第6話 魔法使いと契約魔術師
翌朝、卯月は食堂でナタリー、マシューと一緒に朝食を食べていた。
朝にお米を食べないと一日を元気にスタートさせられない卯月は、ご飯、納豆、だし巻き卵、きゅうりの漬物、みそ汁の和食セットを選んだが、ナタリーとマシューはトーストとスープを食べている。
(さすがはイギリス人だなぁ)
日本人だってトーストを朝食にする人はたくさんいるというのに、卯月はそんなふうに変に感心していた。
「改めて自己紹介させてもらおう。私の名前はナタリー・桜・ハート。そして、この子は私の双子の弟のマシュー・雪夜・ハート。イギリス人と日本人のハーフだ」
ナタリーは、熱いミルクティーをゆっくりと味わいながら飲むと、卯月に言った。
このミルクティーは学食のメニューではなく、マシューがナタリーのためにつくって水筒に入れてきたものである。
「わ、私の名前は桜卯月です。……もうご存知みたいですが」
「なんでそんなに緊張しているんだ? 同い年なんだから、敬語はやめようよ。名前に日本のシンボルの花の『桜』が入っている者同士じゃないか。私は冬の生まれだが、母が桜のように美しい子になるようにと、ミドルネームに『桜』と名づけてくれたんだ」
学校でいつも一人ぼっちだった卯月は、かなり久しぶりに同年代の子とおしゃべりをするため、ドキドキして話していたが、ナタリーにそう言われると、
(あっ、そうか。私とナタリーちゃんは、「桜」という同じ名前を持っているんだ)
と思い、ナタリーに少し親近感を抱いた。
「じ、じゃあ……遠慮なく普通に話すけれど、ナタリーちゃんとマシュー君はハーフなのに、純粋な外国人みたいに素敵な金髪と緑の瞳なんだね」
卯月は何かの本で読んだことがあるのだが、日本人が外国人と結婚して子どもをつくっても、黒い髪と黒い目の日本人のほうが優性遺伝子のため、だいたいの確率で黒髪と黒い瞳の子どもが生まれてくるらしい。それなのに、ナタリーとマシューは美しい金髪と緑の瞳だったため、卯月は驚いているのである。
「うーん。それはたぶん、私の父のロイが強い力を持った魔法使いで、母の陽子が普通の人間だからだと思う。魔法使いの遺伝子は、一族の力を伝えていかないといけないので、とても強いんだ」
「ナタリーちゃんは、私を襲った男の人のことを契約魔術師って呼んでいたけれど、魔法使いと契約魔術師は何か違いがあるの?」
「違いは、大ありさ」
ナタリーは、紅茶を全て飲み干すと、卯月に魔法使いと契約魔術師の違いについて説明をした。
この世界には、大別して二つの魔術がある。
一つ目は、魔法。
不思議な術を操り、奇跡を起こすためのエネルギーである魔力を生まれながらにして持った者だけが使える高等魔術が魔法で、魔法を使いこなす者を魔法使いと呼ぶ。
魔法使いは修行次第であらゆる術を使えるようになるが、魔法使いとして生まれた最初からオリジナルの魔法を自分の瞳にそれぞれ秘めていて、ナタリーの場合は風を操る魔法が使える。大量の魔力を持つ魔法使いは、恐ろしい悪魔を自分の家来にして使役することもできるのだ。
二つ目は、契約魔術。
魔力を持たない者が悪魔に自分の魂を売ることで主人と下僕の契約を結び、主人である悪魔の力を借りて使う危険な魔術である。
この悪魔の下僕となった者たちを契約魔術師と呼ぶ。契約魔術師の多くは、自分の欲望を叶えるなどの私的な利益のために悪魔に魂を売っていて、自分の幸せのために他人を不幸にしてしまう人間もいる。
彼ら契約魔術師は灰色の瞳の邪眼を持ち、悪意をもって人を睨むと、魔力を持たない普通の人間は病気や事故などの不幸に襲われるという。
また、契約魔術師の体のどこかには悪魔と契約を交わした証である「悪魔の印」がある。
魔法使いと契約魔術師は、大昔から仲が悪く、人類の長い歴史の裏で何度も激しい戦いを繰り広げてきたのだ。
ナタリーがここまで説明すると、卯月は生徒が先生に質問するように挙手してこう言った。
「どうして、魔法使いと契約魔術師はケンカをしているの? 仲良くすればいいのに」
「そこらへんのことは、今から私たち魔法使いのグループのリーダーのところへ行って、詳しく説明してもらおう。魔法使いに目覚めた卯月にも、知っておいてもらったほうがいいからな」
「え? 私が魔法使い? そんなわけないよ。私はこの指輪の力で動物や植物とおしゃべりができるだけで、自分の力で何かができるわけじゃ……」
そこまで言いかけて、卯月は昨夜、ドアの向こう側にいる侵入者の姿を透視して見たことを思い出し、(もしかして、あれが魔法?)と首をひねった。
「卯月はすでに私たちの仲間だよ。ほら、自分の瞳をよく見てごらん」
ナタリーはそう言い、自分の手鏡を卯月に手渡した。
「え? 瞳……? あっ……!」
卯月は、鏡をのぞきこみ、息をのんだ。黒い瞳だったはずの卯月の目が、金色になっていたのである。
「ど、どうして? 私のお父さんも、お母さんも、普通の人間なんだよ?」
「それは、ソフィー学園長に聞いたら分かることさ」
「学園長? も、もしかして、魔法使いたちのリーダーって……」
「うん。ソフィー学園長だよ。聖アガペー学園の学園長というのは、世を忍ぶ仮の姿ってやつだ。彼女は五百年以上の歳月を生き続ける伝説の魔女。そして、私たち『黄金のリンゴ団』のリーダーなんだ」
「えええええ⁉」
あんなのほほんとした人が、そんなすごい魔法使いだったなんて!
卯月は、驚きのあまり、口に運ぼうとしていた漬物をテーブルに落としてしまった。