19話 変身
「は~い、ここに座って~」
奏ちゃんに言われるがままに椅子に座ると、ササッとカバーを欠けられ、霧吹きで髪をシュッシュッされ、髪全体を櫛で梳かれて、俺の顔が鏡に晒される。
「あらあらあら、悠人って前髪を上げると、こんなに綺麗な顔をしてたのね。ウフフ」
「まるで美少女みたい」
そういうことを言われるのは嫌いなんだよ。昔から、この顔で色々とイヤなことがあったんだから。顔は俺にとってコンプレックスでしかない。
髪の毛をワシャワシャして前髪を降ろす。自分の顔をみたくない。すると奏さんが面白いモノでも見るように、頬に片手を当てて笑う。
「あら~、前髪下ろしちゃって、勿体ないわ~」
「自分の顔が嫌いなんだよ」
「あら~、自分の顔に自信がないのね。十分に可愛いわよ。可愛さで言えば、怜央や遥馬を超えているわ。玲奈ちゃん、拾い物ね」
可愛いと言うな。その言葉が一番嫌なんだ。だから前髪を伸ばして、下ろしていたのに。
拾い物と言うな。その辺に捨てられてる素材ゴミじゃないぞ。
機嫌をこじらせて、段々と眉間に皺を寄せると、奏ちゃんが手を伸ばして、俺の眉間の皺を伸ばす。
「せっかく可愛い顔をしてるのに、皺なんてダメよ」
あんたのおかげで皺を寄せてるんだよ。
奏ちゃんが、ニコニコと笑って、俺の両肩に手を置いて、顔を近づけてくる。
「名前、何て言ったんだっけ?」
「悠人」
「悠ちゃんね。気に入ったわ。私が腕によりをかけて、悠ちゃんをトビっきりにしてあげる。期待しててね」
期待なんてしねーよ。ここには無理矢理連れて来られてるんだ。結愛、楓姉さん、何を期待の目で俺を見てるの。やめてよ。そんな目で見るな。
「俺は何の期待もしてないし、さっさとやってくれ」
「了解、いくわよ~!!」
◇◇◇
確かに奏ちゃん、性格はアレだけど、腕はスゲーわ。
奏ちゃんは一時も休むこともなく、俺の髪をカラーリングし、パーマーを当て、そして神業とも思える鋏テクで、俺をモサッとしたモブから、誰でもが振り向く可愛い子ちゃんに変身させた。
髪を切り始めて二時間ほどが経った。鏡の前に座っている俺は、金色に近い茶髪で、ゆるふわパーマのショートになっていた。
結愛と楓姉さんが黙ったまま、スマホを構えて、後ろから俺の姿を連写している。いったい誰にその写真を見せるつもりだ。後で絶対に削除してもらうからな。
奏ちゃんの鋏が止まり、カバーついた髪を払いのける。
「は~い。出来上がり。髪の色は変わっちゃたけど、前髪は少し残してあるから、学校では下ろすこともできるわよ」
自分で言うのもなんだが、どこから見てもクールな美少女にしか見えない。だから結愛、楓姉さん、目をキラキラと輝かせるのは止めてくれ。
奏ちゃんがカートをコロコロと転がしてきた。そして両手をコキコキとさせて、目が鋭く光る。
「ここまでは序盤よ。これからが私の神テクの本領発揮なんだから。いくわよ~」
これで終わりじゃなかったのか。
◇◇◇
あれから一時間が経ちました。もう俺は鏡を見ても何も言う気力はない。完全にこれは誰ですか。鏡の中の自分を認めたくない。
俺は奏ちゃんの神テクによってメイクを施され、結愛や楓姉さんと並ぶほどの美少女へと変貌していた。
奏ちゃんのメイクテク、恐るべし。まさに神テクだ。これなら、どんなブサ男、ブサ女でもある程度の美男美女に変身させられるだろう。
「悠人……きれい……」
結愛、俺の顔を見て、両手を口に当てて、目をウルウルとさせるのは止めていただけませんか。
「私が男子だったら、絶対に惚れちゃうわね。ウフフ」
楓姉さん、不吉なことを、嬉しそうに言うのは止めてくれ。明日から学校へ行けなくなるから。
「やっぱり私の睨んだ通りね。悠人くんは逸材だったわ」
玲奈さん、何もかも、あんたが元凶だよ。覚えてろよ。
「悠ちゃん、素敵だわ~。うっとりしちゃう。もう離したくない~」
奏ちゃん、やっぱりその気の趣味があったのか。
四人の興奮が止まらない。明日からの学校を考えると頭が痛くなってきた。
「ちょっと、こっちへ来て」
玲奈さんが俺の腕を引っ張って広いテーブルに連れていく。テーブルの上には何着も今季に流行っている衣服が並べられていた。
額から冷や汗が流れてくるのがわかる。嫌な予感がする。
「もしかして? これを着ろと?」
「そうよ。わかってるじゃない。ここまでしたんだから、覚悟を決めなさい」
「イヤだ。断固拒否する」
すると結愛と楓姉さんが両腕をガッシと掴む。
「お願いだから、この服を着てよ。もっと違う悠人を見てみたいの」
「ここまでして、服を着ないなんて、勿体ないでしょ。お手伝いするから、お洋服を着ましょうね。ウフフ」
結愛と楓姉さんが衣服を掴み、俺を引きずるようにして試着室へ三人で入っていく。
「止めてくれー! なぜ結愛も楓姉さんの試着室に入ってくるんだよ!」
「この際、どうでもいいの。早く着替えなさいよ」
「脱がしちゃえー。ウフフ」
試着室の中で、俺は悲鳴をあげ、結愛と楓姉さんは黄色い声をあげて、大騒ぎとなった。
そして、服を着替えた俺は、息をゼイゼイ言わせながら試着室を出た。結愛と楓姉さんは満足そうにハイタッチをしている。
「それにしてもなぜ服が俺にピッタリのサイズなんだ?」
「それはね。玲奈さんとLINEの交換をしていたのよ。それで玲奈さんに頼まれていたから、湊斗にこっそりと悠人の採寸を頼んでおいたの。ウフフ」
楓姉さんが悪戯っ子のように微笑む。
「だって、こんな面白いこと、参加するしかないと思ったもの」
最近、やたらと湊斗が俺の体をペタペタと触ってくると思ったら、採寸してたのか。
全員、裏切り者か! 人間不審になりそうだよ。
「それじゃあ始めましょう」
首からカメラをぶら下げた玲奈さんが、とびっきりの笑顔で声をかける。
「「はーい」」
結愛と楓姉さんがワクワクとした期待の目で俺を見た。
「どうにでもしてくれ」
これはもう止まらない。俺はガックリと肩を落とした。これだから乗せると女は怖いし、嫌いなんだよ。
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