第11話 寂しがり屋
知恵深き王と人々から呼ばれたソロモン王は、大天使ミカエルから授かった指輪の力で七十二の悪魔を従わせ、強大な国家を築いた。
しかし、死の病にとりつかれたソロモン王は、自分の死後のことを心配しだしたのである。
「私が死んだ後、強い力を持った七十二の悪魔たちをうまく使いこなせる賢者が現れるだろうか。心の弱い人間が悪魔と契約を結んだら、魂を食い尽くされるだろう。また、強欲な人間が悪魔と契約を結んでしまえば、多くの人々を不幸にする……。悪魔たちには悪いが、私の命がある内に彼らを封印してしまおう」
そう考えたソロモン王は、七十二の悪魔たちを壺の中に封印して、湖の底に壺を沈めたのだった。
しかし、ソロモン王の死後に、「王様が湖底に沈めた壺には財宝が入っているにちがいない」と勘違いした者たちが壺を湖から引きあげて、壺のフタを開けて封印を解いてしまったのである。
ソロモンの七十二の悪魔たちは、たちまち壺から飛び出し、彼らは世界各地に散らばった。
七十二の悪魔たちの中には、契約魔術師に召喚されて契約を結ぶ者もいたが、人間と関わり合いを持つことを嫌って自由気ままに過ごす者や、ソロモン王にかわる新しい自分の主人が現れるのを待ち続ける者もいた――。
「フェニックスは、たぶん、三千年ぶりにソロモンの指輪の持ち主が現れたのを察知して、聖アガペー学園にやって来たのだと私は思う。新しい主人となる卯月のことを捜していたんだよ」
ナタリーは、卯月にソロモン王と七十二の悪魔について詳しく説明をすると、そう言った。
時刻は午後十時五十分。あと十分で女子寮は消灯時間だ。
寮の部屋に戻った後も卯月は反省文を書いていたが、今はナタリーの話を聞きながらノートパソコンが起動するのを待っていた。卯月が昨日送ったメールに対して、両親が何か返信をしてくれているはずだと思い、確認しようとしているのである。
「それって、つまり、フェニックスには私たちを襲うつもりはなかったということ? だったら、あの時、逃げなくても良かったんじゃないの?」
「フェニックスのあの耳に心地いい歌声を聞いただろ? 歌詞はめちゃくちゃだったが。彼の甘い歌声は、人の心をとろけさせて、魔力を持たない人間はころりと眠ってしまうんだよ。あれでも立派な悪魔の呪いというやつさ。あの場にいたのが私と卯月だけなら平気だったが、マシューと本田先生はフェニックスの歌声を聞いたら危険だったんだ」
そういえば、フェニックスを目撃した生徒の中でまる一日眠ってしまった人がいると本田先生が言っていた。
(なるほど、それで逃げたのか)
と、卯月は納得しかけたが、よく考えてみたらナタリーの言葉に引っかかるものがあり、首をかしげた。
「マシュー君は魔法使いじゃないの?」
「え?」
ナタリーの肩がビクッと震えた。
「な、なんでそんなことを……聞くんだ?」
「さっきのナタリーちゃんの話だと、マシュー君には魔力がないように聞こえるんだけれど。マシュー君は、フェニックスの歌声を聞いたら、眠っちゃうんだよね?」
「い、いや、あの、その……あるよ? マシューは魔力あるよ? でも、ちょっとだけというか、悪魔の呪いが苦手な体質というか、何というか……」
めちゃくちゃ動揺していた。
ナタリーは、普段は冷静かつ天才肌の魔法使いだが、自分の力にものすごい自信があるだけに、何か予想外のことが起きたり思わぬ失敗をしてしまったりすると、今みたいに汗をだらだら流して慌ててしまうのである。
(ナタリーちゃんとマシュー君には、何か秘密があるんだ)
ナタリーのうろたえっぷりを見て、卯月はそう勘づいた。そして、
「あのままフェニックスを放って置いたら、生徒たちがまた眠らされて大騒動になるよね」
と、少しわざとらしいが、話題をフェニックスの話に戻したのである。
すると、ナタリーはホッ……とため息をついた。
(だれにだって、他人には言えない秘密ぐらいあるよね。隠し事をされるのはちょっと寂しいけれど……)
ナタリーの隠し事を根掘り葉掘り聞くことで、せっかくできた初めての人間の友だちを失いたくない。卯月はそう考え、ナタリーが嫌う話題を避けたのだった。
動揺していたせいで卯月のそんな気持ちに気づいていないナタリーは、いつものクールな彼女に戻り、卯月にこう言った。
「『黒バラ十字団』の契約魔術師の悪事から人々を守ることだけでなく、悪魔が起こす騒動や災いを解決するのも『黄金のリンゴ団』の仕事さ。卯月、今夜フェニックスを捕まえよう」
「『捕まえよう』って……。やっぱり、私も出動するのね……」
契約魔術師との恐ろしい戦いを思い出し、卯月は嫌そうな顔をした。
「当り前さ。ソロモンの七十二の悪魔は、ソロモンの指輪の持ち主にしか従わないんだ。卯月にしかできないことだよ。大丈夫、私がボディーガードとして卯月をしっかり守るから」
「わ、分かったよ……。でも、その前にメールだけチェックさせて?」
げんなりとした顔でそう言うと、卯月はパソコンのマウスを操作して新着メールを確認した。しかし、
『新着メールはありません』
両親からの返信はなかったのである。卯月はパソコンの画面の前で悲しげな表情をした。
「……卯月。もしかして、ご両親からの返信がなかったのかい」
ナタリーが心配そうにたずねる。卯月は無言でコクリとうなずいた。
(お母さんはパリの新店舗の店長になって、私のメールを見ているヒマなんてないんだろうな。お父さんも、海外に引っ越したばかりで忙しいんだ。……仕方ないよね。でも、ちょっと寂しいな。この様子だと、明後日の私の誕生日も忘れているかも知れないな……)
卯月は、小さい頃から寂しがってばかりだ。
友だちができなくて、寂しい。
仕事が忙しいせいで母があまりそばにいてくれなくて、寂しい。
ようやくできた友人のナタリーに隠し事をされて、寂しい。
両親と離ればなれに暮らすことになって、寂しい。
(寂しさや悲しみを知っている人間は同じように苦しんでいる人を救えるって、大天使ミカエルはおっしゃっていたけれど……。そんなの無理だよ。だって、ただの寂しがり屋が強くなれるわけないもの)
聖アガペー学園に来てからは意識的に「寂しい」と思わないようにがんばっていた卯月だが、両親が自分のメールを読んでくれてさえもいないのではという不安を抱いてしまったのをきっかけに、自分でもどうしようもないくらいの孤独感に襲われてしまうのであった。
(卯月も私と同じなんだ……)
無言で涙をこらえている卯月の横顔を見て、ナタリーは一年ほど会っていない両親のことを考えていた。




