第3話 黄金のハチミツ
卯月は、桜の木のおじいさんに教えてもらった通りに行き、女子寮に無事たどり着くことができた。
「聖アガペー学園へようこそ、桜卯月さん。あんたのルームメイトになる子は、イギリスからの留学生だよ。明日には寮に入ると思うから、仲良くしてあげておくれ」
女子寮の学生たちの世話をしてくれる寮母さんはそう言い、卯月を二階にある卯月と留学生の部屋へと案内してくれた。
(り、留学生!? ど、どうしよう……。ただでさえ人見知りの私がイギリスの女の子とうまく共同生活していけるのかなぁ……? 第一、私、英語なんてほとんど話せないよ……)
何だか急にお腹が痛くなってきた。卯月はぐるぐると鳴るお腹をさすり、寮母さんに聞こえないように小さくため息をつくのであった。
「ここが桜さんと留学生の部屋ね。この部屋は昼間に日光がよくさしこむから、ひなたぼっこをしながらお昼寝するには快適だよ」
寮母さんはそう言って、部屋のドアを開けた。
卯月が室内をのぞくと、見知らぬ外国人がベッドでぐーすかと寝ていた。
(もしかして、この人が留学生?)
美しい栗色の髪に白い肌。
女優かモデルのようなスタイルの良さ。
それに、中学生にしては背が高く、高校生か大学生ぐらいに見える。さすがは外国の女の子だと卯月は感心した。しかし……。
「こんなところで、何をやっているんですか! ソフィー学園長!」
「が……学園長!?」
嘘でしょ⁉ 中学生や高校生ではないにしても、せいぜい大学生ぐらいにしか見えない若いこの女の人が学園長? 信じられない!
そう考えた卯月は、寮母さんに怒鳴られたソフィーという人をもう一度まじまじと見つめた。
「う……う~ん。寮母さぁん、そんな大声を出さないでくださぁい。せっかくお昼寝していたのにぃ」
ソフィーは、のんびりと間のびした声でそう言うと、ふわぁ~とあくびをしてベッドから体を起こした。
「新入生の部屋で学園長が昼寝をしていたら、こっちもビックリして大声ぐらい出しちゃいますよ。学園長、どうしてこんなところで寝ていたんですか?」
寮母さんがあきれてそう言った。
「お天気がいいから学園を散歩していたんですよぉ。でも、歩いたらちょっと疲れちゃってぇ。それで、女子寮の空いている部屋を使わせてもらって昼寝していたわけですぅ~」
「この部屋は、たった今からこの桜卯月さんの部屋になりましたから、昼寝なら学園長室でしてくださいな」
「あらまぁ、そうなのぉ。それは残念」
ソフィーは、ベッドの横に立てかけてあった、先端に蓮の花の飾りがある杖を手に取ると、それを支えにして「よっこらせ」などと年寄りくさいかけ声とともに立ちあがった。若くて美人なのに体力がないのかな、と卯月は少し心配した。
「桜卯月さん、入学おめでとぉ。これは、学園長である私からのささやかな入学祝いですから、ありがたぁ~く受け取ってねぇ」
ソフィーは、ルビーの宝石のように赤い瞳で卯月を見つめてニコリとほほ笑むと、卯月に小さなガラスのビンを手渡した。ビンの中には、キラキラと黄金色に輝くどろりとした液体が入っている。
「え? あの……これは?」
「と~ってもおいしいハチミツですよぉ~。そのままなめてもいいけれどぉ、パンにぬったりぃ、お菓子や料理に使ったりしたらぁ、も~っと美味しくなるからぁ」
「は、はぁ……。どうもありがとうございますぅ~」
ソフィーと話をしていると、こっちまでテンポの遅いしゃべり方になってしまう。
まるで春の妖精みたいな人だなと卯月は思った。
「あなたの学園生活が素晴らしいものになることを祈っているわぁ~」
そう言い残すと、ソフィーは寮母さんに連れられて部屋を出て行った。
その去り際、卯月は、ソフィーが首にかけている銀のチェーンのペンダントが目に入った。
(胸元のリンゴのアクセサリーが、金色にピカピカ光って綺麗……。でも、あの輝きはどこかで見たような……?)
そう考えた卯月は、自分の黄金の指輪の輝きに似ているのだとすぐに気づいただ。
もしかしたら、あのリンゴのペンダントにも不思議な力があったりするのだろうか?
(……なんちゃって。そんなことあるわけないよね。それより、このハチミツの味見をしちゃおうっと)
卯月は食いしん坊である。ソフィーのペンダントのことなどすぐに忘れ、とても美味しいという話のハチミツに興味はうつった。
さっそくビンのフタを開け、金色の蜂蜜をじっくりとのぞきこむ。
「珍しいハチミツだなぁ~。まるで黄金を溶かしたみたいに輝いてる」
そう言いながら、ビンの中に左手の小指を突っ込み、すくいあげた少量のハチミツをペロリとなめてみた。
「…………ああ! 本当だ! すっごく甘くて美味しい!」
卯月は、ぶるぶるっと体を震わせる。
ハチミツを口にした途端、頭がボーっとして全身がぽかぽかと温かくなり、ふわふわと夢見心地の気分になってきた。そして、
「もっとなめたい。ううん、全部飲み干してしまいたい!」
という衝動がわき起こり、卯月はビンのフタに口をつけてハチミツをいっきに飲み干してしまったのである。
「ふわぁ~……。何だか幸せぇ~」
頭がふらふらして立っていられなくなった卯月は、ベッドに倒れこんだ。
この時、卯月の黒い瞳が金色の瞳へとだんだんと変色しつつあったのだが、本人はそんなことは気づきもせずにゆっくりとまぶたを閉じ、眠ってしまうのであった。