちゃんが普通の人間のままでいたら、契約魔術師ソーサラーたちにきっとやられちゃうから、あなたに黄金のハチミツを飲ませて、眠っていた魔法使い(マジシャン)としての力を無理やり起こしてあげたわけぇ」


「やっぱり、あのハチミツも魔法マジックのアイテムだったんですか……」


「そうよぉ。黄金のハチミツは、なめると魔力マナが一定時間パワーアップしたり、空気がない場所にでもいられるようになったり、悪魔にかけられた呪いを解いたり、眠っている魔力マナを強制的に目覚めさせたりと、いろんな効果がある便利アイテムなのぉ~。……あらあら、どうしたの? 卯月ちゃん? 苦しそうに頭に手を置いたりしてぇ~」


「い、いえ……。いっぺんに摩訶不思議な話をたくさん聞いたから、少し頭痛がしているだけです……」


「大丈夫ぅ~? ほら、黄金のハチミツをなめて? 元気が出るわよぉ~」


 ソフィーは黄金のハチミツをたくさん持っているらしく、机の引き出しから黄金のハチミツが入ったビンを出すと、卯月に手渡した。


 卯月が、すすめられた通りになめると、頭の痛みがすーっとぬけていき、体に活力がわいてくるような気がした。本当に魔法マジックの力を秘めたハチミツなんだ、と卯月は思った。


「それで、ここからが本題なのだけれど、卯月ちゃんには『黄金のリンゴ団』の仲間になってもらって、ソロモンの指輪を『黒バラ十字団』の契約魔術師ソーサラーから何としてでも守りぬいて欲しいの。もちろん、会長である私やナタリーちゃんがその手助けをするわ」


 急にまた真面目モードになって背筋をピンとさせたソフィーがそう言うと、卯月は戸惑った。


「ま、守りぬくといっても、どうやってあんな恐い人たちと戦えばいいんですか? 私の魔法マジックは、透視能力みたいだし、ナタリーちゃんの風の魔法マジックみたいに戦いの役に立ちませんよ?」


「戦う方法なら、ちゃんとあるわ。ソロモンの指輪を使って、契約魔術師ソーサラーと契約を交わしている悪魔をあなたの家来にしてしまえばいいのよ。そうしたら、悪魔をあなたに奪われて契約を無効化された契約魔術師ソーサラーは、魔力マナを持たないただの人間に戻ってしまうわ」


「か、簡単に言わないでください! 悪魔を家来にするなんて、私、そんな恐いことしたくないです!」


 卯月は、ソフィーがあまりにも勝手なことを言うので、カチンとなって怒鳴ってしまった。


 友だちがいなくて、だれかとケンカを一度もしたことがない卯月は、自分がこんなふうに怒れるのだと知ってビックリした。そして、すぐに弱気になり、


「ご、ごめんなさい……。お、大声出しちゃって……」


 と、もじもじしながらソフィーに謝るのであった。


「謝らなくてもいいのよ。たしかに、私は無茶なお願いをしているのだもの。……でもね、この役目は、大天使ミカエルに選ばれた、あなたにしかできないことなのよ。ソロモンの指輪が『黒バラ十字団』の手に渡れば、世の中は必ず混乱におちいるわ。救世主メシアとして、私たち『黄金のリンゴ団』とともに戦ってちょうだい。この通り、頭を下げてお願いするわ」


 そう言うと、ソフィーは卯月に対して本当に頭を下げてしまったのだ。しかも、ナタリーとマシューまで卯月に頭を下げ、卯月はパニックになってしまった。


「や、やめてよ、みんな! あ、頭を上げてってばぁ~! 私、人に頭を下げられるほど偉い人間じゃないのに! ……わ、分かった! 救世主メシアにでも何にでもなるから、今すぐ頭を上げてぇ~!」


 目をぐるぐる、両手をぶんぶん回し、ほとんど懇願するように卯月は言った。


 桜卯月、人に必死に頼まれごとをされると断れないタイプの女子である。




 こうして、魔法使い(マジシャン)に目覚めた卯月は、「黄金のリンゴ団」の一員になったのである。


 卯月たちが学園長室を退出した後、部屋に一人になったソフィーは、黄金のハチミツを指につけてぺろぺろとなめながら、


「押しに弱いところは、ファン・ビュリダンにそっくりねぇ、あの子。うっふっふ~♪」


 などと独り言を言い、鼻歌を歌うのであった。

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