第7話 学園長ソフィー
自分の身にいったい何が起きているのか?
そのことを知るために、卯月はナタリー、マシューとともに学園長室を訪ねた。
初めて歩く校舎内で何度か道に迷ったが、卯月とナタリーは意外と気が合って会話が弾んだため、迷子になりながら廊下を行ったり来たりする時間はけっこう楽しかった。
動物や植物とばかり話していて、人間の友だちと会話をするテンポがよく分からなくなっていた卯月は、時々しどろもどろになってしゃべるのだが、ナタリーはイライラせずに根気よく卯月の話を最後まで聞いてくれるのだ。同い年の友人というよりは、少し年上の頼れるお姉さんという雰囲気がナタリーにはあった。
(私、超がつくほどの人見知りなのに、ナタリーちゃんとはちゃんと話せる。昨日、桜の木のおじいさんの前で会った先生が「君にも素晴らしい『腹心の友』ができる」って私に言ってくれたけれど、もしかしたら、ナタリーちゃんが私にとっての「腹心の友」なのかも……)
卯月はナタリーとの出会いを神様に感謝するのであった。
ただし、ナタリーの弟のマシューはちょっと苦手かも、とも同時に思っていた。
(無表情でずっと黙っているし、少し恐いなぁ……)
でも、ナタリーは弟のことをずいぶんと可愛がっているみたいだし、自分もできることならマシューと仲良くなりたい。どうすれば友だちになれるだろうと卯月は考えるのであった。
「ここが学園長室のようだな。やれやれ。この学園の校舎は迷路みたいで、教室移動の授業の時とかに遅刻してしまいそうだ」
他の部屋のとはちがう立派そうなドアを見つけると、ナタリーはノックをした。しかし、返事がない。
「おや? 留守かな?」
「姉さん。中から寝息が聞こえます」
マシューが言った。部屋の中の人間の寝息なんて、よく聞こえるなぁと卯月は感心した。
「ソフィー会長、入りますよ」
ナタリーがドアを開けると、ソフィーはマシューの言った通り、高級そうな革のイスに座って居眠りをしていた。昨日といい、よく寝る人だ。
「ソフィー会長、起きてください」
「う……う~ん……。お昼ご飯にはまだ時間が早いですよぉ~」
「寝ぼけていないで、話を聞いてください。……ナタリー・桜・ハート、ソフィー会長の命令に従い、桜卯月のボディーガードのために来日いたしました」
(え? 私のボディーガード? どういうこと?)
卯月はおどろいてナタリーの顔を見たが、彼女はなかなか起きようとしないソフィーの肩を一生懸命に揺すっている。
「んあ……? あれぇ? ナタリーちゃん、どうして日本にいるのぉ?」
「ようやく起きてくれた……。会長が私を呼んだんじゃないですか」
ふう……とため息をついたナタリーは、ソフィーをじろりとにらんだ。
「え? ああ、そうだった、そうだった。ごめんねぇ。最近、物忘れがひどくってぇ」
「しっかりしてください、会長」
ナタリーはそう言った後、昨日の深夜に卯月が赤毛の契約魔術師に寝込みを襲われて、ナタリーとマシューが撃退したことをソフィーに報告した。
「それはきっと『黒バラ十字団』の会員の契約魔術師ね。ご苦労様、ナタリーちゃん」
報告を聞き終えたソフィーは、いつもののほほんとした話し方をやめて、どことなく冷たさや厳しさを感じる大人びた口調でそう言った。もしかしたら、こっちが本当のソフィー学園長なのかも知れないと卯月は何となく思った。
「あ、あの……」
卯月はびくびくしながらソフィーに話しかけた。のほほんモードのソフィーは変人っぽいけれど親しみやすいと思っていたが、今の真面目モード(?)のソフィーは少し恐くて話しかけにくいのである。
「何かしら?」
「え、ええと……。学園長が五百年以上生きているって、本当ですか?」
ナタリーに教えられて一番ビックリし、信じられないと思ったことを卯月は聞いた。すると、ソフィーはニヤリと妖しくほほ笑んだ。
「そうね……。フランシスコ・ザビエルと同い年……とだけ言っておくわ」
「ざ、ザビエルって、あの……戦国時代にキリスト教を日本に伝えたっていう……。まさか、そんな……」
「信じるも、信じないも、卯月ちゃんの自由だけれどね」
やっぱり、信じられない。
……でも、契約魔術師の狙った獲物を追跡する弾丸、ナタリーの風の魔法、ソロモンの悪魔と呼ばれる獣など、昨晩の卯月は信じられないものをたくさん見てしまった。
そして、あれは現実のことなのだと受け入れつつある。それなのに、五百年の歳月を生き続けているというソフィーの話だけを信じないのはどうなのだろうと卯月は考え、彼女の話をもっと聞いてみようと思った。
「ソフィー学園長は大昔に『黄金のリンゴ団』という魔法使いのグループをつくって、契約魔術師たちのグループの『黒バラ十字団』と長年に渡ってケンカしているって本当なんですか?」
「私たちが『黒バラ十字団』と犬猿の仲なのは本当だけれど、私が『黄金のリンゴ団』を組織したのは、彼らと争うためではないのよ」
ソフィーはそう言うと、「黄金のリンゴ団」誕生のいきさつと「黒バラ十字団」との戦いの歴史について、卯月に語り始めるのだった。