第14話 契約の儀式
森をぬけ、旧校舎の南にある体育館の前まで来た時、上空でフェニックスとクロ助がぐるぐると飛び回っているのを発見した。
――待てーっ! でかい体して逃げ回るなーっ!
「やだぁ~! このカラス、おっかな~い!」
人間ほどの大きさのフェニックスが、カラスに追いかけ回されている姿は、少し滑稽である。しかし、のんびりと見物している場合ではない。あれだけおびえていたら、学園の外へと逃走してしまう可能性がある。そうなると、街の人々が巨大な鳥の出現におどろき、テレビやネットで大騒ぎなってしまうかも知れない。
「姉さん。風の魔法で僕をフェニックスのところまで飛ばしてください。フェニックスを逃がしてしまったのは、僕の責任です。必ず捕まえてみせますから」
耳栓を外したマシューがナタリーに言った。
「いや、私が行く。私なら、フェニックスの歌声を聞いても眠らされることはない」
「耳栓があるから平気です。それに、マスターに危険なことは……」
「私をマスターと呼ぶのは禁止だと言っているじゃないか!」
何だかよく分からないが、姉弟でもめている。卯月はおろおろしながら、
(本当は、ソロモンの指輪の持ち主である私がフェニックスを捕まえるべきなんだ。でも、二人は魔法使いになりたての私のことが心配で、任せられないんだわ。ど、どうしよう……)
と、悩んだ。
フェニックスは、前にナタリーの風の魔法で空を飛んだ時よりもさらに高い上空で飛び回っている。あんな高いところまで行って、下へ落っこちてしまったら、絶対に死ぬだろう。ナタリーが魔法で何とかしてくれるとは思うが、恐いものは恐いのだ。「私がやるよ」と言う勇気を卯月はなかなか出せずにいた。
「うわ~ん! 恐いよ~!」
フェニックスの泣いている声だ。
卯月は、パニックになってめちゃくちゃに飛んでいるフェニックスを見つめ、「そうだった……。いま一番恐がっているのは、あの子なんだ」とつぶやいた。
(フェニックスは今までずっと一人で寂しい思いをしていたから、心が不安定で、きっとあんなにも臆病になっているんだわ。もう一人じゃないよって安心させてあげなくちゃ。これは、ソロモンの指輪を持つ私にしかできないことだって、ソフィー会長とナタリーちゃんも言っていたもの。……がんばらなくちゃ!)
そう覚悟を決め、自分の頬を両手でペチペチとたたいた。
「ナタリーちゃん! 私をフェニックスのところまで飛ばして!」
「え? しかし……」
ナタリーはそう言いかけたが、卯月がいつもの気弱な表情ではなく凛とした顔をしているのを見て、(今の卯月なら大丈夫かも知れない)と考えてコクリとうなずいた。
「姉さん! フェニックスが消えました!」
ナタリーが風の魔法を使おうと緑の瞳を光らせた時、マシューが夜空を指差した。さっきまでクロ助に追われていたフェニックスの姿が突然見えなくなったのである。
――あれれ? あいつ、どこに行ったんだ?
クロ助もおどろき、空中で羽をバサバサとばたつかせている。
「しまった。悪魔は自分の姿を隠す力があるんだった。これでは、どこにいるのか分からない!」
ナタリーが悔しそうに言った。
(私を襲った契約魔術師の主人である魔獣も、そういえば姿を消していたわ。それじゃあ、フェニックスを捕まえることなんて……)
卯月はそう考えながら、夜空をにらんだ。
(フェニックスを助けてあげたいのに。あんなに心細そうに泣いていたあの子を救ってあげられないの?)
そう思った時、卯月の金色の瞳がまばゆいほどに光り始めたのである。それを見たナタリーはおどろき、叫んだ。
「卯月の魔眼が、魔法を発動させている……!」
「……見える。フェニックスの姿が薄っすらとだけれど、見えてきた……」
卯月は、校舎がある南西の方角の空をすっと指差した。
「ナタリーちゃん! あそこの方角に私を飛ばして!」
「よし! 距離があるから、思いきり飛ばすからな。舌をかまないように歯を食いしばれよ」
ナタリーは中断させていた魔法を発動させ、突風を起こした。
うなりをあげて巻き起こった突風は、卯月の体を天高く吹き飛ばし、フェニックスが飛んでいる上空へと運んだ。
「フェニックスーーーっ!」
激しい風の渦には、卯月と一緒に飛ばされた地面の砂が混ざっていて、容赦なく彼女の目に入ってきた。
卯月は痛いのを我慢して、フェニックスを見失わないように金色の目をしっかりと開き、こちらへと向かって飛んで来るフェニックスに両手を伸ばした。しかし……。
「うわ~ん! ゴーレムこわ~い! カラスこわ~い! 恐いのは嫌だぁ~!」
混乱して無我夢中で飛行しているフェニックスは猛スピードだった。
しかも、目をつぶって飛んでいたのである。卯月は、フェニックスに体当たりされるかたちになり、学園の敷地から出てしまうほど遠くへ飛ばされてしまった。
「きゃぁーーー!」
その光景を見ていたナタリーは急いで小さな竜巻をつくり、卯月のもとへ飛ばした。前みたいに竜巻の上に卯月を乗せて助けようとしたのだ。しかし、距離があまりにも離れているため、間に合いそうにない。このままでは、卯月は落下して地面に叩きつけられるだろう。
(ああ……。やっぱり、私には無理だったんだ。小学生の間、ずっと友だちがいなくて一人ぼっちだった私が、だれかを助けるなんて……できるわけがなかったんだ)
卯月は、そんなことを考えながら、そっと目を閉じた。あと数秒後には墜落死するだろう。せめて父と母のメールの返信が来て、それを読んでから死にたかった……。
――あきらめるのかい? ささやかな幸せすらあきらめて、ここで終わってしまっても、君はいいのかな?
どこからともなく、声が聞こえた。聞き覚えがある。あの人の声だ。卯月にソロモンの指輪をくれた、大天使ミカエルの声だった。
「い、いいわけないです! 私、もうすぐ誕生日なのに! お父さんとお母さんに二度と会えないなんて嫌だ!」
天使の声を三年ぶりに聞いた卯月は、つぶっていた目を開き、必死になって周囲を見回した。しかし、天使の姿はどこにも見えない。卯月の体は、今も落下し続けている。
――生きたいと強く願いなさい。人間の強い思いが、大いなる奇跡を生み出すのだ。
「強い思い……」
卯月は、両親の顔を思い浮かべた。
夏休みにはパリに行って、両親と楽しい時間を過ごそうと思っていた。父からフランスの家庭料理の作り方を教わったり、母とパリの街を歩いて買い物をしたり、たくさんやりたいことはあるのだ。
(こんなところで自分の未来をあきらめてしまうなんて、絶対にできない!)
そう強く思った時、卯月の体内に魔力がみなぎり、ソロモンの指輪が輝いた。
次の瞬間には、指輪から光の玉が飛び出していた。その光の玉は、たちまち緑色のじゅうたんに変化した。じゅうたんは、空中でぷかぷかと浮いている。
「スゴイ! 空飛ぶじゅうたんだ! お願い、私を助けて!」
卯月がそう叫ぶと、じゅうたんは光のごとき速さで飛んで来て、彼女を乗せた。
おとぎ話などで聞く空飛ぶじゅうたんはゆっくりと飛ぶイメージがあるが、このじゅうたんは飛行機と競争しても勝てそうなぐらいのスピードを出せるようだ。
「じゅうたん! フェニックスを追いかけて!」
卯月が命令すると、空飛ぶじゅうたんは、学園の上空を泣きながら飛び回っているフェニックスのもとへと飛んだ。
じゅうたんに乗って飛行している卯月の姿を地上から見ていたナタリーは、
「あれは、ソロモン王が所有していたという神秘魔道具の空飛ぶじゅうたんにまちがいない。ずっと行方不明になっていたけれど、ソロモンの指輪の中にしまわれていたのか」
と、感嘆の声を上げた。
世界中には空飛ぶじゅうたんを持っている魔法使いは何人かいるが、あんなにも高速のスピードで飛ぶじゅうたんは見たことがない。
「フェニックス! 落ち着いて! だれもあなたをいじめたりはしないわ!」
あっという間にフェニックスに追いつき、卯月は彼と並んで飛んだ。とにかく、今はフェニックスの動きを止めることを考えなくては。
(いったい、どうすればいいんだろう?)
そう悩んだ時、ソロモンの指輪がまた光り、卯月の頭の中であるイメージが浮かんだ。
(こ、この映像は……! 王冠を頭にいただき、黄金の衣を身にまとった男の人が七十二の悪魔たちを従えている! この人がソロモン王なのね⁉ 彼はどうやって悪魔たちと契約を結んで従わせたのかしら?)
卯月がそう考えると、イメージの中のソロモン王が指輪をはめた左手の人差し指を天にかかげ、契約の儀式を行い始めた。卯月はその映像をしっかりと記憶した。
(……そうか! こうすればいいのね! ありがとう、ソロモン王!)
卯月は金色の瞳をきらめかせ、ソロモン王と同じように人差し指を天にかかげた。そして、空飛ぶじゅうたんから飛び降りて、空中で高らかに呪文を唱えたのである。
「ダビデの星よ、われを守護する魔円陣となれ!」
卯月の背中の右側から光り輝く天使の白い羽、左側から暗黒のオーラを放つ黒い羽が生え、彼女の足元に巨大な円陣が黄金の輝きとともに出現した。
その魔円陣の中には、ソロモンの指輪に刻まれているのと同じ二つの正三角形を重ね合わせた「ダビデの星」のマークが描かれている。
「うわぁ~! 何か動けないよ~?」
卯月を守る円陣と同時に現れた三角陣は、フェニックスを陣の中に閉じこめ、動けなくしてしまった。
卯月は、三角陣の中でジタバタともがいているフェニックスを、ソロモンの指輪をはめている指で指差した。
「七十二柱の悪魔の三十七番目にして偉大なる侯爵、フェニックスよ。われはなんじとの契約を望む者なり。わが家来となりて忠誠を尽くすことを大天使ミカエルに誓え!」
卯月が全ての呪文を唱え終わると、温かな光がフェニックスを包み込んだ。
「恐がらなくていいんだよ、フェニックス。これからは私が一緒にいてあげるから」
卯月が優しく声をかけた。
すると、パニックになってずっとおびえていた彼の心は、氷が溶けるかのように少しずつほぐされていったのであった。
「あれ……? 僕、どうしてあんなにも恐がっていたのかな? ああ。あったかいなぁ……」
穏やかな気持ちで目を閉じたフェニックスが感じていたのは、卯月の体温だった。
空飛ぶじゅうたんが、卯月とフェニックスを空中でキャッチして、校舎の屋上庭園まで運んでくれていた。
二人は、春の花々に囲まれながら、体を抱き寄せ合っていた。




