3話 商店街で
校門の前で皆と別れた。湊斗は楓姉さんを送って帰るという。大和、凛、燈子の三人は帰る方向が同じなので、三人で騒ぎながら別の方向へ歩いていった。
俺と結愛は黙ったまま歩く。
「誰もあんたと二人で歩きたくないんだからね」
「俺だってお前を歩きたくねーよ。家が一緒の方向なんだから、仕方ないだろ」
別に結愛と一緒に帰りたくはない。同じマンションに家があるため、どうしても帰る方向が同じになる。ちなみに俺の家は十二階で、結愛の家が十階だ。
俺の家は父子家族で、父親が仕事柄、転勤が多かった。そしてこの街に移り住んだわけだ。この街に来てから十年が経つ。
同じマンションということで、結愛とは学校への登下校で会うことも多く、腐れ縁だと思う。
商店街を通り抜けようとすると、魚屋の親父が結愛に声をかける。
「結愛ちゃん、今日はイキのいいタイが入ってるよ。新鮮なイワシもあるよ。少し寄っていっておくれ。サービスするからさ」
「おじさんありがとう。それじゃあ、少し寄って行こうかな」
結愛が嬉しそうに笑って、魚屋に足を向けた。
「それじゃあな」
俺には関係ない。俺が結愛に背を向けて歩いていこうとすると、結愛に止められた。
「ちょっと待ちなさいよ。あんたの家も今日のご飯決まってないんでしょ」
「決まってないから、どうした?」
「あんたも夕食の具材を買っていきなさいよ。オジさん、安くしてくれるって言ってるじゃない」
そんなの俺に関係ないだろ。俺は早く家に帰りたいんだよ。それに高校生がブレザー服で買い物のビニール袋を下げて歩くなんて恰好悪いじゃないか。
「俺、興味ねーし、先に行くわ」
「待ちなさいよ」
結愛が俺の制服を掴んで離さない。俺は深い息を吐く。
(だから女はイヤなんだよ。なんで押しが強いのかね)
「わかった。少しだけ買って帰るわ」
「はじめから素直に言いなさいよ。本当に素直じゃないわね」
「へいへい。どうとでも言ってくれ」
俺と結愛は二人揃って魚屋へ入る。中に入ると磯の香りが漂ってくる。親父がニマニマとした笑顔で、俺達を温かく見ている。
「いつも仲良くていいね」
どこが仲いいんだ。よく俺達を見てから言ってほしい。今まで言い合いしてたんだぞ。
「おっちゃん、俺、刺身用のタイ三枚」
「毎度あり」
親父が元気よく返事をして、ビニール袋へ刺身用のタイを三枚入れた。財布からお金をだして、親父に支払う。これで俺の用は無くなった。
「先に行くぞ」
「待ってよ。今、選んでるんじゃない。気をきかせなさいよ」
これだから女の子の買い物には付き合いたくないんだ。絶対に買い物が遅くなるからな。
「おじさん、私も刺身用のタイを四枚」
結局、俺と同じにするなら悩まなくてもいいだろ。女の子の心理はよくわからん。
「結愛ちゃんはきれいで可愛いから負けとくよ」
「おじさん、ありがとう」
なぜ、結愛だけ負けてもらうんだよ。一緒に買い物してるじゃねーか。世の中、理不尽だ。
魚屋を出ると、結愛がビニール袋を見せて、俺を覗き込む。
「これ今日は刺身にするの?」
「ん……親父と姉ちゃんの帰りが遅いかもしれないから、新鮮なうちにヅケにするつもりだけど」
ヅケに浸しておけば、すぐに料理できるからな。ズケは簡単な料理だから手間も取らないし、美味い。
結愛が「ふーん」と感心したような顔をする。
「悠人がするの?」
「俺が料理をしたら変か? 姉ちゃんも親父もいつ帰ってくるかわからねーから仕方ないだろ」
「不憫ね」
「ほうっておけ」
結愛の家のように家事の上手い母親がいないんだよ。同じマンションなので、ゴミ出しの日などに結愛のお母さんと挨拶したことがある。
笑顔の似合う美人なお母さんだ。結愛と似ている気もするが、そのことを結愛に言ってやる気はない。
(女の子はうかつに褒めると調子に乗るからな)
商店街を抜けて、歩道を歩いていく。すると遠目から俺達が住むマンションが見えてきた。十五階建てのマンションは頭一つ抜けているので、わかりやすい。
マンションの一階のロビーに到着すると、結愛が少し戸惑った仕草をして俺に聞いてきた。
「ヅケってどうするの? 簡単?」
「簡単だ。まず米を炊く。米はそのままでもいいし、酢飯にしてもいい。タイの切り身、大葉、青ネギをトッピングして、あとはヅケ汁を作ってかけるだけだ。」
ヅケ汁は家々のよって違うからな。結愛がカバンからペンとノートを取り出す。
「もっと詳しく教えてくれてもいいじゃん」
「ヅケ汁は酒、みりん、醤油で作る。お好みに合わせてゴマも入れても美味い。大葉を細かく千切り、青ネギを小口切りにして用意する。のりをトッピングしても美味い。卵を落としても美味い」
結愛はうんうんと頷いて俺の話を聞いていた。そしておもむろにペンとノートを俺の前に差し出してきた。
「書いて」
「面倒臭いだろ。ネットで調べたら、ズケ丼の調理方法ぐらいは出てくるぞ」
「いいから書いて」
「イヤだ」
呆れた顔をして結愛を見るが、結愛は諦めないようだ。
(女の子は一旦言い始めたら、こっちが言うことを聞くまで引かないからな)
仕方なくペンとノートを受け取って、ズケ丼のレシピを書いて結愛に渡した。
「ありがとう、悠人」
なぜか結愛はニッコリと満足そうに笑って、顔を赤くしてマンションのロビーへと先に入っていった。不思議な奴だ。
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