第1話 星のマークの指輪
「君はいつも一人だけれど、寂しくはないのかい?」
小学校からの帰り道。
桜の花びらがはらはらと舞い散る木の下で出会ったその人は、桜卯月にそうたずねた。
美しい金髪に澄んだ青い瞳。
少年のようにも少女のようにも見える中性的で美しい顔立ち。
キレイな人だなぁと卯月は思わず見とれてしまったが、自分がとても気にしていることを質問されたため、悲しそうな顔をして唇をきゅっと噛んだ。
(私はいつも一人ぼっち。寂しいに決まっているよ。……でも、仕方ないじゃない。親の仕事の都合で転校ばかりしているんだもん。友だちができたと思ったら、すぐにお別れしなくちゃいけない。遠く離れてしまう。せっかく仲良くなった子と悲しいお別れをするぐらいなら、友だちなんていらないよ……)
そう考えながら黙りこみ、不思議なその人と見つめ合っている間にも、卯月と同じ学校の生徒たちが彼女の横を通りすぎて行く。
卯月以外の人間には、金髪の少年(もしくは少女?)の姿が見えていないのである。
(桜さんは一人で何をしているんだろう。桜の木の下でボーっと突っ立っていて……)
クラスメイトの女子が卯月をちらりと見てそう思ったが、話しかけることはなかった。
卯月は、三日前にこの町にやって来たばかりの転校生だ。しかし、無口で暗い彼女に声をかける生徒は一人もいなかったのである。
「別れが嫌だからずっと一人でいようだなんて、そんな悲しいことを考えてはいけないよ。たとえ遠く離れてしまっても、君が大切な人への愛情を失わないかぎりは、その絆は永遠のものなんだ」
金髪のその人は、卯月の心を読んだかのようにそんなことを言い、優しくほほ笑むと、シャツの胸ポケットから黄金に輝く指輪を取り出した。
「君にこれをあげよう」
「え? で、でも……」
知らない人からこんな高価そうな物はもらえないと卯月は思ったが、なぜか左手が魔法にかかったかのように勝手に動き、金髪のその人の前に手をそっと差し出してしまっていた。
そして、指輪が人差し指にはめられると……。
(指輪から、お星様みたいなマークが浮き出てきた?)
卯月は、正三角形と下向きの正三角形を重ね合わせた不思議なマークが指輪に刻まれているのを見て、おどろいた。指にはめるまではこんなマークなかったはずなのに……。
「指輪が君を持ち主として認めたという証さ」
「こ、この指輪は、いったい何ですか?」
「持ち主に大いなる力を授ける指輪だ。使い方を誤ったら世界を滅ぼす可能性もある。しかし、正しく使えば、世界中の人間を救うことができるだろう」
「友だちがいなくて一人ぼっちの私が、だれかを助けることなんてできないですよ」
「一人ぼっちであることの寂しさを知っている君ならば、同じように孤独に苦しんでいる人たちの気持ちを理解してあげられるはずだ。今の世界には愛を見失ってしまった哀れな人間たちがたくさんあふれている。そんな人々を救うことこそが君の使命なんだ」
「どうして、私がそんなことを……」
「それは、君が神に選ばれた救世主だからだよ」
そう言うと、急に強い風が吹き、卯月に指輪をくれた謎の美しい人は桜吹雪につつまれた。
突然の風に驚いた卯月は目をつぶる。ようやく風がおさまって目を開けると……。
「あれ? さっきの人は? き、消えちゃった……?」
神隠しにあったかのように、金髪のあの人は姿を消していたのである。
桜の木の下には卯月ただ一人。卯月をチラ見して通りすぎていった学校の生徒たちもすでに自分の家に帰ってしまっている。
(不思議な人だったなぁ……。いったい、だれだったのかしら?)
卯月は、左手の人差し指にはまった指輪の星のマークをそっと触りながら、沈みゆく夕日をぼう然と眺めていた。すると……。
――嫌だわぁ。さっきの風でだいぶ花びらが散っちゃった。私がまた綺麗な花を咲かせるのに一年かかるっていうのに、あんまりだわぁ~。
頭上から女性の美しい声がして、ビクッとなった卯月は桜の木を見上げた。木の上にだれかが登っていて独り言でも言っているのかしらと思ったのである。しかし、くまなく探してみても、木の枝の上に人なんていなかった。
「え……? 今の声はだれのものだったの?」
困惑した卯月がそうつぶやくと、また声がした。「私よ、可愛いお嬢ちゃん」と――。
「も……もしかして、桜の木がしゃべったの?」
――そうよ。あなた、天使や妖精でもないのに私の声が聞こえるのね。その指輪のおかげかしら?
「この指輪の力……?」
信じられないと思いつつ、卯月は黄金の指輪を見つめた。
そんな魔法みたいなことがありえるのだろうか?
卯月は疑ったが、すぐに桜の木の言う通りかも知れないと納得する出来事が起きた。
たくさんの声が、聞こえてきたのだ。
――ねえ、君。桜の木の姉さんの声が分かるの? 植物と会話できる人間なんてすごいや。タンポポの僕ともおしゃべりしようよ。
――タンポポの坊やはおしゃべりが好きだねぇ。まあ、こうしてじっと地面に咲いているだけの私たちにはおしゃべりしかすることがないから気持ちは分かるわ。人間と話す機会なんて滅多にないことだし、菜の花の私も混ぜてもらおうかしら。
タンポポや菜の花などの植物たちだけでなく、動物たちまで卯月に話しかけてきた。
――桜の木の枝で休んでいたら、とんでもない人間の子どもを見つけてしまったなぁ。君は花や木と会話できるのかい。もしかして、今ホーホケキョと鳴いている僕の声も分かる?
「う、うん……」
卯月が恐るおそるうなずくと、ウグイスは「へえ! すごい!」とさえずった。
――ウグイス君。この子は、最近この町に引っ越してきたばかりの卯月ちゃんだよ。
感心しているウグイスに、通りすがりのネコがそう教えた。このネコには見覚えがある。卯月の家の近くでよく見かける野良ネコだ。
――毎朝、ひなたぼっこをしている僕の頭を「にゃんこちゃん、可愛いね」と言ってなでてくれるんだ。とても優しい子だから、僕たちネコや鳥ともきっと仲良くしてくれるはずさ。友だちになろうよ、卯月ちゃん。
卯月は、自分の足に顔をすり寄せてきたネコを抱き上げると、
「友だちに……なってくれるの?」
期待に輝く瞳でそうたずねた。ネコは「ああ。いいよ」と、ヒゲの手入れをしながら答えた。
桜の木、タンポポ、菜の花も「友だちになりましょう」と言い、ウグイスは鳥の仲間たちをいつの間にかたくさん呼び寄せてきて、「僕たちも友だちにてしよ」と美しい声でさえずった。
「やった! みんな、今日から友だちね!」
卯月は、うれしさのあまりネコを抱いたままピョンと飛びはねた。